第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その37


 うじゃうじゃとそこら中から湧いてくる敵兵を斬り裂きながら、前に進む。オレとジグムンの剣が敵の隊列を打ち砕く。突破することを重視した。『刈り残し』は、キュレネイ・ザトーの『戦鎌』が斬り裂いてくれるからな……。


 戦術が決まった以上、オレたちの進むべきは最短コースだ。このまま直進し、突き当たりの階段を降りる……階段、階段―――あれだな。敵が上って来ているが、見つけたぞ。


「……ジグムント、オレにやらせろ」


「ん。了解……」


 ジグムントは、オレの『迷い』を悟っているようだ。キュレネイには分かるだろうか?……そりゃ、分かるだろうな。


 鉄靴で床を踏み、加速しながら敵へと迫り、竜太刀と共に踊る。ストラウスの嵐を放つ。いつもの四連続の斬撃が、敵を斬り裂いていく。いつものように戦えと、体に命じているのだがな。


 どうにも、動きが鈍りやがる。心が濁っているのさ。殺意を帯びた斬撃に、オレの体は一種の拒絶反応を示していた。


 敵を斬り裂き、殺したよ。たった二人の敵兵だからな。それなりに強いが、ストラウスの剣鬼の前では、敵になることは適わない戦力どもだ。


 問題はない?


 ……いいや。70%ってトコロだった。四連続の斬撃に斬り裂かれた敵の血の雨を打たれながら、オレは自分の腕の鈍りに腹を立てる。もっと上手くやれたハズだ。オレは、こんなものじゃないはずなんだがな……ッ。


 舌打ちしながらも。


 猟兵として任務を全うする。ただ、前に走る。作戦に従ってな。オレたちが暴れ回るほどに、他のチームに迫る敵も減らせる……そうだ。オレたちが、オレが……戦えば、敵を殺せば……オレは『家族』を―――――――。


 ―――目に浮かぶ。


 ……いいや、心に浮かぶのか。


 腹の大きなお袋と、腹の大きな姉貴の姿が一緒にいて笑っていやがった―――。


「―――侵入者だああああああああッ!!」


「赤毛だぞ、コイツが竜騎士だああッ!!」


 雑兵どもの声を聞き、怒りが心を押し潰す。剣術には……頼らなかった。何故だか、ストラウスの技巧を使うことが、恐くてな。


 ただの腕力任せに竜太刀を振り回した!!敵の鋼を打ち砕き、その勢いのまま敵の頭を兜ごと破壊した。熟したトマトを踏みつぶしたようだった。正体不明の怒りの熱が、オレの両腕を熱く焦がす。燃えるように熱く、苛立っているのさ、全身が!!


「……ひ、ひい……ッ!?」


「消えろ帝国人があああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 竜太刀が縦に振り抜かれ、敵兵の体を真っ二つに斬り裂いていた。二つになった敵兵が、ゴロリと床に転がっていく。オレは……そいつを気にしない。そんな感情はいらない。勝利の喜びも、戦士としての充足感も、怨敵どもの一人を殺した達成感も。


 今は……要らないモノを斬り捨てる。己の心を縛りつける、このよどみを。この濁りを。この拒絶を!!……要らないモノを、破壊するために走る!!


 敵を見つけては、斬りかかる。


 技巧ではなく、ただただ腕力に頼った攻撃で敵を壊していく。返り血を浴びる度、自分が少しはマシになったような気がする。この血で自分を覆い尽くしたら、ちょっとは、いつものソルジェ・ストラウスに近づけるような感覚がある。


 だから。


 笑うのさ。


 狩猟者の笑みを浮かべてまま、命を喰らい尽くす邪悪な存在を目指す。


 殺す。殺す!殺す!!


 目についた帝国人をとにかく片っ端に斬り捨てながら、オレは行くべき道をひたすらに進んだ。敵に断末魔の悲鳴を上げさせて、また敵を誘導する。そして、そいつらをも斬り裂いて、オレの『家族』に、少しだけ安全を与えるんだ。


 殺しながら、戦いながら、オレは……守っている。『家族』を……『家族』を…………ッ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 鋼の嵐に化けるのさ、目の前にいる四人の敵兵にオレはいつものように襲いかかる!!意志の力じゃムリならば、生存本能に頼るんだ。手練れの敵四人に対しては、やや不利な突撃ではあった。


 だからこそ、いいんだよ。


 敵がオレを打ち崩そうと鋼を振り抜いてくる。死線が見える―――対処しなければ即座に死が与えられると本能が理解する。あえて動かず、敵の鋼が肌に触れるか否かまで粘りながら、反射する。


 ストラウスの嵐。


 四連続の斬撃の乱打が、鋼ごと敵兵を斬り裂きながら、死を与える。


 ……これならば、これなら、ようやく90%ってところだ。威力だけなら、いつもより強いほどだが、効率が悪すぎて体力の消耗が激しい。竜太刀と踊るとは、こうではない。コレでは、まるでガキの剣。


「……団長。前衛を、交替するであります」


「……オレは、まだやれるぞ」


「ノー。団長には、戦いが控えています」


 いつもの無表情のまま、キュレネイ・ザトーが告げてくれる。何でかな。分かりきった言葉に、イラッとしてしまうのは。キュレネイは何一つ、悪くないのにな。


「団長は、私にはまだ分からない感情に、呑まれそうになっているであります」


「…………っ」


 お前に何が分かる。


 その乱暴で不躾な言葉を、オレは口から出さずに済んだコトを喜ぶべきだな。キュレネイは、いつもの無表情ではあるが、悲しんでいるのは分かる。オレは、分かるのさ。キュレネイとは3年も一緒にいるんだ。オレの『家族』の一員だから。


 彼女を傷つけたり、彼女に当たり散らすような言葉を、使わずに済んで……本当に幸いなことだった。オレは……そうだ……認めよう。怒りを制御するためのコツだ。認めればいい。オレは呑まれそうになっている。


「ストラウス殿は、迷っているなぁ。オレとキュレネイ殿が前に出よう」


「……ハッキリと言いやがる」


「年長者の務めかとも思ってね。さっきの剣は良かったが……何か、本質とは違う剣だ。剣士としてのアドバイスとしては、少し休めだ」


 呼吸が乱れていることに、ようやく気がついた。十数人、力任せに斬り殺した。それはどう考えたって体力をムダに消費する。このペースで暴れていれば、肝心のヤツらと遭遇した時に、遅れを取ってしまうかもしれん。


 ……まったく。


 情けない。


 だが、今は年長者の指示に従おう。体力を回復しながら、少し、心を落ち着かせるべきだということは分かる。


 体を駆け巡るストラウス家の血。そいつが、拒否反応を起こしているようだ。体を思い通りに動かしてくれない。


 それでもオレって強いからね。そうは負けることも無いんだが……完全に仕上げて行くべきだろうよ。姉貴と甥っ子と戦うんだ。あの二人は、間違いなく、強い。猟兵並みだ。オレが仕留めるべきだ……そうでなければ、『家族』を失うかもしれない――――。


 ―――『家族』を殺して。


 ―――『家族』を守るのか。


 ……オレは考えるべきでなかった概念を心に浮かべていた。その矛盾。その迷い。その苦痛。ソルジェ・ストラウスという男は、こんなに弱かったのかと驚いてしまう。


 姉と甥っ子だから、何だというのだ。


 お互いストラウスの血が流れる生き物として、迷うことはない。理解しているはずだ、すべきことは『今の家族』を守ることのみ。それ以外の存在は、ただの敵に過ぎないのだ。


 例え、同じ母親の腹から生まれて来た存在だとしても。


 例え、あの日、オレの両手がお袋の腹と、姉貴の腹に触れた時に感じた、『守るべき存在』の片割れであったとしても……。


 ……そうだ。


 誓っていたのに。


 誓っていたんだ。


 守ると、この弱く、儚く、まだ生まれてもいないストラウスの一族たちを、守れる男になるのだと、誰にも告げないままに、心の中で誓っていたんだがな―――。



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