第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その24


 『アリューバ海賊騎士団』はノリが良いというか、常勝軍団らしく弱みを見せた敵に対しての反応が早かった。


「撃ちまくれ!!」


「進入路を確保するためにも、十分な火力を浴びせて、足止めするんだ!!」


「ガハハハ!!帝国人どもを、焼き尽くしてやるぜええ!!」


 『火薬樽』が次から次に、『岸壁城』の内部を爆破していく。設備の一部を壊すことで侵入経路を作るのさ……それに、火災を起こすことも重要だ。燃えれば、煙が上に行くからな。


 煙で燻して殺すわけじゃない。目隠しだよ。煌めく炎の赤と、漂ってくる黒い煙があればだ―――視界を邪魔することは十分なわけだよ。オレたちは『岸壁城』の壁を壊すことが目的ではない。


 この難攻不落の城を、落とすことを望んでいる。どうするか?……戦力を送り込むしかないだろうよ。


「ラシード!!もう『火薬樽』は十分だ!!しばらくは燃えているよ!!お前の船で、突っ込め!!」


「了解だぜ、ジーン!!野郎ども、行くぞおおおおおおおおおッッッ!!!突撃だああああああああッッッ!!!」


 海賊船の一隻が、まっすぐと海を走る。岩壁が崩落した『岸壁城』に対して直進して行く。目的は一つ、『足場』になることだよ。


 ラシード船長が操る海賊船が、海からわずかに顔を出す、崩れた岩壁の残骸に船底をこすらせながら、それでも止まることはなく衝角どころか船の前面を潰すような勢いで『岸壁城』へと『突き刺さる』。


 ……武装した海賊たちが、鈎つきロープを次々と投げつけていく。『岸壁城』の内部へと、彼らは侵入して行くのさ。狭い通路での肉弾戦は、巨漢ぞろいのアリューバ海賊たちの得意とする戦いだ。


 自在に動き回れる戦場は不得手だが、船上のように狭くて腕力と体力がモノを言うような戦場は強いからな。


 ラシード船から、海賊たちが次から次に『岸壁城』の内部に侵入していく。ラシード船に対して、『ヒュッケバイン号』が近づき、ジーン・ウォーカーまでもサーベルを抜いて突撃していく。


 あれでヘタレ扱いされるのだから、たまったものではないだろうよ。


「オレに続け!!『岸壁城』を破った、最初の海賊の名は、このジーン・ウォーカーさまだってことを、歴史に刻みつけてやるぜ!!」


「ズルいぜ、お頭!!」


「オレたちも行くぞおおおお!!」


 『岸壁城』の伝説とくれば、ジーンもやる気を出すようだ。まあ、フレイヤ・マルデルも東に出向き、『アリューバ海賊騎士団』の本隊を使い、戦場に戦士たちを送り届けてくれている……北海沿岸の軍港を奪う任務をしてくれているはずだった。


 フレイヤもがんばっていると思えば、フレイヤに捧げる伝説の一つや二つ作る気にもなるのだろうさ。


 さてと。


 ジーンたち海賊の役目は『岸壁城』の本丸を占拠することではない。地下を走り抜けて、城塞の下へと向かうことだ。


 そこから城塞へと登り、『ノブレズ』の町から続く坂道の上に君臨している城塞を攻撃する。弓兵たちがいる場所を海賊たちで潰すのさ。そうすれば?……『北天騎士団』の本隊が『岸壁城』の城塞を越えて、侵入することも可能となる。


 ジーンたち海賊の戦闘能力は、そう高くはないからな。狭い場所での戦いには向くが、帝国軍の精鋭たちと戦うことになると辛いものがある。だから、彼らが潜入したことを出来るだけ気づかれないようにしなければならない。


 どうするか?


 魔力を消耗しているオレたちには、オレたちで出来る行動がある。そうだ。魔力が回復するまでは、『囮』を務めるとしよう。


 弓を用意しながら、ゼファーに命じた。


「ゼファー!!煙に紛れて、上昇するぞ!!」


『らじゃー!!』


 漆黒の翼が躍動し、ゼファーは岩壁に向けて突撃するように飛行した後で、急上昇を行う。


 岩壁スレスレを垂直に飛び抜けるのさ。


 この上空は、『火薬樽』が爆発しすぎたあげくに起きた火災がある。その煙を貫く。燃える木っ端の酸味を帯びた灰色の煙に隠れて、ゼファーは『岸壁城』の直上に踊り出る。


 この飛び方なら、ほとんどの敵兵に見つかることもない。まあ、わずかな時間しか身を隠すことは出来ないだろうが……十分だ。オレは弓に矢をつがえる。


 そして、地上を慌ただしく走り回る兵士の一人に狙いを定めて、そいつのことを射殺していた。


「て、敵襲だああああああああッッッ!!!」


「竜が、来たぞおおおおおおおッッッ!!!」


「射殺せええええええええええッッッ!!!」


 叫びと殺意が飛び交う城の上を、ゼファーはとっくに飛び抜けようとしていた。オレが矢を放つと同時に動いていた。北に向かって飛び抜ける。矢の雨が降ってくるから、急降下して加速を手に入れて、その矢の雨よりも速く夜空を飛び抜けていく。


 海が迫るから、再びゼファーは首を持ち上げる。また空高くへと上昇して行き、帝国軍の弓兵たちに姿をさらすのさ。


「射落とすんだあああああああッッッ!!!」


「城に、近づけさせるな、ヤツは、炎を吐きかけてくるぞッッッ!!!」


 ……よく研究してあるな。


 竜が炎を吐くってのは、常識だったか。


 それとも、マーリア・アンジューから兵士に伝わった情報なのだろうか。どうあれ、関係ないさ。


 今は飛行の技巧を見せつける時だ。


 ゼファーは『岸壁城』の北側を飛び回り、弓兵の敵意と攻撃を一手に引き受ける。そう当たるものではないがな……敵の弓兵も、崩落した岩壁に、爆発した地下倉庫のせいで、どこか混乱してしまっているんだよ。


 夜の闇は恐ろしいものだ。距離感を喪失しやすい。そもそも、彼らは竜の大きさをよく知らないからな。動いている物体を狙うとき、矢を放つときに必要なのは、精確な軌道計算。それには距離感ってのは大事なんだよ。


 だが。


 戦場がいつでも冷静さを保っているとは限らん。戦場でも冷静でいられる者は、極めて少数だからな。


 ベテラン傭兵のように、何十、何百回もの戦闘経験がある人物や、どこか心に深い闇を抱えたタイプの連中ぐらいだぜ、この状況でも冷静な判断力を維持するものは。セルゲイ・バシオンの精鋭たちも、悪くはないが……完璧な冷静さを発揮してはいない。


 追い詰められているからこそ、敵を遠ざけようと本能的に攻撃を選ぶ。ヤツらは安心したいのさ。だから、ムダな攻撃でも実行する。攻撃することで、ゼファーは確かに遠ざかるような飛び方を見せるからな。


 オレたちの任務は、距離感さえ掴めば簡単な仕事だった。敵の矢が届かない範囲で、敵に姿を見せつけて、矢と敵意を誘導するんだよ。地下でがんばるジーンたち『アリューバ海賊騎士団』の動きを悟られないようにするためにな。


 ……オレは、矢も放つ。


 ゼファーの飛ぶ高さを使った矢だからね。敵の矢は届かないが、オレの矢はギリギリ届くという範囲がある。そいつを見極めるのは難しい。実際の距離と、気まぐれな風を読み切らなければ、その行動を達成することは叶わないからな。


 なかなか練度のいる技巧だが、さすがはオレだと自賛しなくてはならん。弓の扱いだって一流だし―――風を読むことにかけては、竜騎士を超える存在を見つけ出すのは困難な行いの一つだ。


 何人かを射殺して、何人かに手傷を負わせる。正直に申告してしまえば、何本か矢を外してしまったが、誰にも言わないでおくとしよう。外しても、まあ、問題はない。大事なことはオレとゼファーが目立つことだ。


 敵の怒りの視線を浴びながら、オレたちは時間を稼ぐ。ジーンたち『アリューバ海賊騎士団』が地下を駆け抜けて、城塞の上にまで到達する時間が要るんだよ。ジーンは、こういう仕事をどれぐらいで達成してくれるだろうかな。


 まさか、あの地下に凄腕どもが潜んでいるとは思わないが……何があるかは分からんのが戦場だ。だが、信じるしかないから信じるとしよう……もう『北天騎士団』は、こちらに向かって来ているのだからな。



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