第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その10
「……『ジャスマン病院』の医者たちは、南東の港から船に乗ったようだ。彼らの荷物の輸送を、手伝ったものがいる」
「……荷物か。それはいいが……患者はどうした?」
「……患者たちは、他の病院に移したのだと思う。全てかは、分からない。あの病院は、異常なトコロがあったから。重傷者がやたらと早く治ることもあったし……逆に、元気な患者が変死することもあった」
「収容所に入れられていた北天騎士だけが患者だったのか?」
「ちがう。あちこちから、連れて来られていた……彼らは、善良にも見えた。少なくとも有能な医者だった。『メーガル』の市民は、彼らの往診を好んでいた……でも。オレは彼らの治療を受けたいと考えたことは一度もない」
「……それは賢明だったかもしれないな。『ゴルゴホ』の連中は得体が知れない。彼らについて、何か知っていることはあるか?」
「……不審には思ったが、オレは怖くて彼らには近寄らなかったんだよ」
「そうか。それで、ヤツらはどこに行ったと思う?」
「……定期船ではなく、特別に呼び寄せた船に乗っていた。見た目は商船だけど……兵士が護衛についていたらしい。行き先は、想像もつかない」
……謎の医学集団、『ゴルゴホ』。ヤツらを追跡する手がかりは今度も得られなさそうだな。
「知っているヤツに心当たりは?」
「……帝国のスパイたちだけじゃないかな……彼らは、組んでいた」
「スパイの一部なのか、『ゴルゴホ』は?」
「どうかな……そうじゃないようにも感じる。あいつらは、お互いの利益のために協力しているように見えた……オレたちと、同じような関係だったのかもしれない」
「確かなことは分からないわけか」
「……そうだ。分からないよ…………力になれなくて、すまない」
「いいさ。それに、訊きたいのはスパイの行方もだからな。ギーオルガと帝国軍のスパイたちは協力関係だった。君は、彼らについてなら情報を持っているんじゃないか?たとえば、居場所とかな」
「……彼らの一部は、たぶん、『ゴルゴホ』と船に乗った。ここに残っていたヤツらも、ほとんどが『ノブレズ』に向かっていたんだ。昨日の昼のハナシだが……そこから先は分からない」
「ヤツらは何人いた」
「20人もいない。ヤツらはいつも人手不足だった。だからこそ、オレたちを手足として使う必要があった。それを利用して、力を得ようとしていたんだ、ジークは……ムダだったけどね」
「……そうだな。ギーオルガの野心は潰えた」
「……今になって、身勝手なハナシかもしれないけど……オレは、少し解放されているような気がする……ジークの言葉は、正しいと感じていた。でも……極端すぎると躊躇する日もあった……自分たちが、どんどん異質なものに変異していくような気持ちもね」
「だから、オレたちを攻撃しなかったのか?……取り返しがつかなくなるほど、変わりたくなかったというのか?」
「……そうかもしれない。でも、オレたちは……変わってしまっている。自分たちで選んだし、ジークを責められない部分はある。オレたち自身が求めたことだった……でも、こんな状態になることまでは……望んではいなかった」
若者はうなだれていた。イスに座ったまま、疲れ果てている。哀れだとは思わない。自分でした選択の責任は取るべきだからだ。たとえ、望んだ結末ではなかったとしてもな。
でも、オレはそんな言葉を使わない。
オレにとって必要なのは、コイツの反省ではない。戦いを有利にするための情報が欲しい。
帝国軍のスパイたちは、元々が少数。『ゴルゴホ』と共に何人かがこの土地を去り、オレたちに三人ほど殺されている。戦力は、半減していだろう……訊くべきだな。我が親族についても。
「……スパイたちの中に、赤毛の髪の女がいたか?」
「ああ……最近、やって来たな。息子と一緒だった。息子の方は……ジークに剣の稽古をつけてもらっていた。アレは、かなり強いな。子供とは、とても思えない強さだったよ」
「その母子は、『ゴルゴホ』と……医者どもとは接触していたか?」
「……どうかな。どちらからと言えば、スパイたちと行動を共にしていたようだよ。そのスパイと医者たちの関係性が、オレにはハッキリとは分からないんだがね」
「……そうか」
「……すまない。これでも、知っていることは、すべて話しているんだ。でも、オレは……重要なことを、あまり知らないらしい」
「スパイどもの足取りが分かっただけでも十分だ。ジャン、彼を他の者たちと同じ倉庫に連れて行け」
『は、はい!分かりました、団長!!……じゃあ、こっちに』
「は、はい……」
ジャンに連れられて、エルーズ・マクシミリアンがこのテントから出て行ったよ。オレは、ため息を吐いた。
「……『ゴルゴホ』については、手がかりもないままだな」
「そうですね。ですが、スパイどもの手がかりは得ました……彼らもまた、『ノブレズ』にいる可能性がある」
「ああ。そして……おそらくそこにはオレの姉貴と甥っ子がいる。マーリア・アンジューとアシュレイ・アンジューだ」
「ふむ。つまり、敵は少数精鋭で『ノブレズ』に立て籠もるという形になっているのだろうか?」
「結果としては、そうだろう。『ノブレズ』を攻められた時、セルゲイ・バシオンはギーオルガを戦力として投入するかもしれない」
「そうですわね。ギーオルガの部隊は壊滅しました。バシオンがギーオルガを警戒すべき理由もほぼ消えていますものね」
レイチェルが微笑みながら語る。彼女は強敵との戦いが待ち遠しいようだな。ロロカ先生もうなづいた。神妙な面持ちではあったが。
「……結果として、厄介な敵が一カ所に集まっている状況です。私たちからすれば、ある意味では楽な状況かもしれません。他の土地で暴れられるよりも、こちらの被害が少なく済む」
「イエス。危ない連中を、一掃するチャンスでもあります。帝国軍のスパイたちも、この攻撃に参加することは無かった。手薄となった『ノブレズ』を守ろうとしている。それならば、あの集団に大きなダメージを与えるチャンスでありますな」
「一網打尽にするか。悪くない考え方だ。帝国軍のスパイは、一人でも多く仕留めておくべき連中だからな……もちろん、姉貴と甥っ子も含めて」
「……ソルジェよ。いいのだな」
「ああ。手を抜くことはない。むしろ、それではあの二人の覚悟に失礼だろう。二人は、帝国貴族として、オレの敵になる。全力で戦うのが、戦士として取るべき唯一の道だ」
「……うむ。分かった。とにかく、敵を狩る……その方針でいいのだな?」
「そうだ。キュレネイの言った通りに、帝国軍のスパイ組織を潰す、二度と無いかもしれん機会……ものにするぞ」
猟兵たちはうなずいてくれた。猟兵ではないカーリー・ヴァシュヌも、さすがは須弥山の子だな。戦士としての生きざまを貫くことには、理解があるようだ。
「……そうね!赤毛、がんばりなさい!わらわも最前線に行くからね!!ミアと連携するし、本当に危険だったら、ちゃんと下がる。この戦は……伯父上の………………」
カーリーが沈黙する。
その長い沈黙に、リエルとミアは心配そうだった。
「……どうしたのだ、カーリー?」
「……カーリーちゃん、お腹が痛いの?」
カーリーは頭をぶんぶんと横に振る。
「何でもないわ。とにかく、伯父上の役に立つのが、わらわの仕事なの!!……わらわだって、ちゃんと戦える。敵に精鋭がそろっているのなら、わらわの力も要るでしょ!?」
「……そうだな。正直、強いヤツはいくらいても足りない。達人を相手にする場合は、数より質がいるからな。力を貸してくれるか、カーリー?」
「うん!!『呪法大虎』の孫娘として、戦うわ!!」
「戦ってくれ。ただし、ミアとレイチェルとチームを組め」
「わかった!!ミア、レイチェル、よろしくね!!」
「もちろんだよ!!」
「ウフフ。分かりましたわ」
「レイチェル、頼んだぞ」
「ええ。子守は得意ですのよ」
……そうだ。レイチェル・ミルラならば、どんな戦場でも子供たちを守り抜くだろう。ミアとカーリーを連れて、『岸壁城』から海に飛び降りることだって可能だ。海に面している。『人魚』の力を思う存分に発揮してもらいたい。
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