第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その20
『アリューバ海賊騎士団』の戦いが始まる。ジーンに指揮された海賊船たちは、闇に紛れて進む。小舟たちがそこら灯りをつけて、南に周り込む様子を見せた。北に向かう海賊船と共に、あえて目立ち敵の警戒を誘うのさ。
『囮』たちは船乗りの歌まで使っているな。大声で、敵の聴覚を誘っている。本命の船団は静かに灯りもつけないまま進んでいく。黒を基調にした海賊船団は闇によく融けた。
……むろん、これで存在を全て消せるほどあまくはないが。敵も『囮』を無視するわけにはいかない。敵が警戒しなければならない区域を広げる。そして、敵戦力の集中を妨げるという作戦だ。
『防御型』のジーン・ウォーカーらしい。彼は攻撃的なフレイヤ・マルデルとは異質な強さの持ち主でもある。
そして、この作戦は有効だった。何故なら、敵の数はそう多くはない。兵士の大半を外に出してしまったし……各地で各個撃破されている。今ごろ、『アルニム』と『ガロアス』のあいだでも戦闘が起きているだろうしな。
敵が『ノブレズ』に向かって動こうとすれば、イーライ・モルドーは軍を動かし追いかけ回す。北天騎士も多く居るからな、その選択は壊走必至。北天騎士たちの脚は速い……『ガロアス』入りした敵兵が、『ノブレズ』に戻って来る可能性はゼロだ。
わずかな手勢が戻るかもしれないが、それで大局がどう変わるというわけでもない。
人手不足のヤツらに対して、地上からは『北天騎士団』の本隊が襲いかかっている最中だし、南北に広がった『囮』の船たちにも帝国軍は警戒することを余儀なくされている。戦力が薄まっていくのが、魔眼で見ているとよく分かったよ。
敵は走り回りながら、混乱している。
情報と命令が錯綜しているのだろうし、不安に満ちている。数で劣る戦いを、帝国軍はしないからな。だが、今夜は数で負けているわけだ。そもそも、『ノブレズ』の内部にもダグル・シーミアンの血判状にサインした北天騎士たちもいるからな。
彼らはこの襲撃に便乗して暴れ始めるだろう。だからこそ、帝国軍は市民を『岸壁城』に収容してはいないのさ。北天騎士を城内に入れれば、何をされるか分かったものではない。
敵に大きな混乱を与えて、その密度を薄めることには成功している。有利な状況をより深めるために、ジーンの策は機能しているわけだ。
「さーて。敵サン始めるみたいだぜ!!」
ジーンが楽しそうに笑う頃、『岸壁城』からカタパルトが放たれる。北に走った『囮』に向けて、『火薬樽』が飛ばされていた。崖の上から撃ち放っているようなものだからね、遠くまでよく届きはするが、夜間で素早く走る海賊船に当てる確率は皆無だった。
海上に叩きつけられた『火薬樽』が、二度、三度と海の上で無益な爆裂へと帰結していく。海のなかで眠っている魚たちは、いい迷惑だったろうな。
「ジーン・ウォーカーよ、あのカタパルトを潰さなくても良いのか?……ゼファーは行けるぞ?」
リエルの言葉に、ジーンはもちろん首を振る。
「『火薬樽』をムダ撃ちさせたいのさ。投げつけるだけじゃないでしょ、アレの使い方」
「む。そうだな」
「それに、ゼファーは警戒されているよ。『火薬樽』を一カ所には集めていないさ。ああやってムダ撃ちさせた方がいい。あのペースだと、人員もそれなりに割いている。いつもみたいにカタパルトの横に『火薬樽』を並べちゃいないだろうしね」
そう、昨日、オレとゼファーで爆撃したばかりだからな。警戒されていて当然。しかし、それもこちらのプランではある。
「『火薬樽』は重いし、慎重に取り扱わないといけない。人員を割いてくれるなら、しばらくムダ撃ちさせてやればいい、せいぜいアイツらを疲れさせなくちゃな」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンン!!……夜空に爆音が響いていた。それは海ではなく、地上の『北天騎士団』に向けて放たれた『火薬樽』だった。『バガボンド』の火矢の使い手たちが、上空高くに飛んだ『火薬樽』を射抜いたのさ。
かつて、リエルがやってのけた技巧……『バガボンド』に受け継がれているようだ。エルフの射手ならば、カタパルトで射出された大きな物体を射抜くことは難しくはない。慌てなければ、必ず撃ち落とせるさ。
もちろん、岩の散弾を撃ち放たれるとキツいが、あれはバラバラに飛ぶことがある。街中や、防御に当たっている帝国軍の兵士にも命中してしまうことがあるからこそ、おいそれとそれは使えない。
それに……北天騎士たちは、『ノブリズ』の城塞を破り始めているからな。単純だが、ハシゴをかけてよじ登ってしまうわけだ。彼らは、この『ノブリズ』の弱点をも知り尽くしているからな。
あちこちで城門が開け放たれていき、市街での戦いに変わっていく。両軍が入り乱れれば、カタパルトでの攻撃などは行えない。地上を狙った攻撃も、ムダに終わったからな。ヤツらはあきらめて、北に向かう『囮』の海賊船に『火薬樽』を放ち始める。
いい流れだ。
海上をムダに焼き払う『火薬樽』、敵の残弾を消費させたいところだが―――あまりにも長くそれをさせるわけにもいかないな。
疲弊させるよりも重要な要素がある。
作戦というものは有効である内に、次の段階に進めておくべきものなんだよ。敵に状況を見破られる行為は少ない方がいい。
見破られるぐらいなら、バラした方がまだ良いというわけさ。
『囮』の海賊船たちは有効に機能しているけれど、港近くにまで海賊船が近づけば、敵もさすがに気がつく。
「て、敵襲うううううううううううううううううううッッ!!」
「敵は、港に直接乗り込んでくるつもりだあああああッッ!!」
「守りを固めろ、矢を放ち、近寄らせるなあああああッッ!!」
港を守る敵兵どもが、矢を放ち始めて来る。
だからこそ、こちらも攻撃力を解禁する。
「カートマン!!ラシード!!こちらも『火薬樽』を撃ち込めええええええええええええええええッッッ!!!」
ジーンは船団の両翼にいる海賊船たちに命令を放っていた。
「合点だああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
「行くぜ、野郎どもおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
左右から斜めに走るように『ヒュッケバイン号』を追いかけていた二隻の海賊船が、その側面からカタパルトを用いて『火薬樽』を港に集まる弓兵目掛けてぶっ放す!!
『火薬樽』は隊伍を組む弓兵どもの群れに向かって飛来して、その弓兵どもを強力な爆炎が焼き払う!!
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!
「ぎゃああああああ!!」
「『火薬樽』だあああああああ!!」
「こ、こちらもカタパルトでの攻撃を、要請しろおおお!!!」
敵兵に動きがある。
警鐘をカンカンとリズミカルに打っているな。
『岸壁城』の直上から、『火薬樽』がこちらを目掛けて放たれる―――当たるか当たらないかは微妙なところだが、この『ヒュッケバイン号』にはリエル・ハーヴェルが乗っているのだ。
リエルは夜空に向けて矢を放ち、『火薬樽』は空の中で爆裂していた。
「さっすが、リエルちゃんだね!!サー・ストラウスのヨメなだけはある!!」
「これくらいのことで褒めてもらうのは、不本意ではあるがな」
そう言いながらリエルは陸に向けても矢を放ち、弓兵を一人仕留めていた。
こちらの攻撃は順調だ。左右両翼から交差するように走って来る海賊船たちから、次々に『火薬樽』が放たれて、港を爆炎が焼き払っていく……。
「どうだい、これが、『アリューバ海賊騎士団』の戦い方だ!!」
「ああ、相変わらず見事なもんだ」
「……海賊を褒めるのは、少し変な気持ちがしてしまうがなぁ……いいカンジだぜ、ジーン殿よ」
「だろう?……さあて、港に突っ込むぜ!!上陸部隊は、武装してくれよ!!そこから先は、アンタたちの仕事だ!!」
「うむ!!皆、準備をするのだ!!戦の時間だぞ!!」
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