第四話 『緋色の髪の剣鬼』 その24
そうだ。戦い続ける必要がある……オレたちの『正義』が帝国の『正義』とは異なる以上、勝者のみが『未来』を掌握することが出来る。
ジグムントには、すでに迷いは無かっただろうが、ルーベット・コランの持って来てくれた血判状は彼により深い勇気を与えていた。涙を拭い捨てて、『北天騎士団』の団長、ジグムント・ラーズウェルは立ち上がる。
「……ストラウス殿、オレは『アルニム』へと向かう!!そこで、この血判状の同志たちを迎え入れるのだ。『北天騎士団』を再結集し、『ガロアス』を攻める!!」
「……ふむ。悪くない手だが……提案を一つしていいか?」
「ん。何だ?」
「『ガロアス』の戦力には、ジークハルト・ギーオルガの部隊がいない。正直、そんな連中ならば、オレの『バガボンド』だけで十分にコトが足りる。『バガボンド』は休息十分だし、海からは『アリューバ海賊騎士団』のサポートを手に入れられるからな」
「そ、そうか。たしかに、それはそうだが……?」
「どうせならば、このまま『メーガル』を落とさないか?」
「……『メーガル』をか……」
「ああ。北天騎士にとっては因縁深い土地となってしまったが、元々、亜人種の多い土地だ。協力は得やすい。昨夜も帝国軍の宿舎に放火したとき、市民たちは火消しに走る帝国人に石を投げつけていたぞ。あそこの市民は、間違いなく『北天騎士団』の帰還を歓迎するだろう」
「……いい策だと思います。我々の想定以上に、『ベイゼンハウド』の各地に『北天騎士団』の脱走は知られているでしょうからね、ルーベット・コランさん」
眼鏡の下にある青空みたいに美しい瞳を細めながら、ロロカ先生はルーベットに語りかけていた。もしかしたら、少し怒っているのか?……事前に渡してくれてもいい情報の存在を、ルード・スパイが隠していたから。
血判状の存在を知っていたならば、我々の戦い方もより楽になっていた可能性がある。おそらく、『メーガル』を占拠する手段だって存在していたのだ。
たとえば、『メーガル』周辺の血判状の戦士たちが、すぐに集まってくれることを想定して戦えたら?
……わざわざ、この砦まで逃げ込んでくる必要は無かった。あそこに立て籠もり、体力の消耗を控えるという策が取れた……より楽な戦いになっていたのさ。
あの山の上にある『メーガル』は、攻めることが難しく、立て籠もることに向くのだからな。オレたちで帝国軍の援軍が来るであろう道に対し、全力で妨害工作を使えば良かったわけだ―――。
そうなれば、今ごろ『ノブレズ』を攻めることだって、可能だったかもしれない。『アリューバ海賊騎士団』に、西側ではなく、北の海に来てもらい、そこからゼファーを使って大量の武器を輸送することも出来た。
『アリューバ海賊騎士団』が北の海にいることで、敵の南下を防ぐプレッシャーをかけられた。より戦いが楽になっていたというのにな……。
ロロカ先生の不満について、察しがついていたのかルーベット・コランは慌てていた。
「す、すみません。アイリスは知らなかったんです!」
「……そうでしょうね。知っていれば、話してくれたでしょうから」
ニコニコと微笑むロロカ先生ではあるが、そのプレッシャーは半端ない……っ。ルード・スパイが怯えているようだな。
「それが……ダグル・シーミアンとの約束があったんです……血判状のことは……北天騎士以外には、告げてはならない。それが、ダグルと我々の命がけの誓い……」
「……なるほど。分かりました。そうであるのならば、文句は言いません。ルード・スパイは非公式ながらも、クラリス陛下の外交官。シーミアンさまとの約束を反故にするわけにはいきませんものね」
「はい……」
「ふう。脅すようなことを言ってしまい、すみません。ですが、訊いてもいいですか?」
「は、はい。何なりと!!」
うちのヨメの一人にビビり過ぎているようだな、ルーベット・コランよ。それはそれで何だか失礼なんじゃないか?……ロロカはやさしくて聡明なオレのヨメなんだから、あんまりビビるなよ。
お兄ちゃんの膝の上で、ミアが短く呟いた。
「……ロロカ、カッコいい。絵本のなかの『魔女』みたい!」
……悪口みたいに聞こえるから、オレは聞こえなかったモードに入る。
「シーミアンさまたちは有事に備えていました。もしも、『北天騎士団』が復活する際には、貴方たちが作った連絡網を使う予定だったのでは?」
「は、はい。その方が、より確実で、より早く動けますから……私たちは、一部の行商人や、各地の町や集落に対して、ハトや古い砦からの狼煙などで、秘密の伝達手段を構築しています。それらの整備に協力することが、私たちとダグルの契約でしたから」
「ならば、貴方のパートナーがこの場にいないのは?」
「はい。エドは動き回ってくれています……『ベイゼンハウド』の南部の町には、伝わっているでしょう。血判状に名を連ねた騎士たちは、北上して来てくれているはずです。北部の町にも伝わっているでしょう。帝国軍の動きで悟るはずですから」
「……ならば、ますます『メーガル』に軍を進めるべきですね。その道すがらに北天騎士の方々と合流することも可能なはず……調整することは、出来ますね?」
「もちろんです!」
何だかすっかりと上司と部下みたいなカンジになっているな。
「ソルジェさん……そして、ジグムントさん。『メーガル』への攻めを、私も強く推奨します」
我らが軍師はそう宣言し、テーブルの上に『ベイゼンハウド』の地図を広げていた。彼女の指が『アルニム』に触れる。そして、そのまま東に向かって進んでいく……目指すのは、『ベイゼンハウド』の中央部のやや北東、『メーガル』だった。
「血判状の北天騎士たちと合流しつつ、あの土地に立て籠もるべきです。『ベイゼンハウド』を『横断するように進む』ことで、この反乱の勝者は誰なのかを敵側に知らしめることにつながります」
「そうだな。軍隊が歩を進めたという事実は大きい。『勝者の行進』となる」
「行進、それって、パレードってこと?」
「ああ。パレードだな。教えてやるのさ、『ベイゼンハウド』は、とっくの昔に『ベイゼンハウド人』のモノに戻ったということを」
そいつは大きなメッセージとなるだろう。軍隊が進める土地は、自国の領土と主張しているようなものだからな。
「どうだ?……ジグムント・ラーズウェル。『北天騎士団』のリーダーであるアンタの考えが、全てを決める。退いて守ることを良しとするのもいいが……より守りやすい土地に進み、主導権を奪うという道もある。新たな町を掌握することで、勢いも出るぞ」
「……そうだなぁ。『北天騎士団』の復活を宣伝することで、より多くの者を仲間に戻せるかもしれん」
「そういう効果もあるだろう。それに……ギーオルガの部隊が襲撃して来たとき、血判状の騎士たちがいてくれるのであれば、何とも心強い。彼らならば、その精鋭たちの太刀筋も読めるだろ?」
『バガボンド』の戦士たちには、それを要求するのは難しいことだ……アリューバに続いて、この土地で彼らに稽古をつけてもらえたなら、『バガボンド』の精鋭たちはより化けるだろうがな……現状では、ギーオルガの部隊と戦うには、心許ない。
「ベテランたちだからな。それに……ヤツらも説得に応じて、武装解除するかもしれん」
「甘い考えは捨てておくべきだが、たしかに若者たちは逃げ道を模索しているだろう。帝国人として大成する道は、もう断たれたも同然。それどころか、このままでは故郷さえ失う」
「……ああ。それは、オレからすると、ちょっと哀れに思えるんだよ、ストラウス殿。貧しさから逃げたくもなる感情は、誰しも持ってはいるもんだ。それに、若者ってのは、過ちを経て少しずつオトナになって行くものだからよ。なあ、甘いか?」
「甘いな。それでも、それがアンタの『正義』ならば、つき合ってやるぜ、ジグムントよ。オレたち『パンジャール猟兵団』は、この戦、アンタについているんだから」
「……ハハハハ!……いつか、借りは返す。ストラウス殿が、ガルーナの王になろうとした時……呼ぶがいい。『北天騎士団』は、貴殿のために敵を斬り伏せよう」
「いい報酬だ。じゃあ、そういう流れで行くぞ。ジグムントは『アルニム』で兵力をまとめて陸路で東に向かってくれ」
「ああ」
「オレたちは、その援護と同時に……ルルーシロアの問題を片づける。ルルーシロアとの会話は、最低限の人数でいい」
「そうですね。カーリー、ソルジェさんにルルーシロアを誘導する呪術をかけるには、何かいるものはありますか?」
「ううん。とくに要らないわ。ストラウス家と、ルルーシロアの因縁は、そもそも深くなっているし……ルルーシロアはゼファーにケンカを売っているわけだもん。すぐに来るわよ……そこから先は、私にはどうするべきかは分からないけれど」
「そこから先は、オレに任せろ。オレとリエルとミア……メンバーはこれだけで十分だ。ロロカとキュレネイ、そしてジャンとレイチェルは、ジグムントたちのサポートをしてくれ。敵には、厄介な連中が残ってはいるからな」
そうだ。オレの甥っ子に、オレの姉貴。剣の達人ジークハルト・ギーオルガとその部隊……そして、まだ全滅しちゃいないであろう、帝国のスパイどももな……。
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