序章 『ベイゼンハウドの休日』 その7


 しばらくのあいだ、ヘタレで有名な海賊船長ジーン・ウォーカーは12才の少女による恋愛相談の『被害者』となっていた。思春期の少女たちは恋愛話が好きなようで、ジーンの恋愛観を小説か何かで得た知識によるダメ出しを行っていた。


 ……海賊たちはジーンが弄られる光景を見るのが大好きである。どいつもこいつも助け船を出すこともなく、ただジーンが12才の少女から恋愛のアドバイスを受けているという滑稽な状況を楽しんでいた。


「……とにかく!ちゃんと告白しないと、伝わらないと思うわ!」


「そ、そいつは分かっているんだけどね……いざとなると、こう、どうにも緊張しちまうのさ」


「だからヘタレと呼ばれるのね……」


「うぐっ!?」


「ホント、顔もいいのに、残念なトコロがあるわ。完全無欠の男性なんて、いないのね」


 オレは海を見つめながら、カーリーの浅いんだか深いんだか分からない、恋愛小説由来の情報を耳にしていたよ。ミアとゼファーの寝息も聞こえて来るぜ。あの二人もジーンの恋愛には興味がないのだろう。


 猟兵たちは皆がそれぞれにノンビリしていた。リエルは甲板のハンモックを使い日光浴をしているし、ロロカ先生も同じようにしながら読書タイムだ。レイチェルは船室に籠り全力でお昼寝しているようだし……ジャンは船酔いと戦っていた。


「平和なものでございますな」


 オレの足下にやって来ているキュレネイは、そうつぶやきながら棒付きキャンディーを口のなかに入れていた。


「……子供らしいオヤツ食べているじゃないか」


「イエス。18才は子供のよーな、オトナのよーな。子供らしいオヤツを食べていてもセーフなのでありますぞ」


「まあ、そうかもしれないが」


「団長も食べるでありますか?」


 いつもの無表情なまま、口に咥えた棒付きキャンディーの棒を上下に動かしながら、キュレネイは駄菓子の世界に誘ってくる。その手には、いつの間にやら、無数の棒付きキャンディーが握られていた……。


「いや。今はいいかな」


「そうでありますか。童心に戻ることで、得られる楽しみもあると思いますぞ」


「そうかもしれないけど、お前の楽しみを奪うのはな」


「分け与える喜びもあるでありますぞ」


 食べ物を独占しようとしないなんて、キュレネイの成長を感じさせる言葉だったな。


「そもそも」


「そもそも?」


「これは、賄賂でもありますしな」


「何のコトだ?」


「釣果を期待しているでありますぞ。牛肉はすでに調達済みと、船のコックは語っていたでありますが……魚の方はまだであります」


「肉だけでもバーベキューとしては、十分だろ?」


「ノー。せっかくなので、『ベイゼンハウド』の海の恵みも楽しむべきであります」


「……まあ、そうだな」


「なので。団長、期待しているでありますぞ」


「キュレネイは釣らないのか?」


「魚釣りは待つ時間が長いので、眠たくなるからイヤであります」


「そうか」


「さて。では、キャンディーの授与と参るであります」


 キャンディー授与式が始まるようだ。キュレネイは立ち上がり、手に持つ色とりどりのキャンディーをオレの前に差し出してくる。


「選ぶでありますぞ」


「そうか……どれにしようかな」


「ああ。私の口に咥えているキャンディーは、ダメでありますぞ。照れてしまうでありますからな」


「オレをどんな変態野郎だと考えているんだ?……お前のオススメでいいぞ」


「……ならば、団長の髪と同じ、この赤いキャンディーがオススメであります。リンゴ風味であります。まあ、実際、リンゴの味はしないのでありますが、赤いから気持ちだけでもリンゴを食べているよーな気になれるでありますぞ」


「リンゴを飴に封じても、リンゴ味にはならないもんな……」


「では、あーん、であります」


「……オレに餌付けするの、流行っているのか?」


「そういうことでありますな。ほら、あーん」


 無表情のままキャンディーをオレの下唇に押し付けながら、キュレネイはオレが口を開くことを強いてくる。


 まあ、別に拒む気はさらさらないがな。口を、あーんと大きく開くと。その棒付きの飴玉がグイッと口のなかに侵入して来ていた。


 口のなかが一杯になってしまうから、オレは歯を使って、そいつを少し噛み割っていたよ。


「おいしいでありますか?」


「ああ、甘いな」


「それは良かったでありますぞ」


 猟兵女子のなかで流行っているという、オレへの餌付けを成功させたことが嬉しいのだろうか。キュレネイは無表情ながらも、三度ほど頭を頷かせて、オレと並ぶようにして海を見つめることを選んでいた。


「……あれって、不倫なのかしら?」


「……キュレネイちゃんと、サー・ストラウスは、どこか怪しいよな」


「……人聞きの悪いコトを言うなよ?」


「そうでありますぞ。餌付けプレイを楽しんだだけであります」


「そ、そうよね……?」


「何でも恋愛要素に絡めようとするのは、良くない発想だぜ」


「……まあ、そういうコトにしておくけどさ……」


「ジーン船長!!」


 野太い海賊の声が、頭上から響いて来る。マストの上にいる海賊が叫んでいた。猟兵たちが目を覚ます。見張りが叫べば、敵かと考えてしまうのが一般的な反応ではある。


「どうした!!」


「右舷を見て下せえ!!……海鳥どもが、集まっていやすぜ!!小魚の群れがいる!!」


「ほう。サー・ストラウス。そろそろ勝負出来そうだぜ!」


「……小魚を釣るの?」


 カーリーは不満そうだ。つまんない戦いを見るのは嫌いらしいな。


「いや、そうじゃないのさ、カーリーちゃん。小魚の群れを追いかける大物を狙うんだ。そいつらは小魚を丸呑みするぐらいには、大きいんだよ」


「なるほどね!」


「……どんなお魚がいるの?」


「キング・サーモンさ」


「サーモンの……王サマ!?」


 ミアが反応している。焼き鮭もミアの好物だからな。目をキラキラと輝かしている。心のなかに、鮭の王サマを想像しているようだ。


「……グレートな響きでありますな」


 食欲が燃えているのだろうか?……キュレネイは、棒キャンディーを噛み砕きながら、はるかな魚群を見つめていた。


「お兄ちゃん!」


「団長」


「ああ。釣り上げてやるぜ、大物をな!!」




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