第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その55


 ――――――何かに叩きつけられる感触があった。そして、意識が混濁するのが分かる。頭を打ちつけたか、爆風の衝撃が頭のなかにまで浸透して来たのか、分からない。意識が消える……暗がりに堕ちていく…………いかん、踏ん張れ…………敵地で、気絶など。


 ……『パンジャール猟兵団』の団長たるものが、するべきではないのだッ!!


 劫火に燃える世界を睨みつけながら、オレは床を殴りつけて身を起こす。一瞬、一瞬だけ意識が飛んだらしいが、大丈夫だ。一瞬だけだ……ゼファーの魔力が、遠ざかっていくのを感じる……南に向かっていやがるな。


「……姉貴め……ッ」


 口の中が血の味がする鼻血が逆流でもしているのかもしれない。あるいは、顔面をどこかに打ちつけて、歯で口のなかを切っているのか。どこが痛むのか、よく分からない。どうでもいい。そんなことは、どうでもいいのだ……ッ。


「キュレネイ!!ジグムント!!無事かッ!!」


 燃える室内には、2人の姿はなく、廊下に彼らは重なるように倒れ込んでいた。ジグムントの体がクッション代わりになってくれたらしい。キュレネイは、ジグムントの背中から、ゆっくりとその身を起こした。


「……むう。ジグムーは、良いクッションでありましたぞ」


「……クッション代わりは酷いが……お嬢さんの体を守れたのなら、オジサンは自分で自分を褒めてやりたくなるぜ……っ」


 軽口を叩くジグムントだが、その体は限界のようだった。キュレネイを庇うことで体中にダメージを負ったようだからな。元々、あちこちケガだらけの身だったから、もうさすがに戦闘を継続することはムリそうだった。


「……まったく……竜とは、強い力を持っているなぁ……」


「イエス……でも、これは、ゼファーの本意ではないであります」


「……分かっている。呪術で、操られているのか……っ!?」


 足音と気配が近づいている。ジグムントはロクに動けないはずの体を無理やりに起こし、剣を構えていた。さすがは北天騎士、『ベイゼンハウドの剣聖』だな。しかし、オレは彼に言うのさ。


「必要ない。敵じゃなく、猟兵たちの気配だ」


「……む。そうか……たしかにな、そんな魔力だ…………ダメージが、頭にも入っているようだ」


『……だ、団長!!キュレネイ!!ジグムントさん!!だ、大丈夫ですか……っ!?』


 ジャンを筆頭にして、猟兵たちが駆けつけてくれる。全員いるな。爆撃の連発で、オレたちを心配してくれたのか……あるいは、ミアたちのチームは、ゼファーと連携することが出来なくなり、異変に気づいて行動していたのかもしれない。


 退路が確保出来ないのであれば、せめて戦力を集中させるべきだからな……。


「ソルジェ!ゼファーは、どうしたのだ……!?」


 リエルが心配そうな顔で訊いてくる。『マージェ』だからな、それは心配だ。オレは暗い顔になってしまう。だが、言わなければならん。


「……オレの姉貴と、帝国軍のスパイ組織の呪術師に、呪いをかけられて、操られているようだ」


「何だと!?で、では……この攻撃は……ゼファーが、やったのか!?ゼファーが、お前を狙って、『火球』を放ったというのか!?」


 悲しみに割れてしまいそうな震える声で、リエルが涙をにじませながら叫んでいた。うなずいてくれたのは、キュレネイだった。


「……イエス。敵の呪術師は、年端もいかないガキでありましたが……能力は、超一流。この場所に……ジャスマン病院の呪術を再現したようであります」


『あ、あそこの病院の、再現……っ!?』


「生け贄にしたんですね。帝国の兵士たちを」


 ロロカが答えをくれたよ。そうだ、姉貴とあのチビガキ呪術師は、セルゲイ・バシオンを含め、帝国人の兵士どもを呪術で縛った。


 『バシオン・アンデッド』が『古霊の狂戦士/エンシェント・バーサーカー』に似ているのも、当然だったか……竜を『召喚』する呪術に、姉貴が知っているストラウス家の秘伝を混ぜた。


 ゼファーをおびき寄せ、『岸壁城』の生け贄を使い、ゼファーを洗脳しやがったようだ。ヒト1人の力だけでは竜を呪術で縛ることなど不可能だろうが、これだけ多くの生け贄を使えば、操ることも出来るのか……どこから、計画していたんだ……。


 ……アーレスが褒めるだけの頭脳はしているというわけだな、相変わらず。


「そるじぇ!!」


 オレの名前を呼びながら、リエルが抱きついて来た。猟兵ではなく、今はただの『マージェ』だったよ。あの翡翠色の瞳から、大粒の涙をポロポロとこぼしながら、いつもは気丈な彼女がオレに泣きついていた。


「どうしよう!!ぜふぁーが……ぜふぁーが……さらわれてしまった。どうすればいいのだ!?……お、おいつこうにも、ぜふぁーのつばさにかなうはやさなど、われわれにはないではないか……ッ」


「……リエル……っ」


 抱き寄せるしか出来ない自分が情けない。オレは……本当に、マヌケで無力な男だ。竜騎士として、二流もいいところだ……ゼファーを、奪われてしまうなど……ッ。


 視界の隅で、ミアが動いていた。


 ミアは壁に開いた大穴から外を見る。北海を睨む。何かを探しているのか……?


「……お兄ちゃん、リエル……ゼファーに、追いつけるとしたら、ルルーだけだよ!!」


「……え?」


「……そうか。偉いぞ、ミア」


 ミアが何を考えているのか、理解することが出来た。ルルーシロアだ。ルルーシロアに頼るほかない。竜を追いかけられる存在は、竜だけと決まっているのだ。


 そして。


 ここがジャスマン病院の再現と言うのであれば……『召喚』の呪術としても機能しているんじゃないか?……赤い糸は……まだ空中を漂っているぞ。


「カーリー、呪いと言えば貴方ですわよ?」


「……うん。そうだね、レイチェル。竜を『召喚』する呪い……試すべきね。赤毛、こっちに来て!!ミアは、その穴から呼び続けて!!ルルーシロアを、呪術と声で呼ぶのよ!!」


『そ、そんなことが……っ。で、でも、やるしかないですよね!……ゼファーを、と、取り戻してあげないと!!』


「イエス。何でもするべきであります。家出した私をゼファーと一緒に皆が見つけてくれた……今度は誘拐されたあの子を、私が取り戻すであります」


「ウフフ。その通りですわね。それでは、ロロカ、ジャン……行きましょう。敵兵の足音が近づいて来ます。数は多くはありませんが……皆の邪魔はさせてはなりません」


 『諸刃の戦輪』の呪われた鋼をギチギチと鳴かせながら、レイチェル・ミルラは役割分担を提言してくれる。そうだ、オレたちは猟兵としての仕事も全うすべきである。敵の一部はここを目指すだろう。バシオンが本当に討ち取られたのかを確認するために。


 ……そいつらがバシオンの死を確認して、投降するとは限らないからな。オレたちに復讐をしようとするかもしれない。極限状態でヒトがどんな選択をするかなど、読めたものではないからな。


「……オレも、そっちのグループだぜ。竜も呪いも門外漢だが……この場所と戦のプロじゃある……帝国人を脅すにも、『氷剣』の使い手がいた方が有利だろうからなぁ」


「……戦えるのか、ジグムント?」


「戦える。生きているし、両の脚で立っている。なあに、死にはせん。ストラウス殿の猟兵が3人も一緒にいてくれるんだからなぁ」


 そう言いながら、ジグムントは3人に続く。


「ロロカ、レイチェル、ジャン……ジグムントを頼んだ。彼はかなり疲れている」


「はい。お任せ下さい、ソルジェさん」


『りょ、了解です!!』


「『リング・マスター』はゼファーを取り戻して下さい。ルルーシロアは、竜で女なのでしょう?……『リング・マスター』の言葉は、必ず届きますわ」


「……聞いてもらうさ」


 ……ルルーシロアを説得する方法。言うことを聞かせる方法か。オレには、思いつくのは一つだけだ。戦うことで認めさせている場合ではないからな……。


「じゃあ、この呪いを込めた筆で、赤毛の鎧に呪印を刻むわ!…………はい、完成!!」


「早いな?」


「供物を追加して、標的を絞るだけだから、簡単よ。竜じゃなく、ルルーシロアを呼ぶためだけの呪術に変えた。赤毛がエサにしたのだから、寄ってくるでしょう……あとは、あれが、どこまで協力的なヤツかってところよね……」


「……試してみるだけだ」


「……う、うむ。頼むぞ、ソルジェ。ゼファーを、取り戻すのだ!」


「ああ」


「ミア、叫んで!!」


「ラジャー!!おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいッッッ!!!こっちに来て、ルルー!!ゼファーがピンチなの!!私たちの『家族』が、誘拐されちゃったの!!助けるには、どうしてもルルーの力がいるの!!だから、助けて、ルルーっっ!!」



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