序章 『ベイゼンハウドの休日』 その21


 ロロカ先生とジャン、そしてカーリーをジーンたち『アリューバ海賊騎士団』に預けて、オレたちは武装してゼファーの背へと向かう。竜鱗の鎧を身につけて、竜爪の篭手を左腕にはめる。竜太刀を抜いて、右手の指を絡めてビュンビュンと振り回したよ。


「ソルジェ、痛みは無いな?」


 リエルが心配していない顔で訊いてくれる。鋼が風を斬り裂く音を聞いていれば、剣士の調子ぐらいは分かるものさ。


「ああ。おかげさまでな。違和感は、ほとんどない。痛みはゼロだ」


「うむ。上出来だ。太刀筋はキレイに見えるぞ」


「わずかに濁るような感覚はあるが、振り回していたら消えて行くだろうさ」


 姉貴の細剣が突き刺さったわけだからな、しばらくのあいだ違和感は残りはするさ。だが、戦いには影響は少ない。闘争本能に火が点けば、体の痛みなど消え去るものだ。それがストラウスの剣鬼ってもんだ。


『さあ!みなみにいこう!!』


 あちこち壊れてしまった黒ミスリルの鎧を着たゼファーが、その大きな翼を久しぶりに力強く広げていた。黒いウロコの下で筋肉がしなり、数日前よりも明らかに一回り大きく成長した様子を見せる。


 ルルーシロアとの戦いで得た経験値、それがゼファーの肉体の成長を促進させているのさ。


 満足げな笑みを『ドージェ』は浮かべながら、ゼファーの背に跳び乗っていた。南に向かう猟兵たちもゼファーに乗って来る。いつものように、オレの脚の間にはミアが、背中にはリエルがいた。その後ろにキュレネイとレイチェルさ。


「……さあて、ゼファー!行くぞ!!」


『らじゃー!!』


 ゼファーが無人島の浜を走り始める!巨大な脚爪で大地を蹴り込み、その速度を上げていく。カーリーが後ろを追いかけて走り、ミアはそのカーリーに手を振っていた。


「行ってくるねー、カーリーちゃーん!!」


「ええ!がんばってね、ミア!!」


 別れはさみしいものだが、また戦場で会えることを確信している。『自由同盟』の戦士であることが、オレたちの絆の一つとなってもいるんだ。物騒で鉄臭い絆だが、強い結束を感じさせてくれるものだよ。


 ゼファーの脚は加速して、浜を蹴り、波打ち際の海水を蹴散らし―――やがて、脚で大地を蹴りつけると共に、広げていた左右の翼で空を打ちつける!


 暴れる風が生まれ、砂と海水を破裂させた。翼の生み出した風に吹き飛ばされるように、ゼファーの巨体は宙へと浮かぶ。


「……翼は痛くないわね、ゼファー?」


『うん!ぜんぜん、へっちゃら!!どこにも、いたみなんてない!!』


「そうか。なら、全力だ!!北海の風を貫くようにして、力を示せ!!」


『らじゃー!!』


 竜の長い首が前に倒れて、漆黒の翼は骨格一杯に広がりながら空を掌握する。筋肉が爆発するみたいに膨らむのが見えたし、分かった。大きくなった翼と、そしてオレたちが座る背中の筋肉の動きも、かつてより動きが明確に強まっている。


 筋肉全体が大きさを増しているんだ。黒ミスリルの鎧も、合わなくなり始めていた。構わないさ……それもまた成長の証なのだから。


 翼が唸るように暴れて、空を強く叩いた。加速して、朝の湿った海上の風が襲いかかるようにオレの全身に突き刺さってくる。湿度を帯びた重たげな空であるが、ゼファーの翼が生み出す力の前には加速の邪魔をするほどの障害にはならないよ。


 翼が躍動し、その度にスピードは増していく。ゼファーの喜びを感じるぜ。空に戻ったことを、本能的に歓喜しているのだ。そして、確かな成長を果たしていた自分の翼に対して、誇らしい気持ちで胸は一杯なのさ。


 こういうとき。


 どうすればいいのか?


 そうすべきなのか?


 ……ククク!……決まっているな!!


「ゼファー!!喜びを、歌ええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHッッッ!!!』


 竜の歌が灰色の北海を揺さぶるように放たれる!!……ゼファーが歌いたかいから歌っただけでもあるし、無人島にいる我々の仲間たちに聞かせてやりたい歌でもあった。


 別れの挨拶でもあるし、再会を誓うための言葉でもある。


 ゼファーは歌を放ちながら、加速したその身を空に踊らせた。大きな旋回を一度、実行するのさ。『またね!』。その意味を込めた、雄大な竜の旋回飛行さ。そいつは一度で十分だし……その旋回のあいだに、オレとミアは乗るべき風を見つけていた。


 ……竜騎士の修行の一環だ。


 ミアの黒い髪にオレはアゴを埋めながら語るのさ。


「……ミア。四つ風の道が見えただろ?」


「うん!」


「南に向かうべき風を、お前がゼファーに指示してやれ」


「……分かった!……えーと。ゼファー!……右から二つ目。北北西から吹いてくる、少し高めの風に乗ろう!……あの素直な風に乗れば、きっと『ヴァルガロフ』まで早く飛べるよ。南に行けば、バシュー山脈からの東風が入って来るから、ゼロニアまで早い!」


『らじゃー!!』


「……そうだよね、お兄ちゃん?」


「ああ。その通りだぜ。さすがはミア・マルー・ストラウスだ」


「えへへ。だって、私もルルーと組んで、竜騎士になるんだもん。もっと、風のことを勉強しなくちゃね!」


『……るるーしろあは、おいていっちゃうの……?』


 心配そうな声をゼファーがつぶやく。ルルーシロアは、ゼファーにとって唯一無二のライバルだからな。彼女の存在は、ゼファーをより強くする……そういった存在と離れることがさみしいのか。


 ……いや、たんに竜族と離れるのがさみしいのかもしれない。初めて出会った竜だからな。アーレスのように魂が残されているだけではなく、今を生きている竜……ゼファーは、ルルーシロア以外に知らない。


「……安心しろ。アイツはゼファーのにおいも魔力も覚えているさ……さっきの歌も聞こえているだろう。オレたちが乗った風から、南に向かったことを悟る。ケガが治れば、間違いなく追いついて来るさ」


『そっか。なら、あんしん!……つぎは、ぼくがかつんだもん!!』


「その意気だ。次こそは、オレたちの『家族』にしちまうぜ。勝利し、ストラウスの竜にしてしまうんだよ」


「……ルルー、そうなれば、私が乗るんだ」


「そうだ。ミア、お前なら、ルルーシロアと最高のコンビになれる」


「……そうなったときには、竜騎士が二人誕生するわけですわね?」


「なんとも、頼もしいハナシであります。戦術どころか、戦略が変わるであります」


「……ああ。だが、まだまだ竜を見つけてやりたい。バルモア連邦との戦いでは、アーレスの子らが、5匹も討たれた。力は、多くなければならない」


 『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』ではないにしろ、それでも熟練の竜騎士と組んだ練達の竜たちも、多勢に無勢では勝てない……かつてよりも、強い竜騎士団を創り上げたいのさ。


「……砂漠で、竜を探すつもりなのか?」


 リエルがオレの右肩にアゴを下ろしながら、耳元でそう語りかけてくる。オレはうなずきながら、その上で答えも口にしたよ。


「探してみるさ。北海の果て、おそらく氷の大陸にはルルーシロアがいたように、砂漠のような土地にも、『耐久卵』が在るかもしれない」


「……砂漠にも、竜は卵を産むのか?」


「『耐久卵』はどんな環境にも耐えると、アーレスは語っていたからな」


 よもや自分が『耐久卵の仔』だからといって、過大な自慢をしているわけではあるまい。3世紀も生きて来た身分だから、そんな変な見栄は張らないだろうよ……そんな見栄を使わなくても、アーレスは十分に偉大な存在だったしな。


「オレが行ったことの無い土地だ。過酷でヒトが少ない環境であるならば、もしかすれば『耐久卵』があるかもしれん。まあ、希望が過ぎる考えではあるがな」


「でも。いるかもしれないから、探してみようよ!お仕事の邪魔にはならないよね、竜探しも!」


「そのはずだ!」


 新たな土地、見知らぬ過酷な環境―――そこに竜の影を追いかける。そんな希望を仕事とは別に持っていたとしても、何ら問題はない。


 ああ、そう考えると、実にワクワクしてくるものさ!!……『メイガーロフ』、荒野と山脈と砂漠と、荒くれ者たちの土地かよ。竜が飛ぶに相応しい空のようにも思えてきたぜ!!




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