第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その11


 夕日は終わり、北天の空には星々が煌めいている。再び夜がやって来た。オレたちは『北天騎士団』を歓迎する『メーガル』の市民が作ってくれた晩飯を食べている。


 『ベイゼンハウド』の伝統的な料理は、端的に言ってしまえば貧しさを感じさせるものだった。


 ライ麦で作られた黒パンは硬いものだ。ナイフでどうにか切れるほどに硬い。数週間前に作られ、暗所で保存されていたものである。


 痩せた北の土地で、こういう黒パンを主食にするのは珍しくないことだ。たまには粗食もいいものさ。貧しさの苦しみを、忘れないでいられるからな。


 『ベイゼンハウド』の土地は、とても貧しい。固い岩盤に覆われた、起伏の激しい土地。森を切り開こうにも、厳寒なる冬を越えるためには大量の薪が必要だ。そして、森には豊かな獣が走り、獣肉を狩るための場所である。


 黒い森を切り開くのには限界もあるのさ。そして、わずかに存在する痩せこけた畑で作れるのは小麦ではなく、それよりも下位のライ麦だ。荒れ野でも育つことが可能な作物だよ。


 そのライ麦で作られた黒パンは硬くてマズい。ひとつ良いことと言えば、日持ちがするということぐらいだな。


 ……壊滅的に貧しい農業力と、海と森から得られる獲物に頼るのさ。この土地では美味いモノを口にすることは、かつては困難ではあった。しかし、帝国の属国となったおかげで、小麦を大量に輸入することが出来るようになった。


 人々の食生活が、侵略者のもたらす品々により改善されたというのも事実ではある。若者たちが帝国になびいてしまったという理由も分からなくはない。


 ナイフで切り分けた硬い黒パンにサワークリームを塗りながら、歯ごたえを楽しむ。しばらくのあいだ美食に慣れていた『パンジャール猟兵団』には、懐かしい味だ。よく作ったもんな、黒パン。


 広場の片隅で、オレたち猟兵たちは晩飯を食べる。まあ、黒パンだって食べ慣れたら色々と食べ方があるのさ。酸味がある食材には多いことだが、塩気と合うのだ。この酸味のある黒パンには塩漬けのハムなんかも合う。


 ほら。ミアは鼻歌まじりに黒パンにスライスしたハムを乗せているぜ。ていうか、オレたち全員の分を作ってくれているようだ。


「はい。みんな。ハム乗ってるバージョンが出来たよ!」


「な、なんだか懐かしいですね。以前は、よく食べていましたよね、黒パン」


「うむ。よく皆で作ったものだな」


「これはこれで好きなんですよ、私。クルミとか入れると、食感も良いですし」


「ウフフ。安いから大量に買えますからね。大食らいがたくさんいるサーカス団でも、定番の品でしたわ」


「……み、みんな、苦労しているのね」


 黒パンと言えば貧乏の代名詞だもんな。とはいえ、育ちのいいカーリー・ヴァシュヌは文句を言うことなく食べている。ミアのハム乗せバージョンを食べて、ちょっと黒パンの評価を変えるといいのさ。


「……あれ。美味しいわね、意外と」


「そうなの。食べ物はね、工夫一つで、美味しくなったりするものなんだよ、カーリーちゃん!」


「……そうね。ミアが、初めてお姉さんみたいなコト言ったわ」


「じゃあ、これからは姉妹だね!」


 ミアはそう言いながら、カーリーをハグする。


「こ、こら。ゴハンの最中に何をするのよ?」


「えへへ。姉認定されたから嬉しくて!」


「……いや、姉とまでは……!?」


「ほら、スープも来たよ!赤いスープ!!赤カブのスープだね!!」


「ホントだ。赤いのね。キレイ!」


 『メーガル』のドワーフ女性が、赤カブを煮込んで作ったスープが入った鍋を、オレたちのテーブルに持って来てくれたよ。


「すまないねえ。スープから出すのが順番なんだけど。ちょっと、炊き出しなんて久しぶりの作業だから要領が掴めなくてねえ」


「いいんだよ、おばちゃん。スープはいつ飲んでも美味しいもん!」


「そうだねえ。他の料理も持って来てあげるから、ちょっと待ってな!」


「うん!待ってる!」


 さてと。オレたちはこの赤カブのスープを楽しむとしよう。具は牛肉に、玉ねぎとキャベツとジャガイモだな。色鮮やかな赤いスープに、具だくさん。夜の戦に出向く前にはこういう温かいスープは飲んでおくべきだよ。


 スプーンですくって赤カブのスープを口に運ぶ。ほんのりとした赤カブ由来の甘味があり、よく煮込まれた玉ねぎとキャベツからにじみ出た野菜の甘味を感じられる。


「いい味。やさしい風味だね。たくさんのハーブも使っているんだよ」


「そうね……あっさりとしているようで、甘味の種類をたくさん感じられるし、風味もいいわね」


 森で取れるハーブの類いを多く使っているようだ。貧しい食生活を、より豊かにしようと『ベイゼンハウド』の主婦たちが研究を重ねた結果だろう。根菜の泥臭さが、この赤く澄んだスープにはないのさ。


 舌にわずかな辛味を感じることも出来る―――いい味だ。素朴な味。赤カブは、ガルーナでもよく使う食材だ。南の空の果てにある故郷のことが、心に浮かんでくるよ。お袋も、たくさんのハーブを袋に入れて吊していたな。


 ガキの頃は、料理なんかに興味が少なくて、ハーブの風味なんて料理に要らないものなんじゃないかとか考えていたが……素材の弱点を消したり、美味しさを強めたりすることも出来る。


 お袋は、オレたち悪ガキどものメシに対して……色々な工夫を料理に凝らしていてくれたようだ。


「……ガルーナの竜騎士さま。お口に合わなかったかい?」


 気がつけば、さっきのドワーフのおばちゃんが、マヨネーズたっぷりのポテトサラダが入ったボウルを抱えてやって来てくれていた。


「……お袋の料理を思い出していた。根菜の泥臭さを隠すハーブの使い方……お袋と似ているんだなって、9年も経っているのに、今さらながら気づけたよ」


「そうだねえ。竜騎士さまも大変だったろう?……ガルーナは、バルモアに滅ぼされてしまったしねえ……それに、ファリスにも裏切られて……」


「……ああ。だが、この町の人の作ってくれた料理のおかげで、お袋の料理がどんな工夫をしていたのか、気づくことが出来たよ。お袋が、裏庭で栽培していたハーブ畑の使い方の一つが分かったんだ」


「赤カブのスープは、ガルーナにもあるんだね?」


「あるよ。毎日は飲まないけど、時々ね」


「夜の戦の前には、コイツがイチバンだからね」


「そうだな。そういう使い方もしていた」


「良い顔をしているね」


「イケメン扱いされるのは久しぶりだよ」


「イケメンっていうのか……久しぶりに家に帰ってきた息子の顔をしている」


「……ククク!たしかに、そんな顔をしているかもしれないな」


「いいことだよ。戦の前に、そういう顔を浮かべられる男は、とても良い働きをするものさ!!」


「ああ。働き者だからね。今夜もたくさん敵を斬るよ。オレの『家族』と……そして、この土地から侵略者どもを追い払うためにな」


「がんばりな!!ほら、ポテトサラダだよ!!若い子、好きだろ!!」


「うん!!大好き!!」


「マヨネーズと、卵が入っているのは大好きよ!!」


 ミアとカーリーが大喜びだ。オレも好きさ、ポテトサラダ。まだ若い男の範疇に入るだろ。26才だもんね。


 猟兵たちの皿にドワーフのおばちゃんが、ポテトサラダを大量に放り込んでくれる。ワクワクするよね。オレ、鼻がいいから分かっている。クミン、コリアンダー、カルダモン、ターメリックも使っている。美味いし、風味も考えられているポテトサラダさ!


 安心感のある味だな。マヨネーズにカレー系スパイスの入ったポテトサラダ。ピリ辛さとマヨネーズの包容力が、ポテトのやさしい甘味によく絡んで美味いんだよ。


「さて、メインディッシュは、鹿肉だよ!!」


「鹿肉か。『ベイゼンハウド』の森で取れたヤツだな」


「鹿肉のステーキさ!」


 鉄板皿に載せられた、大きな鹿肉ステーキがやって来る。


「しっかりと棍棒で叩いて、繊維をやわらかくしておいたよ。ジュニパーベリーと黒コショウをまぶして焼いたのさ!」


「スパイシーな感じに出来てそう!」


「鹿肉を美味しく食べる魔法の焼きかただよ!砂糖で煮込んだ『熊起き草』の実で作った、甘酸っぱいソースでお食べ!それが、ベストだよ!!」


 『熊起き草』とは懐かしい、他の土地ではコケモモという呼び方のほうをよく耳にする。こいつのソースか!生えている土地にしか生えていない野草の実だからな。


 オレはニヤニヤしながら鹿肉サンをナイフで切ったよ。そのまま、『熊起き草ソース』をかけて、口に運んでいくのさ。アッサリとした淡泊な味である鹿肉に、その甘酸っぱいソースは合う。


 鹿肉のステーキには、スパイスをたっぷりだからな。鹿肉の臭みは気にならない。スパイスの放つ清涼感に、鹿肉の悪い点は消されている。刺激は強めではあるが、ソースの甘酸っぱさが、それをやさしく制御しているんだよ。


 薄目にスライスされて、さらに棍棒でよく叩いて引き延ばして薄くした鹿肉は、あの強すぎる硬さは残してはいない。『野生肉/ジビエ』を知り尽くす、『ベイゼンハウド人』ならではのご馳走だな!!


 付け合わせにある白キノコを、一緒に鹿肉ステーキに乗せて食べても美味いんだよ。歯ごたえのある肉に、柔らかなキノコのモギュモギュとした食感は、とても良く合うもんだからね!!



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