第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その26
……アイリス・パナージュお姉さんもそうだけど、ルード・スパイはオレに期待してくれているようだな。熱っぽく語られるもんだから、ちょっと照れてしまう。
まあ、世界をひっくり返すほどの力を作り上げなくちゃ、帝国には勝てない……それも現実的なハナシではあるんだよ。力が要る……世界を変えるほどの力が無ければ、帝国を倒すことなんて出来やしない。
一人じゃムリだから、たくさんのヤツと力を合わせないとならないな―――。
「―――赤毛!準備できたわよ!」
「ん。ああ、カーリー。メシは食べたのか?」
「食べたわ。それに、呪いの準備も完了したの。喜びなさい、わらわが直々に赤毛へ呪いをかけてあげるんだから!」
「……な、なんの作戦なんですか?」
ルーベット・コランは驚いている。まあ、カーリーの言い方が良くなかったのか。
「竜に襲われるような呪いをかけてもらうんだよ」
「はあ!?……え、えーと……?」
誤解を重ねてしまっているようだったな。
オレはルーベット・コランに状況を説明してやった。ルルーシロアという竜が、オレたちを妨害する可能性がある。そうならないように、あえて呼び寄せて説得を試みるのだと。
「……そういうことですか……」
「そういうことよ!」
「でも、出来るんですか、竜を説得するなんて?」
「竜騎士には出来る。元々、ゼファーとだって、戦うことでお互いを認め合ったわけだからな」
「……す、スゴいですね。竜と戦うだなんて……それは、竜騎士になるための試練か何かですか?」
「ああ。そんなところさ。それで、どうすればいいんだ、カーリー?」
「うん。上着を脱いで」
「……ここでか?」
「そうだけど?何か不都合あるの?男の子なんだし、どこで脱いでも失うモノとか無いんだよね?」
男の子について何か大きな誤解を抱いているのかもしれないな。男の子全員がそういう共通認識なのかは、オレには応える権利はない。だが、たしかにオレはこの場で上半身を裸になったところで、問題は無かった。
「ちょっと待ってろ」
「急ぎなさい」
「……お忙しいようですし、私はそろそろ」
「いや。別に構わん。須弥山の呪術をお目にかかれるチャンスだ。君も呪術を使うんだよな?」
「はい。でも、どうして?」
「この赤毛と、ジャンは呪いを追いかけることが出来るのよ。赤毛は左眼に宿っている竜の力で、ジャンは『嗅覚』ね」
「……『パンジャール猟兵団』の秘密がアッサリと明かされてしまったな」
「あ。だ、ダメだった?」
「彼女にならば、問題はないが……他の人がいるところでは、秘密にしておいてくれると助かる」
「わかった。お祖父さまには?……呪いを追える呪いについては、とても知りたがると思うけど?」
「……『呪法大虎』になら、構わないさ。だが、特別サービスだぞ?」
「うん。わかってる。とっておきの奥義は、隠しておくべきだもんね」
「そういうことさ……っと!」
竜鱗の鎧を脱ぎ終えて、オレは身をよじらせながら上着を脱ぎ捨てていた。ああ、裸になるって少し楽しいトコロがあるよな。解放感がたまらない。
……カーリーは螺旋寺の子だからな。武術家の傷だらけの裸なんて見慣れたもんだろうし、正確な年齢は分からないが二十代らしいルーベット・コランは、男の裸なんかで騒ぐようなコトもないだろう。
「で。どうすればいい?」
「そこのソファーにでもうつ伏せで寝なさい」
「ん。わかった……これでいいのか?」
カーリーの指示に従い、オレはソファーにうつ伏せに寝転がっていた。カーリーをチラリと横目で見ると、ポーチから筆を取り出していた。
呪術も使える敏腕スパイさんは、興味深げにカーリーの動作を見下ろしていた。
「……その筆で、呪術を刻むんですか?」
「ええ。そうよ。魔力を込めたインクを、この筆にたっぷりとつけて……あとは赤毛の背中に、秘伝の紋章を描けばいいの」
「なるほど。呪印を刻むんですね」
「そういうことよ。この呪印を刻めば……赤毛の血に対して、白い竜は接近して来ることになるわ」
「スゴいですね。貴方は……『呪法大虎』さまの、孫娘なのですか?」
「うん!わらわの名前は、カーリー・ヴァシュヌ!『十七世呪法大虎』の孫娘なんだからね!!」
「分かりました。私は、ルーベット・コランです。ルード王国のスパイです」
「知ってる」
「フフフ。あまりたくさんのヒトに知られると困りますので、秘密にしておいて下さいね?」
「口が堅いから、安心なさい」
ついさっき、オレとジャンの情報を喋ったばかりの口はそんなセリフを吐いていたよ。オレは苦笑したくなるが、唇をニヤリと歪ませるだけで沈黙を保った。
背中に呪いを刻まれるというのだからな。呪術師サマを不快な気持ちにさせてはいけないじゃないか?……それはリスクを感じる行為だよ。
口元を隠すために、革張りのソファーの腕置き部分に顔面を押し当てながら……オレは作業を待つ。
「じゃあ、始めるわよ」
「……ああ。やってくれ」
「竜を『召喚』する呪い……」
「……正確には、その呪いに便乗する呪いね。竜に刻まれた呪いは、ストラウス家の血筋に強く誘導されているっぽいから。それを、強化してあげるための呪い……」
「なるほど。『風』属性の呪術を、より強めるために、『風』の呪印の上書きをするんですか」
「そう。赤毛の甥っ子の血を使っているとは言え、赤毛の血の方が間違いなく竜との因縁は濃い……赤毛の血は、呪いのシステムのなかに、これまで間接的にしか取り込まれていなかったとしても、甥っ子よりも竜を導いた。でも、これで、より完璧に呼べる」
「……サー・ストラウスをエサにするわけですか」
「ええ。わらわもバカな行いだと思うけれど、ストラウス家の人々には、こういうのがお好みらしいわ」
奇特な人物のように言われているぜ。
まあ、竜の良さなど、竜騎士にしかその神髄までは分からないだろうよ。竜が寄ってくる体になったか…………何て、魅力的なのか。オレは背中に走る、コチョコチョとして筆の感触に笑みを浮かべた――――そして、質問をする。
「カーリーよ?」
「何?」
「この呪いは、いつまで有効なんだ?」
「……長くは保たないでしょうね。だって、呪いの本体そのものは、アンタたちが壊しちゃっているんだから」
「……そうだったな」
「とても強い呪い。つまり……とんでもなく、多くの人々が犠牲となった呪い。こんなものは、本来はさっさと消え去るべきだけれど……アンタは、違う認識しているの?」
「……いいや。北天騎士たちを生け贄にして作った呪いなど、消え去るべきだという考えに疑問はない。ないが……」
「素直なヤツね」
褒められたのか、あきれられたのか。そうだ、オレは考えているんだ。
「……勿体ないと、考えている。この呪いが、ずっと有効だったなら。オレは、竜を見つけてやれるのにに……」
「竜を見つけてやれる……ですか。私には、理解することが難しい感覚ですね」
「ああ。だから、いい機会に知ればいい。竜騎士ってのは、竜が何よりも好きな職業なんだよ……オレたちは、竜と共に在るべき動物なんだ。共に空を飛び、共に故郷を守り抜き、共に戦場で死に、歌となる……それが、竜騎士と竜の生き方だ。お互いが、必要なんだ」
「……フフフ。まるで、恋人同士みたいですね」
「『家族』なのさ。ストラウスの一族ってのは、竜と共に生きるんだよ」
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