第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その38


 キュレネイとジグムントに前衛を任せて、オレは後方を担当する。敵はあちこちから来るからな、別にこのポジションでもヒマというわけではない。


 廊下に隣接する部屋に隠れているヤツもいるからな……ドアから飛び出して側面から襲いかかって来たヤツを斬るのも、このポジションの仕事だった。


 四人ほど斬り殺した。キュレネイやジグムントは、先頭を交代しながら進んでいく。当然のことだな。少数での敵中突破。体力をいかに温存するかが、オレたちが最優先すべき行動だ。


 バカみたいに突っ込んで、斬り回れば良いというものではない。アレはアレで効果が無かったわけじゃないが、バテるような行いはすべきじゃないからな。


 二人の戦いを見ながら、オレは反省を得つつ……心を落ち着けていく。


 正しい行いを選べるように、理性で体を操らなければならない。


 感情を捨てる。


 ただプロフェッショナルとして、猟兵としての哲学を全うすることにしよう。正直なトコロ、迷いは消えないさ。だから、迷ったまま戦うことを選ぶとするさ。


 どうにもならんことは、放置しておくべきだもんな、ガルフ・コルテスよ?……テキトー過ぎる?……上等だよ。ヒトは不完全なんだ。どうすることも出来ないことは、誰にだってある。


 オレにとっては……。


 斬るべき敵が血族だからという理由だけで、太刀筋が鈍ってしまうらしい。この逃げ場の無さそうな場所に追い詰めたからだろうか……この城は、外から攻められにくいが、中からも逃げにくい。


 あの二人も、何か特別な策でも無ければ、この窮地を脱することは出来ない。


 ……。


 ……。


 ……オレは、そうだな。あの二人を殺したくはないらしい。あの日、守りたいと誓った命だからな。


 ああ。


 我ながら、何と甘いことか。


 アーレスよ、お前がこの場にいたら、オレを叱責してくれるだろうか?……それでもストラウスの剣鬼かと怒鳴ってくれるか?


 竜が共に生きることを望んだ赤毛の野蛮人に、そんな感情は不要なのだと、強い声で示してくれるだろうか?


 そうすれば。


 そうすれば、オレは迷わずにいられるだろうか?


 血を分けた姉のことを、何も思わずに斬れるかな。


 セシルと同じ年に産まれた、オレのクソ生意気な甥っ子のことを笑いながら斬り殺せるだろうか。


 分からないな。


 アーレスだって、迷うんじゃないだろうか。


 苦しそうにあの顔を歪めながら、竜騎士姫の子孫たちが殺し合いをするなんて状況を見つつ、ヒトの愚かさを嘆くための言葉をくれそうな気がするんだが……。


「はああああああああああああああああッッッ!!!」


 『ベイゼンハウドの剣聖』が双剣を振り回し、敵兵を斬り捨てていく。


「ぐふう!?」


「ぎゃあああ!!」


「し、死にたくねえよお……っ」


「逃げるな!!亜人種ごときに、背中を向けるな!!オレたちは、皇帝陛下の理想世界を実現するために、この聖なる戦いに勝利しなければならんのだッ!!」


 敵兵の中でも根性と実力のある男が、ジグムントを狙って突撃してくる。捨て身だった。オレはもしもの時に備えるが―――キュレネイが反応してくれる。捨て身の敵に対して、『戦鎌』を振り落としていた。


 鋭い鎌の刃が、剣を持つ敵兵の腕を斬り捨てていた。


「があ……ッ!!ま、まだまだだああ!!あ、紅目のバケモノがああ!!」


「美少女に対して、失礼でありますな」


「美しかろうとも、下等種族は下等種族なのだ!!……この世界は、人間族のために女神イースが与えたもうた居場所……っ!!貴様らのような、亜人どもが、存在していい場所ではないッ!!」


「……ノー。この世界には、とっくの昔に私は自分の居場所を持っているのであります」


 感情の揺れはなくとも、分かるぜ。キュレネイがその言葉に己の誇りを持っていることが。


 『ゴースト・アヴェンジャー』として、マフィアの尖兵として、頭のおかしい宗教家どもの実験台として、邪悪な呪いで縛られた身であった少女は、今では己の存在に誇りを持てているようだ。


 なんだかね。


 キュレネイのその主張が嬉しいのさ。


「この世界に生まれた者たち全てに、生きる権利はあると知っています。私の故郷はサイテーでありますが―――それでも、皆が生きている。生きようとしている。それを、否定する言葉を私に向かって吐くのなら……お前は、死ぬべきです」


「……ひっ」


 怒りを帯びた殺意が、『戦鎌』の軌道を荒げていた。


 キュレネイ・ザトーの斬撃が、片腕を失っても、残りの腕にナイフを握っていた敵兵をバラバラに斬り裂く。


 血霧の中で『戦鎌』と共に踊る水色の髪の少女は、とても美しく見えたな。


 そうだ。


 誰もが生きていていい世界。


 そういう世界が、一つだけ欲しいから、オレは戦っている。


 どんなことでもしようと誓っている。


 だから……オレは踏み込む。


 大暴れし過ぎて、体力に翳りが見えるキュレネイの隣を駆け抜けて。最前線に踊り出る。怯んで、怯えているが、それゆえにキュレネイに殺意を向けている敵どもに、オレは竜太刀の斬撃を浴びせていく。


 ストラウスの嵐。


 アーレスに散々いじめながら教わった、ストラウス家の初歩の技巧にして奥義とも言える攻撃さ。


 竜太刀の鋼に己の重心を一つに合わせる。


 ―――竜の力と竜騎士の力を合わせるみたいにな。


 ―――竜太刀を頼り、己を信じる。


 ―――迷い無く踊るがいい、小僧よ。


 ―――そうすれば、お前は誰にも負けはしない。


 ―――ストラウスの剣鬼は、負けるようには出来てはおらん。


 古さを帯びた懐かしい声が心に響き、オレのキュレネイ・ザトーに殺意を向ける敵兵どもに鋼の嵐で襲いかかる!!


 竜太刀が漆黒の魔力に染まり、鋼の嵐は漆黒の軌跡を描く!!……この斬撃は、オレの力だけじゃない。竜太刀に融ける、アーレスの角が力を貸してくれている。アーレスの魂が宿った攻撃だった。


 たかが3人の帝国兵ごときに止められるはずもない。


「……ば、ばけもの……っ」


「……剣ごと、き、斬られるなんて……っ」


「……こ、皇帝陛下……ば、万歳…………」


 死に行く敵の言葉を浴びながら、オレは走り始める。


「……待たせたな。今度はオレが前衛を務める」


「……イエス。団長、あなたの背中を守るであります」


「ハハハハ!今のは、いい剣だった。100%か?」


「120%だ。親族相手に使えるかは分からんが、どうにか勝つ」


「迷いは消えんか」


「イエス。それで、いいであります」


「いいのかい、キュレネイ殿?」


「イエス。『家族』を殺すことに、躊躇わないのは、ソルジェ・ストラウスらしくないのであります。苦しんで、戦うべきなのであります」


「ハハハハ。厳しいな」


「ノー。私は、激甘ですぞ」


「そうかい?」


「イエス。何故ならば、どんな状況であっても……私は、団長を守るであります。団長、ヒトは、大切な者のためになら、どこまでも残酷になれるであります。もしも、団長が苦戦しても、それでいいであります。私が、貴方のための残酷になるでありますから」


「……ああ。そのときは、頼るぜ」


「イエス。私も、ソルジェ・ストラウスの『家族』でありますから。頼ってくれるべきなのであります」



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