第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その4


 元気な足音が聞こえてくる。二つほどね。オレは迎え入れるべきだろう。イスから立ち上がり、背後にあった扉を見たよ。扉は勢いよく開かれて、我がヨメ、カミラ・ブリーズの姿を目撃する。


 黒いリボンでまとめた金髪のポニーテールに、アメジスト色の瞳。白い肌に、よく笑う笑顔。オレのカミラが、飛びついて来た。


「ソルジェさま!!」


「ああ。カミラ、戻ったぞ」


「はい!!……お待ちしておりました!!」


 じゃれつく犬みたいな勢いで、カミラはオレの体をぎゅっと抱きしめていたよ。オレも彼女の背中に腕を回して抱擁を交わすのさ。


「……えへへ。ソルジェさまー……っ」


「なんだ?」


「呼んでみただけですよー。ああ、腕が届く場所にソルジェさまがいて下さるのは、カミラの幸せっすよー」


「ククク!そうだな。オレも久しぶりにカミラを腕に抱けて嬉しいぞ」


「どうぞお抱き下さいっす。ああ、離れていた一日一日が、とても長く感じていたっすよう……っ」


 カミラはそう言いながら、あのアメジストの瞳でオレを見つめて来る。ゾッとするほどの色気を感じる貌になりながら、『吸血鬼』はキスを求めて唇を動かした。


 夫の義務だから、ヴェリイの予想の通りにキスをするさ。柔らかくて温かい感触を唇に感じる……しばらくそのままキスをしていたが、やがてどちらからとでもなく離していった。


「……えへへ。ソルジェさまを補給することが出来ましたっす!カミラは、元気が三倍になりましたー」


「……あ、あの!ソルジェ兄さん」


 もう一つの足音の主が、オレの名前を呼んでくれた。黒い髪に黒い瞳の美少女がいる。ククル・ストレガ……我が妹分の一人であった。


「ああ。ククル。久しぶりだな。お前もこっちに来い」


「え、え、ええ?き、キスとかですか……っ!?」


「いや。抱きしめたくてな。久しぶりだからさ。恥ずかしいか?」


「いえ!?そ、そんなことはなくてですね?」


「じゃあ、こっちに来るっすよう、ククルちゃん!一緒に、ぎゅーっとしてもらうっす」


「ぎゅ、ぎゅーっと……はい、はい!今すぐに参ります!」


 ククルもまた飛んで来たよ。オレは妹分のことも右腕で抱きしめる。セクハラになるかなとか考えていたが、ククルはそんなにイヤじゃないらしい。抵抗することもなく、オレの腕の中にでじっとしてくれている。


 ……カミラのセリフの受け売りになってしまうが、『家族』を腕に感じられることは幸せなことだ。手紙で安全だと聞いていても、カミラとククルの強さを知っていても……そばにいなくては、感覚で二人の健全を確かめることなど叶わないことだから。


「……ククルも、元気だったな?」


「はい。色々な方のお手伝いをさせていただき、自分の未熟を知りました」


「ククルちゃんは、とてもガンバっていたっすよ?……謙遜し過ぎっす」


「カミラさん。ありがとうございます。でも、本当に色々な方にご迷惑をかけてしまい、助けていただきました」


「得ることが多く有ったようだな」


「はい!とても、多くを学ばせていただきました!」


「そいつは良かったよ。一回り成長した妹分を腕に抱けて、オレは嬉しいぞ」


「……はい!…………そ、それで、皆さんも、元気でしたか!?」


 ククルはテーブルにつく面々を見回していく。


「うむ。ククルよ、我々は元気であったぞ!」


「リエルさん……本当に良かったです。ミアちゃんも、キュレネイさんも…………あれ?そちらの方は……?」


「私の名前はレイチェル・ミルラ。『パンジャール猟兵団』の猟兵よ。初めまして、ククルさん」


 レイチェルはククルのそばにやって来ると、彼女の手を握る。ククルは、あわててオレから離れると、礼儀正しくあいさつをする。


「は、初めまして!ククル・ストレガと申します!!あ、あの、ソルジェ兄さんの妹分として、皆さまに同行させて頂いています!」


「そう。可愛らしい妹が増えて、リング・マスターは幸せですわね」


「……リング・マスター?……ソルジェ兄さんのことですか?」


「そうだ。彼女は彼女の流儀に従い、『パンジャール猟兵団』の団長のことをそう呼んでいるのさ」


「はい。サーカス・アーティストとして、敬意を込めて、そう呼ばせてもらっていますのよ」


「サーカスのアーティスト……なるほど、だから、踊り子のような衣装なのですね?」


「そういうこと。セクシーでしょう?」


「は、はい。とっても、セクシーです」


「貴方も着てみる?」


「え、ええ!?そ、そんな、おへそとか出すの、ちょっと恥ずかしいですよう!?」


 あわてるククルを見つめながら、レイチェルは微笑みながら抱きしめていた。気に入ったようだな。レイチェルの大きな胸に抱きしめられると、ククルは赤面してしまったいた。


「リング・マスター、かわいい妹ですわね!」


「あ、あわわ……っ。そ、その、あの……っ!?」


 レイチェルはククルの体をペタペタと触っていたよ。ククルは緊張なのか恥ずかしさなのかで、石像のように強ばってしまっている。


「ふむふむ。シアンにも似た筋肉の付き方をしていますわ。相当な運動能力を宿した身体ですわね……」


「え、わ、分かるんですか?」


「サーカスのアーティストですもの。ククル、貴方は剣術が得意だけど、弓術も得意……幾つもの種類の武具を使いこなしている……最近、新しい武術の修得に励んでいますわね?」


「は、はい……実は、テッサさんに戦槌の指導を少し……全身の筋力を鍛えるには、持って来いだと教わりまして」


「戦槌。たしかに振り回せば、いい腕力がつきそうですわね。それに、バストのボリュームも上がるものね」


「そ、そ、それが目的というわけでは、無いですからね!?」


 ……師匠であるテッサ・ランドールはかなりの貧乳だから、ククルはその効果までは期待していないだろうな。


 恥ずかしがりながら両胸を隠すククルであったが……マジメなオレの妹分は任務を忘れてはいなかった。


「あ、あの!ソルジェ兄さん!……お屋敷の外に、トミーさんからお預かりした皆の装備品と、ゼファーの新しい鎧を運んで来ました」


「おニューの防具が届いたの!?」


「そうです!」


「ふむ。ならば取りに行かねばならんな……それに、ゼファーにも着せてやらねば」


「そうしてあげて下さい。そして、ソルジェ兄さん」


「……分かっている。情報提供者が来ているわけだな?『メイガーロフ』についての情報を持った、巨人族の男か」


 妹分の頭がうなずいていた。


「はい。彼の名前は、ジンダーさんです……彼は外で、装備品一式と共に待っていてくれています」


「どんなヤツだ?」


「……商売人みたいなお人っすけど。独特な鋭さがあるっすね……悪く言うと、盗賊っぽい気配を感じます」


 腕の中にいるカミラがそう告げてくる。


「盗賊か……『メイガーロフ』は、山賊が多いとも聞いている。もしかして、そういう集団の出身者かもしれんな」


「だとすると、好都合だな」


「ああ。餅は餅屋と言うからな……まっとうな商人であるよりも、元・山賊の方が裏の事情にも詳しいかもしれん」


 巨人族のジンダーか。とにかく、会ってハナシを聞いてみないことには始まらない。屋敷の外へと向かうとしよう。




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