第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その18
肩車モードになったままだが、オレはジグムントに訊いたよ。
「それで。ジグムントよ。心境の変化は生まれたか?」
「……変わったコトもある。変わらないコトもある」
「そうか。ジークハルト・ギーオルガについては、アンタに任せようと思うが……死ぬつもりなら、事情は変わる。アンタ、生きる覚悟はあるか?」
「……あの、お、伯父上」
不安げなカーリー・ヴァシュヌの顔を見る。『ベイゼンハウドの剣聖』は、彼女を見つめてやりながら、安心させるようにうなずいていた。
「……ああ。死なないようにしよう。ヤツと戦い、オレが勝てばいいだけのハナシだ」
「ククク!……実力では、負けているんだろ?」
「そうだが。もう負けはしない。かつて、ユヴァリから学んだ力を、思い出したからな。心は、強さを呼ぶのだ……そうだよなぁ、カーリー?」
「はい!心の強さがあるのなら、どんな状況でも活路は見つけられる!!……未熟なわらわでさえ、最強不敗の北天騎士と、いい勝負に持ち込めたほどですから!!」
「そういうことさ。オレに任せてくれ、ストラウス殿。ジークは、オレが責任をもって殺すよ」
「そうか……それなら、問題はない。とにかく生き残れ」
「……ああ。生きて、しなければならないことが……色々と見つかったからな」
ジグムントは瞳を強く閉じながら、そう語っていた。何を考えているのだろうかな。彼の人生は、十数分前よりもずっと複雑になってしまっている。今までの人生に、新たな側面が不意に発生したような状況だろうからな……。
「……何だか、よく事情は分からないけれど。上手くまとまったカンジだね?」
我が友、ジーン・ウォーカーがこの船の長として、カーリー・ヴァシュヌの挑戦を締めくくろうとしていた。リエルが白い目で、黒髪の青年を睨んでいたよ。
「……よく事情も分からないのに、まとめようとするのか、ジーン・ウォーカーよ?テキトーすぎるだろう?」
「ま、まあ。事情とか公にしちゃならない系のコトがあるってわけだろ?……そうなんだよね、アイリス姐さん?」
「好きに解釈するといいんじゃないかしら?」
「……こんなことになってる黒幕って、姐さんじゃないの?」
「失礼ね。私は『呪法大虎』さまと仲が良いだけよ?」
「……どういう意味なの?」
肩車モードになっているミアが、大人の世界に興味を持つ。どう答えたものかと迷ったがね。とりあえず、こんな説明で納得してもらうことにした。
「バレると政治的にややこしい関係があるのさ。だから、バレないように色々と気を使っているヤツらがいる。まあ、ハイランド王国と、『ベイゼンハウド』が『丁度良い関係』でいるためには、知らないフリをしていたこともあるってわけだ」
もしも。
あの二人の関係性がバレると、政治的に利用される可能性は高いからな。『呪法大虎』め。俗世に疎いか。そういった側面もあるのかもしれないが、十分に世の中のことを理解しているじゃないか。
……ハイランド王国に、娘婿の母国を支配させないためか。対外戦争のまっただ中だからな。『政治的に利用出来る血縁関係』があれば、両者の陣営に悪心を抱く者が生まれてくるだろう。
混乱にかこつけて領土を拡張しようとする勢力も、ハイランド王国にはいるだろうし、他国を侵略することは軍隊が存在する大きな理由の一つ。暴力で敵から略奪する。それが戦の根源的なルールで、その実行力が軍隊だからだ。
「……つまり、よく分からないけど。今までどーり、ジグムーは、カーリーちゃんの伯父上ってコトでいいんだよね?」
「そういうことさ。それ以外の何者でもない。それが、この『ベイゼンハウド』には幸せなことだ」
……自分の孫娘を、誰かの領土的野心の道具にさせたくないという感情だろうな。
それに……カーリーを政治的な駒として使い、『ベイゼンハウド』にハイランド王国の影響力を行使する―――その行動を取ろうとすれば、『北天騎士団』の誰かが彼女を殺そうとするかもしれない。
ハント大佐は、知っているのかもしれんな。彼の『正義』は、そういう状況を好まないだろう。子供を犠牲にして進む政治。世界中でありふれているし、歴史を紐解けばそこら中にエピソードがあるが、邪悪さもついて回る。
新たな領土を増やす……そいつは、もちろんハイランド王国のメリットにはなるだろうし、そもそも軍隊という公式の略奪者の領分を全うする行いでもあるだろうが。残念ながら、オレはそいつには反対だ。『ベイゼンハウド』は、『ベイゼンハウド人』の国であるべきだからな。
「……はいはい。ミアちゃんの言う通り、この二人は伯父上と姪っ子なんだからね?……無粋な謎解きはしないこと。分かったわね、ジーンくん。策略とか練ったりすると、姫騎士サマにバラすからね?」
「ちょ、ちょっと。フレイヤは関係ないだろ!?……だ、大体、フレイヤも嫌がるよ。そういう策略とか……オレたちは海賊だけど、ちゃんと誇りを持って生きているんだ。皆がより多く自由でいるってのが、オレたちのモットー!!」
「いい哲学ですね。ジーンさん、そうして下さい」
「う、うん。分かったよ、ロロカ副社長……」
「まあ。『ストラウス商会』のことは、忘れて下さって構わないんですよ。私は、今はただの猟兵としてここにいるのですから」
……オレとロロカ先生の会社、『ストラウス商会』はアリューバに大量の木材を運び込んだ。
アリューバと政治的に仲の悪いザクロアからもね。両国の経済的な結びつきを強めることと、ガルーナ再興の資金集めの一環として、『ストラウス商会』は大金を稼いでいる。
ジーンが指揮している海賊船団も、主に帝国勢力から略奪した船を改造しているモノだが、それを改造した時に使っている木材は、『ストラウス商会』の運んだモノであり、その料金は貸しにしてやってもいる状況だった。
平たく言うと、ジーンはロロカ先生に頭が上がらない。ジーンは悪党ではないが、政治ってのは怖い。それぞれの国の利益が、相反する可能性だってあるからね。ロロカ先生はジーンに釘を刺しておくことが有効だと考えたらしい。
脅すことで、ジーンの『正義』はより実行されやすくなるんだから……オレのロロカ先生ってば、とっても優しい女性ってことさ。
とにかく、『この事案』は、『クラリス陛下の非公式な外交官/ルードの狐』、『アリューバ海賊騎士団』の団長であるジーン、『北天騎士団』の団長であるジグムント、ハイランド王国の重要人物である『十七世呪法大虎』の間で、秘密とされることになる。
……ジーンが睨んでいた通り、アイリス・パナージュお姉さんが色々と裏で絡んでいたような気もするが……まあ、それはそれで構わん。彼女の職業倫理を、オレは信じている。そして、クラリス陛下が望む世界の在りようについてもな……。
……さてと。
『呪法大虎』からの『真の依頼』について、オレは達成した気持ちになってしまっているが。問題は、まだ残っている。
「……非公式な同盟が結託することが出来たのは何よりだ。それでは、『ノブレズ』の攻略を始めようとしようぜ。ジーン。そろそろ、『北天騎士団』の本隊が『ノブレズ』に到着する頃だろう……」
「ああ……地上のかがり火が、煌めいているし……炎の強さが増した。立て籠もりのために燃料の節約だなんて、言っていられないほどの数に、広範囲から攻められているみたいだね」
大した分析力だな―――いや、そう思うことは失礼か。海から町を襲うことにかけては、オレなんかよりもはるかに本職なわけだからな、海賊ジーン・ウォーカーは……。
「……では、オレたちも行くとしようぜ、ジーン。海の戦は、お前の独壇場だ。好きに暴れてくれていい」
「任せとけよ、サー・ストラウス。オレたち『アリューバ海賊騎士団』が、アンタたちを無事に港まで届けてみせるぜ!!」
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