序章 『ベイゼンハウドの休日』 その20


 朝陽が北海を照らす頃、慌ただしい一日がスタートした。まず朝メシを食べるために小舟で島に移動した。朝は軽いメニューだったな、焼いたトーストにバター、そして卵を二つ使ったプレーン・オムレツとコーヒーさ。まずは皆でそれを食べたよ。


 その後で、オレたちは動き出す。


 リエルはゼファーのほとんど治っている傷に、念を押すようにエルフの秘薬を塗り込んでいき、オレはジャンを見つけると今後の指示を与えた。基本的にはロロカ先生の指揮下で動くことにはなるが、『北天騎士団』の山狩り部隊との連携が実務となる。


「ひ、人見知りしないようにしないと……っ」


 敵兵との戦いを心配することはないが、その点については少し気にはなったな。


「まあ、その点も悪くない訓練になるだろうな。社交性を磨く機会と受け止めろ」


「は、はい!が、がんばってみます……っ」


 ……さっそく目が泳ぎ始めているな。愛読書である『人見知りが治る本』を取り出し、読み始めるジャンがいた……一般的な助言は、きっとあの本の中に50項目ぐらいは書かれているのだろうから、あらためてアドバイスはいいか。


「とにかく、がんばれ。敵兵は容赦なく排除しろ。『ベイゼンハウド』に帝国が介入するための足がかりを残さないようにな」


「りょ、了解です!敵は、全員仕留めます…………で、でも、北天騎士の皆さんに話しかけられて、きょ、きょ、挙動不審とかになったら、ど、どうしよう……っ」


「自信を持て。お前は、『パンジャール猟兵団』における、『最強の追跡者』だ」


「さ、最強……っ。ぼ、ボクがですか!?」


 ……直接的な戦闘能力という意味での実力では、たしかに最弱のままかもしれないが、ジャンにしかやれないことは多い。


「隠れた敵を嗅覚で追いかけられるなんて、お前ぐらいにしか出来ないだろ。北天騎士たちもお前に驚くだろうから、自信を持っていればいい」


「は、はい!……でも……し、知らないヒトに褒められても、う、うまく、ありがとうございますって、言えるように練習しておいた方がいいでしょうか?」


「いや、あまり変な練習はしないほうがいい。とにかく、冷静にな。仕事に集中すればいいだけだ」


「わ、わかりました……そっちは、自信があるんですが……知らないヒトと会話することには、ちょ、ちょっと自信がないんです……」


 ……まあ、仕事でミスしなければ問題はないか。人見知りの青年なんだな、とか周りも察してくれるだろうよ……。


「ジャン。わらわも、追跡任務に参加してあげましょうか?」


「……そ、そうだと助かるよ」


「うん。伯父上に相談してみるわね。わらわも『ノブレズ』にいるだけでは、役に立たないし……この旅は、伯父上に会うためでもあったし、修行の旅でもあるもの!」


 カーリーはエリートらしく向上心が強いな。良いことさ。ジャンや北天騎士たちと一緒に動くのであれば、危険はない。十分な戦闘力と、チームワークを守る冷静さを持っていることは、しばらく一緒に行動したオレには分かる。


 そんな向上心を見せるカーリー・ヴァシュヌにミアは、ガシッと抱きついていた。


「な、なに、ミア?」


「ジャンをよろしくね、カーリーちゃん……っ」


「う、うん。分かったわ……さみしがってるの?わらわより、お姉さんのくせに」


「一個しか違わないし……カーリーちゃんはさみしくない?」


「さ、さみしいけど……また会えるって、信じているもの」


「うん!また、すぐに会えると思う!」


「そうよ……ガルーナに攻め込む時には、わらわも伯父上も……ハイランド王国軍も『北天騎士団』も、『パンジャール猟兵団』と一緒に攻め込むのよ」


「……お兄ちゃんの国を、取り戻す戦い……」


「ええ。ガルーナを取り戻す。その戦いには、わらわも参加する!……赤毛と『パンジャール猟兵団』には、何だかんだで世話になったものね!」


「そいつはとても心強いぜ、カーリー。間違いなくその時は激戦となるからな。強い戦士は一人でも多く共にいて欲しい戦になる」


「……うん。そのときに備えて、修行しておくわ」


「カーリーちゃん、ウルトラ頼りになる、しっかり系だ!」


「ま、まあね!……だから、ミアもがんばるのよ?」


「そだね。ミアもがんばるー。カーリーちゃんと離れるのさみしいけど、がんばるね」


「次に会う時は、また手合わせしてもらうわよ。今度は、わらわが勝つから!」


「ミアはカーリーちゃんのお姉ちゃんだから、負けないぞー」


 そう言いながらもミアはカーリーの背中に、ぎゅっと抱きつく。これでは、どちらがお姉ちゃんなのか分からないな。まあ、『妹成分』を補給したい気持ちは、オレにはよく分かる。


「……ロロカ。こっちは任せたぞ」


「はい、お任せ下さい、ソルジェさん」


「オレも君がいなくてさみしいぜ」


「私も、ソルジェさんと離れるのは辛いです。でも、『ベイゼンハウド』を安定させることは、ガルーナ奪還につながる大事なお仕事ですから」


「ああ。頼むぜ」


 そう言いながら抱き寄せて、ロロカの唇を奪う。彼女は青い瞳をゆっくりと閉じて、オレのことを受け入れてくれた。周囲に子供たちもいるからね、激しいのはしないさ。


 しばらくそれをしていた後で、名残惜しげに離れたよ。


 ロロカ先生は顔を赤くしたまま、手をうちわのようにして上気したホッペタをあおいでいた。


「……ふー。ソルジェさんに、元気を頂いた気がします」


「オレもさ」


「……ウフフ。がんばりますね、ソルジェさん。そちらもケガをしないように気をつけて下さい」


「ああ。砂漠に高山……オットーの領分じゃあるが、別任務の最中だ。参加してもらうことは難しいしな―――」


 探険家としてのオットー・ノーランの力が、存分に活かされる環境ではありそうだが、帝国軍との戦に、『ベイゼンハウド部隊』の護送任務……いくらタフなオットーでも体力の消耗が激しすぎる。休息は取ってもらうことにするさ。


「―――オットーからはフクロウ経由で助言をもらうことにするよ」


「そうですね。そうして下さい。過酷な環境での任務になります。情報は少しでも多い方が良いですから」


「……オットーとギンドウも君の指揮下に入る。オットーは君のサポートをこなしてくれるだろうし……ギンドウは…………」


 沈黙してしまう。


 ギンドウ・アーヴィングはオットーと共に『ベイゼンハウド』にやって来るが、何をさせるべきなのだろうか……。


「……ジャンとギンドウは仲良しだから、残党狩りに同行させてやるといい。ギンドウは遊び人で怠け者だが、社交的じゃあるからな」


「そ、そうですね!……『北天騎士団』の現場部隊とも、顔見知りを作っておきたいところです。共に戦った経験がある仲間は、より深く信じることも出来ますから」


 それもまた外交の一つだった。絆を培うこともバカにはならん。ガルーナを奪還する任務……それは『ベイゼンハウド人』からすれば、あくまでも他人事だ。現場レベルで猟兵と北天騎士が仲良くなっていれば、彼らはその戦に対するモチベーションも上がるさ。


 ……ジグムント・ラーズウェルは約束しているし、新生した『北天騎士団』の幹部たちともオレはその協力関係を確認している。オレたちが『ベイゼンハウド』奪還に尽力した見返りとしてな―――。


 ―――しかし、『ベイゼンハウド』の歴史を変えることでもある。他国に軍隊を送らなかったからこそ、彼らが得ていた信頼もあるのだ。あくまでもオレたちに対しての『報酬』ではあるが……その歴史を捨てることになる。


 それは彼らの在り方を変えてしまう圧力にもなるし、今後は他国からの侵略戦争をより多く仕掛けられることにもなりかねない。


 他国を侵略しないという国是を、捨て去るのだからな。周辺諸国との軋轢は増えてしまう……しかし、オレたちがガルーナを奪還するためには、『北天騎士団』の協力が必要なのだ。現場レベルで仲良くなっておくべきだな。


「……ギンドウには、オレたちの外交官として、友情を振りまいてもらうとしようじゃないか」


「……そ、そうですね。ちょっと心配なところもありますが……」


「まあ、お調子者過ぎるから。あまりふざけていたら、殴れ」


「……致し方ないときは、そうしましょう」


 ギンドウ・アーヴィングにも大きな仕事を与えることになりそうだな、自称・隠れ働き者らしいし、あいつにも頑張ってもらうとしよう。



 

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