第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その57


 白い『霧』のなかを落ちていく。白に埋め尽くされたその場所では、何を見ることも叶わない。猛吹雪のなかにでもいるかのようだったし、この『霧』には呪術だか何かが仕込まれているのか、距離感覚だとか聴覚由来の空間把握が妨害される。


 どこをどう落ちているのか。


 どれぐらい落ちているのかも、オレには分からない。地上のどこともつながっていないとき、ヒトは本能的な不安を覚えるものだが……オレは怖さは感じない。ルルーシロアのことを信じているからだ。


 勇気を示したぞ。


 示していると思う。言われた通りにしているし、怖がってはいないしな。


 満足してくれないか?……そうでなければ、お前は下らぬ嘘つきとなる。だが、知っているぞ。竜ほどに誇り高い存在であるのならば、約束を破ったりしない。


『…………まったく。こういういきものなのだな、おまえは……』


「そういうことだ」


 白の中から聞こえた声に従い、腕を伸ばす。オレのすぐ側にルルーシロアは飛んでいた。一緒に真っ逆さまに落ちている。オレの指が背中を握ったことを知ると、ルルーシロアはあの流麗な翼の踊りを見せつけて、白い『霧』のなかで舞った。


 大きな動きであるくせに、その反動や衝撃が少ない。体の柔軟さはゼファーを上回るようだな。性別の差よりも、空を飛んできた経験の差なのさ。


「見事な飛び方だ」


『みえていたのか……?』


「わずかにな。翼の動き、風を叩く音、背骨と尻尾のうねり方。そういうのを見ていると理解は及ぶというものさ。それが、ガルーナの竜騎士なんだよ、ルルーシロア」


『……そうか……』


「ああ。ありがとう、ルルーシロア」


『……おもしろくもなかった。ないて、わめいて、おびえれば、それなりにおもしろかったのに。にやにやしていたな……あたまが、おかしいのか、おまえは……?』


「信じていただけだ。お前のことを信じて、ちょっと空を楽しんだだけだよ」


『……りゅうを、しんじるのも……りゅうきしのしごとか……?』


「そうだ。信じるし、信じてもらえるように努力をする。一緒に生きるということは、そういうことを言うのだ」


『……わたしには、わからないし……きょうみもない。おまえたちと、いっしょにいきることはないからだ』


 そうかな。


 そうなったら、とても楽しい日々だと思うんだけどな。でも、今そんなことを言えば機嫌を悪くしてしまうかもしれないからな。止めておこう。乙女がイヤがるかもしれないことを言うべきではないからね。


 とくに……こちらのお願いを聞いてもらわなければならない時は。


「……ソルジェ!」


「お兄ちゃん、無事?」


 白い『霧』が少し晴れて、あの大穴とそこにいる猟兵たちが見えたよ。オレの無事を喜んでくれているようだ。


『……それで、そいつらも、わたしのせにのせろというのか?』


「うむ!当然だぞ、私はゼファーの『マージェ』なのだからな!!」


「私はゼファーの大親友だもん!!」


「イエス。私は、ゼファーを見つけて連れ戻す使命を、自分で決めたでありますからな」


「わらわも行く!!……呪いの専門家がいるでしょ!?だって、ゼファーは呪われているんだもの!!」


 4人の少女たちは行く気満々だ。ルルーシロアは悪態をつく。


『ふん……いらぬおもしが、いつつになるか』


「5倍強くなると考えろ。オレも含めて、この場にいる全ての者が、それぞれにしかやれぬ特別な技巧を持っているぞ。もちろん、お前も含めてな、ルルーシロア」


『……のうりょくを、ぬすめと?』


「盗めるものなら盗んでいいぜ。技巧を盗むのは、自由なことだ」


 ただし、そう簡単には盗むことは出来ないだろうがな。オレたちは誰もが武術の達人であり、特別な才能と鍛錬と経験に磨かれて、それぞれ独自の能力を手にして来たのだから……その言葉も言わない。機嫌を悪くされれば困るから。


『……わかった。のるがいい、ぜいじゃくなる『ひと』どもよ!!』


「オッケー!!じゃーんぷ!!」


「ミアにつづけ!!」


「行くであります」


「うえ!?……ほ、ホントに……躊躇とかしなさいよね!?アンタたち、高いトコロに慣れ過ぎちゃってるんだからあ!!」


 4人の乙女たちも、そろいもそろって勇敢なんでね。許可された瞬間に力尽くで飛び移ってきたよ。


 ルルーシロアはいきなり4人に飛びつかれて、その飛行のバランスを崩しそうになるが……オレは彼女の背の上で重心をコントロールしてやり、ルルーシロアの羽ばたきをサポートしてやった。


 賢い竜は気がついたようだ。竜騎士が、一体どんなことを竜にしてやれるかを。鼻息を荒げながらも、ルルーシロアは語る。


『ふん!……なるほどな!……りゅうきしか。りゅうのとびかたを、よんでいるというわけだ……』


「気に入ったか?」


『……どうだかな。それよりも……どこにむかってとべばいい?』


「まずは南だ!!……南に向かってくれ!!そうすれば、ゼファーの魔力と、つながれるからな」


『…………つなげられるのか?』


「必ずな」


『……そうか。それがしんじつか、それともいつわりなのか……みせてもらおう。りゅうきしよ』


 ルルーシロアが『霧』の中で、その大きな翼を広げていた。空を掌握するための開き方だ。


「皆、掴まれ!!ルルーシロアは、いきなり全力で飛ぶぞ!!」


「ラジャー!」


 ミアがオレの脚の間に到着し、リエルがオレの背中に張りついた。キュレネイは自分とリエルのあいだにカーリーを挟んでいた。さすがの早業だな。ルルーシロアは自分の背中で自在に動き回ってみせた猟兵たちに驚いている様子だ。


 そして。


 少し苛立ってもいる。


 不作法に許可もなく、勝手に体の上を動かれたら、ヒトでも気分を害するだろうよ。ルルーシロアからすれば、オレたちの行動は、そういうモノに過ぎない。


 ……だが、約束は守る気だ。オレたちを振り落とそうとすれば、それも容易いことなのだが、怒りをそんな行動で現すことはなかったよ。


 黙りこくったままだが、大きく広げていた白い翼は動く。強く、早く、激しく、空を壊したいみたいな勢いで、ルルーシロアは空を翼で打ちつける!!……全身を暴れさせるような飛び方だった。


 翼に全身の筋力と重量を与えて、力任せに加速する!!あっという間にゼファーの最高速近くにまでスピードを上げて行く。ルルーシロアは、やはりスゴい竜だよ。我流だけで、ここまでの速さを翼に宿してみせたのだからな。


 いまだに抵抗を続けるわずかな帝国兵たちと、『北天騎士団』と『バガボンド』の戦士たち……そして、ロロカとレイチェルとジャン、そしてジグムント・ラーズウェルを戦場に残したまま、オレたちは『岸壁城』を後にする。


 ルルーシロアは夜風を斬り裂くように飛ぶ。


 あきらかに力を見せつけようとした飛翔だな。オレたちに自分の強さを示そうとしている。自慢してもいるのだろう、自分がどれほど速く空を飛べる存在であるのかを。


 風圧で吹き飛ばしてやりたいかのように、白き竜の翼は激しく暴れていたが。オレたちはその乱暴な飛び方にも耐えるのさ。ゼファーに乗り、大陸のあちこちの空を飛び回るオレたちが得ている経験値を舐めてもらっては困る。


 嵐のなかでも、オレたちはゼファーと飛んだ。空気の薄まる高い山も、荒れ狂う北海の上も、何万もの軍勢が殺し合いをしている戦場も、密かに敵の砦へ忍び寄ったこともあるのだ……。


 ルルーシロアはおよそ5分間ほど、暴れるような激しさで飛んでいたが、カーリー以外を怯えさせることは出来ないと理解して、その意地悪を止めていた。竜はムダなことは好まない。


 北海から吹く北の風に翼を預けるようにルルーシロアは静かに飛んだ。その身はゆっくりと蛇のようにうねりつづけてはいるな。まるで、海の中を泳いでいるかのように見える。こうすることで、彼女の純白のウロコが風の抵抗を和らげているようだ。


 独特な飛び方ではあり、どの竜にもマネすることが出来るような飛び方ではないが……この動きは先ほどまでの乱暴な翼の使い方で生み出したスピードを、ほとんど殺していないことに驚愕を覚える。海での暮らしが、ルルーシロアにこの能力を授けたのだろう。


 すっかりと安定した飛行に入り、カーリー・ヴァシュヌが安堵のため息を吐く音を耳で拾っていたよ。そのまま五分ほどが過ぎた頃。オレはゼファーの魔力を辿り……その気配を見つけていた。


 海岸線の果てに、大きな商船の帆柱が見えた。おそらく、あそこは『ゴルゴホ』どもがこの土地から退却するときに使った港だろう……その港に、ゼファーと姉貴と甥っ子、そして、あの呪術師のチビガキはいるらしいぜ―――。



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