第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その56


 呪いの力とオレという『生け贄』を使い、ルルーシロアを誘い出す。北海が見えるからな。この北海のどこかにいるはずのルルーシロアにも、呪いは届くハズだ。


 我が妹、ミア・マルー・ストラウスの必死な言葉もな……竜は孤高の存在ではあるが、極めて知性の高い動物である。自然界には結局のところ、その知的欲求を満たしてくれる存在はいない。


 ヒトとの対話を知った今ならば、ルルーシロアはオレたちにかつて以上の興味を持ってくれているハズだ。オレたちの接触は、無意味なことではない。お前はヒトが竜の知的な孤独を癒やしてくれることを知ったはずだ。


 だから。


 頼む……お願いだから、来てくれないか、ルルーシロア……っ。


 祈るような気持ちで時間を待つ。焦るぜ。こうしている間にも、姉貴はゼファーと共に遠くへと飛び去ろうとするだろうからな……姉貴も理解しているのだ。ヒトの作為を竜が無効化してしまうコトは、いつ何時だって起きるということを……。


 途絶えてはいないぞ。


 声は聞こえない、声も届かないのかもしれない。


 それでも、オレとゼファーはまだつながっている。南へと向かうゼファーの翼が生み出すスピードは、いつものゼファーのそれと比べて、あまりにも遅いんだよ。嫌がっているんだ。


 当たり前だ!!……まだ幼い仔竜が『マージェ』と『ドージェ』から離れたいなどと考えるはずもない!!……『パンジャール猟兵団』だけが、ゼファーの『家族』であり、居場所なのだ!!ゼファーは、それを理解している!!


 だから、呪いで体の動きや自我が奪われたとしても、その翼がオレたちから離れようとするのを拒んでいるのだ……独りぼっちはイヤなのさ。『家族』から離れるのは、誰だってイヤじゃないか。


 ……待っていろ。


 待っていてくれ、ゼファー……『ドージェ』が、必ず……お前のコトを取り戻してやるからな……ッ。


「お兄ちゃん!!ルルーが来た!!」


「なに!!」


「ど、どこにおるのだ!?」


「……リエル、落ち着くであります。怪しげな『霧』が生まれているでありますぞ。この『霧』は、ホフマン・モドリーの砦で遭遇した気配……」


 そうだ。北海から濃い『霧』があふれるようにこちらに向かっていた。戦の最中にある『岸壁城』に対して、不用意に近づくことを躊躇っているのさ。賢い仔だからな、ルルーシロアも。


「ぬう。向こうからは見えるのかもしれんが……っ!!こちらからでは、『霧』に阻まれて何も見えぬぞ……っ」


「見えなくてもいいよ!!来てくれている証拠だもん!!ルルー!!ルルー!!こっちに来てー!!お話しを聞いてー!!ゼファーが、大変なんだよ!!……このままじゃ、私たち、離れ離れにされちゃうの!!それって、絶対に、ダメなことなんだよ!!」


「そうだ!!ルルーシロア!!お願いだ!!力を貸してくれ!!……ゼファーを取り戻したいんだ!!あの仔の居場所は、ここなんだ!!……呪いで縛られて、操られている!!行動だけじゃなく、心の自由も、今のゼファーにはない!!そんなことは、間違っているんだ!!」


「うむ!!お願いだ、ルルーシロアよ!!お前が望むものならば、何だってくれてやろう!!私の命が欲しいならば、差し出してもいい!!……だから、お願い、ゼファーを取り戻すために……お前の力を貸して!!」


 必死になって『霧』に叫ぶんだ。『霧』はしばらくのあいだ無言を貫いていたが、やがて風が吹き、『霧』の奥から、あの白い竜が羽ばたきながら姿を現していた。


 雪のように純白なウロコに全身を覆われた、うつくしき白竜……『霧』を操るルルーシロアが、その大きな翼で羽ばたきながら、目の前に現れている。


「来てくれたか、ルルーシロア!!頼む!!オレたちをお前の背に乗せて、ゼファーを追いかけさせてくれ!!」


『…………そるじぇ・すとらうす。どうしてだ?』


「……何を問う?」


『わたしは、ぜふぁーとは、てきなのだぞ。たたかいのさなかにあるかんけいだ。それなのに、どうして、おまえは、わたしをよぶ?……あいつのために、わたしが、どうしてちからをかすとおもう……?』


「お前しか頼れる者はいない。それに、お前は知っているはずだからだ」


『……なにを、わたしがしっているというのだ……?』


「自由の大切さだ!!そして、竜の尊さもな!!……竜は、ヒトの思惑などに支配されていい存在などではない!!」


『……そうだ。われわれは、ひとよりも、はるかにじょうとうないきものだ。それなのに……おまえは、わたしにねがうのか?……かとうないきものが、じょうとうないきものに、ねがいでて……それが、かなえられるとでもしんじているのか……?』


「……対価は支払えと言うのなら、対価を支払う。命をくれというのなら、くれてやっても構わんぞ」


 竜太刀を抜き放ち、うなじに刃を当てる。皮膚が斬れて、生温かい血が首筋を垂れて竜鱗の鎧の内側へと入って行った。


「オレは本気だ。冗談ではないことを、示してやろうか?……オレが死んだら、ゼファーのために動くと約束してくれるのなら、喜んで首を捧げてやるぞ」


『…………いらんわ。そんなものなど…………』


「では、何が欲しいんだ?」


『…………わたしは、かんぜんにしてむけつのそんざい。ほしいものもない。だが……あえて、もとめるのならば……』


「何でもいいぞ、言え」


『……あの、くろいやつとのさいせんだ。たたかうことで……わたしは……つよさをましている』


 竜との戦い、まして『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』との戦いだからな。それから得られる経験値は深くて多いモノとなるだろう。ルルーシロアは、己がより強くなるために、ゼファーとの戦いを望んでいるのだ。


「……それならば、ゼファーは受けて立つ。オレも共にゼファーに乗れば、ゼファーはより強さを増すぞ!!……一度、そのことは証明しているな」


『……おもにであるはずの、おまえたちがいることで……たしかに、あれははやくなったな。つよさをます……おまえたちは、あのくろいやつに、ちからをあたえる……そのあいつとたたかえば……わたしは、よりつよくなれるな……』


「そうだ」


『ならば……それが『ほうしゅう』だ。わたしがのぞんだときに、いつでも、おまえをのせたあいつと、たたかわせろ……それでいいな?』


「ああ。ゼファーも喜ぶ『報酬』だ。お前と戦うことを、ゼファーも喜んでいる。お互いを強くすることが出来るからだ」


 竜は……とくに、『グレート・ドラゴン』は闘争意欲が旺盛なんだ。戦いを好み、強さを求めている。ルルーシロアもまたそんな竜の一翼なのだ。ゼファーやオレたちと戦えることは、この仔には魅力的な『報酬』なのさ。


 ルルーシロアは、その口元をニヤリと歪ませる。白銀色に輝く牙の列が見えた。


『くくく!……ならば、『ほうしゅう』はそれでいい。だが……もうひとつだけ、しめしてもらうぞ、そるじぇ・すとらうす。おまえが、わたしのせなかをかすに、ふさわしいものかをしめさせてもらう』


「好きにしろ。だが、早くだ」


『ああ……じかんはかからん。ひとは『こうかつ』だからな……ためさせてもらうぞ。わたしは『きり』のなかに、みをかくそう。そちらからはみえないだろう?……その、りゅうのちからがやどる、ひだりのめだまをつかってもな』


 濃霧は今までなく濃い。完全に白に塗りつぶされている。おそらく、この場に『霧』を集中させているのさ。その『霧』のなかに、ルルーシロアは完全に身を隠してしまった。


「お前の言う通り、見えないぞ」


『……ならば、それでいい。そのじょうたいのまま、ゆうきをしめしてもらおう』


「どうすればいい?」


『かんたんなことだ。そのまま、そこからとびおりろ。きがむけば、わたしはおまえをたすけてやろう。きがむかなければ、おまえはそのままこのたかさからおちて、しぬのだよ……』


「分かった。それでいいんだな」


『…………ああ、みせてみろ。おまえのゆうきをな―――』


 ―――勇気ならば、ストラウスの剣鬼の得意分野だからな。ルルーシロアが言い終わらない内に、オレは走り始めていた。竜太刀を背中の鞘にしまい込み、そのまま『岸壁城』に開いた大穴から身を投げていたよ。




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