第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その27
「はい。完成!」
……どうやら、呪われたようだが。あまり実感は無いな。
「オレの背中はどうなっているんだ?」
「え?そ、そうですね。紋章が描かれています……かなり高度な呪いですよ。子供が描いたなんて思えない……」
「ちょっと。子供扱いしないでよね?……わらわは、呪術に関しては一人前でしょ?」
「たしかに。そうですね、これだけの仕事をやってのける子を、子供扱いするのはよくありません。えらい子ですね、カーリーさん」
思いっきり子供扱いしているような気もするけれど、お子様のカーリーはそのことに気がつけていなかった。
「うん!偉いでしょ!」
「……さてと。もう服を着ていいのか?」
インクとか、服に染み付いたりしそうだが……?……まあ、別にいいんだがね。
「そうしなさい。それを着たら、すぐに移動を開始しましょう。ルルーシロアが、やって来ちゃうわよ?」
「そうだな。負傷者だらけのこの場所に、ルルーシロアを呼び寄せるワケにはいかないだろう……」
パニックが起きそうだしな。ルルーシロアは、野生の竜。血の臭いをさせているヒトを見かければ、食欲が惹起されてしまうだろうさ。
オレはルーベット・コランに手伝ったりもらったりしながら、竜鱗の鎧を着た。
「それでは、私は『アルニム』に戻ります。アイリスにも報告したいですからね」
「ああ。よろしく伝えておいてくれ。彼女の作戦を、勝手にアレンジしてしまったことを謝っておいてくれるか?」
「いえ。アイリスはこの事態も想定していると思いますよ。彼女は、とても有能な人物ですから」
「……たしかにな」
アイリスならば、ルーベットから血判状の存在を聞いたときから、オレたちが作戦を変えることに気がついていそうだ。ルーベットが部屋から出て行ったから、オレとカーリーも動くことにした。
「……呪いは、もう効いているのか?」
「効いているでしょうね。大きな呪いの残存で、帝国軍の近くに行くわ。そして、その背中の精密な呪いのせいで、アンタに竜は引っ張られる」
「基本的には帝国軍の周りにいるわけだ。ルルーシロアは北に逃げたな……『ガロアス』の近海にでも、潜っているのかもしれない」
「まあ、どこに逃げていたって、アンタに引っ張られるはずよ。そうなるように、呪いをかけたんだから」
「そうか。優秀だな」
「当然」
……さてと、ホフマン邸を出て、あのカタパルトの横に向かう。そこにはゼファーが寝転がっていた。リエルとミアもいる……。
「カーリーは、どうする?」
「そうね。大丈夫だと思うけれど、呪いが弱かったら、もっと強く呪ってあげないといけないから、ついて行ってあげるわ!」
「そいつは助かるぜ」
「やったー!カーリーちゃんも一緒だー!!」
喜びを爆発させながら、ミアがカーリーを抱きしめていた。カーリーは、ミアのハグに慣れて来たようだった。まんざらでもなさそうな顔をしているよ。
「……ホント、子供みたいなんだから。わらわよりも、お姉さんのくせに……」
「えへへ。うれしいものは、うれしいの。友だちと一緒ってさ、とても、うれしいでしょう?」
「ま、まあね……っ」
ちいさなホッペタをリンゴみたいに赤くしながら、カーリーは認めていた。ミアに仲良しの友だちが出来て、お兄ちゃんは嬉しいぜ。
「よし。しっかりと呪われたか、ソルジェ?」
「ああ。しっかりと呪われたらしいぜ」
「ふむ。そうか。見た目は、よく分からないが……」
「背中には呪いのインクで紋章が描かれているぜ?……オレは、見えないがな」
「そうか。消せるのか?」
「え?」
「……いや。率直に思っただけだ」
「……消えるよな?」
「……え?」
沈黙が怖い。十秒ほど考えた後、カーリーはうなずいていた。
「うん。消える!……はず」
強く言い切ってくれなかったから、不安は増したよ。まあ、背中に竜を引き寄せるための紋章を背負って生きて行くのも、竜騎士サンらしいファッションだ。竜が来るための呪いは機能していないっていうのが、ちょっとダサいがな。
「た、タワシでゴシゴシ削ればいいはずよ」
「あ、洗うではなく、削ると来たか……ふむ。少しばかり、難儀な作業になりそうだな」
「あはは。お兄ちゃーん、今度、いっしょにお風呂に入ったとき、背中を洗ってあげるねー!」
「み、ミア。赤毛と一緒にお風呂入るの?」
「うん。変?兄妹なんだよ?」
「そ、そうかもだけど?」
「カーリーちゃんも一緒に入る?」
「赤毛みたいなロリコンとお風呂に入るなんて、わらわは死んでもゴメンだわ」
オレはロリコンじゃなくてシスコンなだけなんだがな。その違いは、オレのなかでは大きな違いがあるのだが、カーリーのなかでは大差がないようなので深くは語るまい。
オレはゼファーに近づいていく。
「ゼファー、ルルーシロアと話し合いに行くぞ」
『……うん!わかってる。さくせんを、じゃまされないようにだよね?』
「そうだ。戦いは、今回の仕事が終わった後に、たっぷりとしてやると説得する……まあ……それだけでは、終わらないかもしれないが」
『……でも、そっちのほうが、はやいかも。だって、るるーしろあは、りゅうだもん!』
ゼファーも竜という存在を学んでいるようだ。
竜と語らうという行為は、言葉だけでやれるものではない。むしろ、戦いのなかでこそ、お互いを伝え合うこともあるし……そっちの方が、たしかに早くもある。
だが。
死力を尽くさなければ、ルルーシロアを納得させることは難しい。そして、そんなことをしている余裕もオレたちにはない―――全てにおいて優先すべきことが、ルルーシロアの確保ではない。
「……オレたちは、本能を抑えて、ガマンしなくちゃならない時があるんだ」
『……うん!』
「いい仔だぞ、ゼファー」
オレはそう言いながら、ゼファーの背中へと跳び乗っていた。
「みんな。乗ってくれ」
「うむ!カーリーよ、私とソルジェのあいだに乗るといい」
「えー。赤毛と密着するのー?」
「つべこべ言うな。プロフェッショナルであろう?」
「……わかったわよ。呪いを、いちばん近いトコロで見ておくわ」
カーリーの扱い方に慣れて来ているようだな、リエルも。オレの背中にカーリーが乗る。
「呪いは順調そうか?」
「大丈夫よ。わらわの呪いを信じなさい」
「ああ。お前の呪いを信じるよ、カーリー・ヴァシュヌ。リエル……ルルーシロアは野生の竜だ。何をしてくるか、分かったものじゃない。強烈な機動をしなければならないこともある……カーリーを、フォローしてやれ」
「……了解だ」
「……そんなに、危ないヤツなんだ」
「ああ。ゼファーよりも、一回り大きな野生の竜だからな」
「……わ、ワクワクするわね!」
「ククク!……いい度胸だ。さすがは、『十八世呪法大虎』候補だよ」
「……とにかく。プロとして仕事する!わらわは、呪術で、アンタのところにルルーシロアを呼ぶわ。それから先は、交渉次第……そこは、アンタの領分だもんね」
「任せておけ。竜騎士は、竜と分かり合うのも仕事の内だからな」
「見せてもらおうじゃない。ストラウス家の仕事を」
「おうよ。じゃあ、ゼファー、行くぞ!!北の海上に向かい、ルルーシロアを呼ぶぞ!!」
『らじゃー!!』
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