第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その54


 見間違うはずもない。オレと強く深い絆で結ばれた、オレの竜……ゼファーが目の前にいた。ただし、いつもの愛くるしい表情ではなく、今のゼファーは怒りと敵意に歪んだ眼差しでオレを睨みつけていた。


「……ゼファー……っ!!」


「ストラウス家の秘術を使えるのは、愚弟。お前だけではないということだ」


「……ストラウス家の秘術だと……ッ」


「ふむ。知らんのか?……なるほど、お前は古来の手段に乗っ取り、『グレート・ドラゴン』に単独で打ち勝って見せたというのか……脅威的な戦闘能力だな。しかし、竜を統べるには、それ以外の力もある」


「……呪術で、ゼファーを洗脳しているというのか……ッ」


 ヤツらの中にいるチビ呪術師がオレに睨みつけられ、その小柄な体をピョンと跳ねさせていた。ルルーシロアを氷の大陸から誘導するだけの力があるというのならば、上空にいるゼファーを洗脳するだけの力が、あのチビガキにはあるということか……。


 ……そんなことが、可能なのか。


 ……姉貴は、オレの知らない竜騎士の知識を知っているのかもしれん……ッ。


「愚弟。お前は戦の混乱において、ドサクサに紛れて竜騎士になったのだろう。アーレスは正統な手段しか教えなかったかもしれないが、ストラウス家には正規の竜騎士にのみ伝えられる知恵もある」


「……それが、竜を洗脳する術だとでも言うのか?」


「ああ。その通りだ。考えてもみろ、『グレート・ドラゴン』だぞ?……荒ぶる最強の竜だ。最も攻撃性が高く、最も賢く、最も残忍な竜……時と場合においては、竜騎士団の竜を全て殺すこともある凶暴性を秘めている。それを制御するための術ぐらい、作っているに決まっているだろう」


「竜の感情を殺しては、その強さを発揮することなど出来ない!!」


「その通りだ。しかし、これは国防に関わる事柄だからな。竜の都合に合わせて、竜騎士団を崩壊させることを、王も竜騎士も、そして、竜たちそのものが望まない。それゆえに、竜と竜騎士は作ったのだ、『忌み子』を制御する呪いをな」


 ……アーレスは、教えてくれなかった事実だな。考えてみれば、納得が行く。『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』は確かに強すぎるのだ。竜の一族が滅亡しかけた時に現れる個体。


 制御不能の最強の竜。しかも、闘争意欲が激しく、己以外の竜を皆殺しにすることにも躊躇わない残忍な本性を持っている―――それは、竜にとって最も危険な存在でもある。一族を滅ぼし、新たな一族を創るための存在とは言え……竜騎士団を滅ぼす可能性はあるのだ。


 それに対して、備えをしていたとしても、おかしなことはない。純粋な力勝負でアーレスやゼファーに勝てる竜騎士など、どれだけ存在したというのか……並みの竜ではないのだ、『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』はッ!!


「強すぎて、危険だから、裏技を用意していたやがったか……竜の心を操る、卑劣な裏技を……ッ」


「それを卑劣と呼ぶあたりが、お前の限界を露呈しているぞ、愚弟よ」


「何だと……?」


 冷たい声が出ていたよ。本当に自分の声なのかと疑問が浮かぶほどの、低くて冷たく、敵意に固められた声だった。


 チビガキ呪術師がガタガタ震えて涙目になり、甥っ子に抱きついていたが、姉貴は表情一つ変えることはなかった。当然だろうな、そういうヤツだって思い出した。いつも冷静で、賢く、容赦ない……。


「竜を何だと思っている?ペットだとでも思っているのか?」


「『家族』だ!!」


「愚かしい価値観だ。竜とは、我々の戦力であり、究極的には道具に過ぎない。そう割り切ることが出来てこそ、私のように、お前の竜さえも奪えるのだ」


「……クソッ!!ゼファー!!目を覚ませ!!ゼファー!!」


 わずかな反応がある。だが、わずかにこちらを見て、ゼファーは目を反らしてしまう。


「どうだ?……冷静になって考えろ。今のお前と私で、真に竜を統べる竜騎士という存在に呼ぶに相応しい者はどちらだろうな?」


「……呪術で、洗脳しただけだ……ッ。そんなものは―――」


「―――真の共存ではないか?当然そうだ。しかし、お前から私は竜を奪った。それが、竜騎士としての力量の差の結果だということを、理解しろ、愚弟」


 正論のように聞こえるのが、口惜しいところだな!!……そうだ、オレは、たしかに竜騎士として負けている。ゼファーを、我が子のようなあのゼファーを、オレを『ドージェ』と呼んでくるあのゼファーを、みすみす奪われているのだからな……ッ。


 奥歯を噛んだよ、砕けてしまいそうな力を込めて。口惜しくて、死んでしまいそうだし、とんでもない劣等感を抱えてしまうな。認めてやるさ、腹が立つが……姉貴の方が竜騎士として上なのかもしれん。


 ……だが。


 だとしても。


 オレの知らないストラウス家の秘術を知識として知っているからといって、凄腕の呪術師を抱えているからといって……力で負けているとは思ってはいない。


 野蛮人らしい解決策を、頭に浮かべているよ。


 敵に奪われたなら、敵をぶっ殺して奪い返せばいいだけだとな。オレの気配で背後にいるキュレネイが『戦鎌』を構えてくれる。ジグムントも、ベテランだから何かを察してくれているようだ。似たように構える。


 突撃して、どいつもこいつも斬り殺してやればいい。今のオレには、手加減する余裕もなければ、そのつもりもない。オレは、姉貴も甥っ子も、このまま斬り殺せるぜ……。


「……単純だな、愚弟。力で勝つことを望むか」


「ストラウスの剣鬼らしいだろ?」


「……そうだな。その方が、我々の血族らしいと言えるのかもしれない。だが、わざわざつき合ってやると思うなよ」


 オレは動き始めていた。キュレネイもジグムントもだ。しかし、姉貴と、チビガキ呪術師を抱えた甥っ子は、壁に開いた大穴からその身を投げてしまっていた。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああんんんっっっ!!!」


 チビガキ呪術師の悲鳴が夜空に響いていたが、大穴の果てにいるその3人を、ゼファーは見事に回収してみせていた。素晴らしい動きだぜ、オレのゼファー……ッ。


「あはははは!ゴメンね、叔父上!!オレとしては、叔父上を剣で殺した後で、叔父上の竜を奪ってやりたかったんだけどさ……あまりにも状況が不利になっちゃったから、母上の作戦に乗ったんだ。でも、この竜、オレ、可愛がるから。安心してよ」


「ふざけんなクソガキがああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 怒りのあまりにシンプルな叫びを放っていたよ。もっと賢く理論武装された言葉を投げつけてやりたいが、あの爽やかに微笑むオレの甥っ子野郎を見ていると、腹が立って知能を下げたような悪口しか出やしなかったよ。


 ゼファーは旋回して、こちらに顔を向ける。


 ―――……に……げ……て…………。


 心に、その声が響くんだ。ゼファーが、呪術に縛られながらも、オレたちを心配してくれていた。そうだ、ゼファーの口には、竜の『炎』が収束していく。姉貴が北海の風に赤い髪を、血の川みたいになびかせながら……オレを冷たく睨んでいた。


 青空みたいな青と、竜に褒められたストラウスの一族の瞳で、オレを睨んでいる。


「死ね。愚弟。お前には、一度だってチャンスは与えない。この場所で、竜を奪われた屈辱のままに、死になさい」


「……クソがッ!!クソ姉貴ッ!!ゆるさん。ゆるさんぞ……絶対に、殺してやるからな……ッ!!」


「そのチャンスも潰すのだ。竜よ、我が愚弟に、『火球』を放て」


『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッッッ!!!!』


 ゼファーの金色の瞳から、涙があふれていた。


 それを見てしまうと、とんでもない無力感に苛まれる。


 オレは……『ドージェ』は、何をしているんだろうな、オレのゼファー……ッ。


 歌と共に、強大な火力を秘めた『火球』が放たれる。金色の劫火……全てを焼き尽くす竜の炎……そいつが、オレを目掛けてまっすぐに進んで来る。


「……まずいです、団長」


「下がるぞ!!アレを喰らえば、いくら何でも死んでしまう!!」


「……くそッ」


 走り始めていた。ここでゼファーに殺されるワケにはいかないからな。取り戻すためにも、生きなければならない。情けなくも、奪われた仔竜に背中を見せながらオレはその場から後退する。


 間に合うか?


 ……いや、間に合わなくても、生き残ってやる―――そうでなければ、オレは、死んでも死に切れん―――――。


 爆音と衝撃と熱量と、宙に浮かされるような感覚を、オレは手に入れる。ゼファーの『火球』が、オレたちがいた部屋を爆撃していたのさ―――――――。



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