第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その8


 オレたちはロロカ先生から戦術を聞かされる。疲れた蛮族の頭を頼るよりも、彼女の知恵に裏打ちされた戦術に頼るべきだからな……。


 説明が終わるのと、ほとんど同時だったよ。角笛が、大牛のように長く響く深い歌を放っていた。


「……来たようですね」


「……ああ。午前中には来るさ。この『反乱』を抑えきれなきゃ、ファリス帝国は『ベイゼンハウド』まで失うことになる」


「そうなれば、帝国の被害は経済的に拡大しますね」


「ああ。この港からは……バルモア連邦経由で、帝国の穀倉地帯から小麦粉が届いてもいるからな」


「そ、それだと、どうなるんですか!?」


「ククク!……小麦粉が売れなくなるぞ。それに、バルモア連邦の港は閑古鳥だ。アリューバに続いて、『ベイゼンハウド』にも商船を送ることが出来なくなる」


「……そ、そうか。ヒトはお金のことで殺し合いをする動物だから……ファリス帝国とバルモア連邦の仲まで、悪くなる……っ。それって、ボクたちにとっては、得、ですよね?」


「……善や悪で語りたいところだが、戦は損得でもある。この『ベイゼンハウド』を帝国から切り離せば……バルモア連邦も干上がる。オレたちには、得だな」


 バルモア連邦は、ガルーナの潜在的な敵国。


 永遠の敵だ。オレの故郷を蹂躙し、焼き尽くしたことは戦の結果だ、認めてやろう。負けたオレたちが悪い。だが、恨みは残る。その恨みを忘れた日は一度たりとて無い。この憎しみの熱量が、オレの一族への愛の証だよ。


 ……たとえ、帝国打倒のために一時的に手を組むことになったとしても、オレの妹を焼き殺した国の名前は、永遠に忘れん。バルモアの熊野郎ども、貴様らを許す日はない……。


「……戦略的に大きな拠点です。大陸外縁部の小国であるだけではありません。『ベイゼンハウド』の消費は……バルモア連邦貴族の経済的利益が大きい。これが無くなれば、彼らは帝国に対して大きな失意を抱く……だからこそ、必死で来ますよ」


「戦う甲斐があるということだ。全員、持ち場に向かうぞ!!」


「うむ!!私は、砦にて弓兵たちの指揮を執る!!この土地の風は、昨夜で読めている。長く飛ぶ矢を放たせてやる―――」


 自信にあふれた表情をリエルが見せたとき、応接室のドアが勢いよく開かれて、ミアが飛び込んできた。そのすぐ後に、カーリーも入って来たよ。


「―――お兄ちゃん!!敵が来たみたい!!」


「そうみたいだな。ミア、カーリー、二人は集落内で待機。体力を温存して、もしもの時に備えろ」


「ラジャー!」


「わ、わかったわ!……赤毛はどうするの?」


「……オレはリエルと共に矢を放つ。射手は、多い方がいいだろうからな」


 そうだ。この丘の上というアドバンテージ、そして、西の海岸から吹いてくる北海の風。そいつを利用させてもらおうじゃないか。


 オレとリエルは屋敷を出て、ホフマン砦へと向かうのさ。ゼファーは、砦の裏に移動していた。カタパルトの隣りで、じっと待機している。眠っているんだよ。ムダに体力を使わないために、全力で体力の回復に努めている。


 ゼファーの背から、弓と矢を取り出す。ストラウス流弓術を見せてやるよ。命中精度はリエルに劣るが、威力と飛距離ならば、ちょっと劣るだけさ。


 どんな要素においても勝てない技巧になるわけだが、構わん。


 オレより下手な弓兵は、この世に何十万人かいるだろうよ。そもそも、リエルが天才すぎるだけでオレだってかなりの達人なんだ。


 杉の木で組まれたハシゴを登り、オレたちはホフマン砦に陣取っていた。帝国兵の群れが見える……もう1000メートルほどに近づいている。


「……ふむ。どう動くだろうかな。この即席の砦を見て、立ち止まるだろうか……?」


「立ち止まらないさ。北天騎士との戦い方を、バシオンは知っているんだ」


「昨夜の敵兵のように、走ってくるということか?」


「盾を構えて、丘を登ろうとするかもな」


 その前に……一撃食らわせるのが『バガボンド』の弓兵隊の役目だがな。イーライは、ここにはいない。『アルニム』を守ってくれているからな。分隊長が指揮をしているだろうが―――『バガボンド』の総大将であるオレも、彼らに檄を飛ばしておくか。


「『バガボンド』の戦士たちよッッ!!」


 丘の『下』に陣取っているエルフの弓兵隊に、オレは声を届けていた。彼らが、オレを見上げてくる。竜太刀を抜き放ち、その視線に応えるのさ。


「君たちと同じ戦場で戦えることを、誇りに思うぞッ!!我が名は、ソルジェ・ストラウス!!君たちと同じ道を歩み、やがてガルーナを奪還する男!!……鍛え上げた戦いの技巧を、存分に見せつけてくれ!!」


「イエス・サー・ストラウスッッ!!」


「任せてください!!」


「アリューバの山で、鍛えた腕を、サー・ストラウスに見せるぞ!!」


 弓兵隊の闘志も十分に高まっているようだ。オレは、そのことが何とも誇らしいぜ。


 ホフマン邸の屋根の上にいるジャン・レッドウッドが叫んだ。


『て、敵が来ますよ!!それなりに、早足!!……ぼ、ボクたちが待ち構えたことに気がついたようです!!数は、100……アレは、偵察を目論んでいます!!』


「わざわざ、こちらの構えを見せるわけにはいかんぞ!!『バガボンド』、まずは進み、そいつらを射殺して来い!!……私の鏑矢を聞け!!西から風来る直前に鳴らす!!参考にして、個人で放て!!」


 リエルの命令に従い弓兵たちが動き始める。彼らもまた駆け足だ。迫る偵察部隊に対して、こちらはそれをまず排除するための部隊。


 策は練らせんさ。


 一度や二度は、この丘で痛い目に遭わせてやらねばならんからな。砦の出来など、見せてやるものか……。


 敵の偵察100人は、バレてもいないと考えているだろう。コッソリと上手に動いちゃいるからな。だが、森を走るエルフ族が相手では、隠密の技巧も聴覚の前に破られる。


 両者は接近して、こちらの弓兵隊が停止する。


 リエルが鏑矢を構え、空に向けて撃ち放った!!風が北海からの西風が、この戦士にあふれる集落とオレたちのいる丘を走り、東へと向かって抜けていく。上空では……東への風は健在、今ならばより東に向かって長く飛ばせる。


 キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッ!!鏑矢が歌い、エルフの弓兵たちが風に乗せるために、矢を高さを得られる角度で一斉に放っていた。40人の弓から放たれた矢の雨は、山なり軌道を描きつつ黒い森の曲がった道を越えた。


 その全てが命中とはいかないが、狭い道に対して、エルフの40の矢が一斉に降り注いだ。100人の敵のうち、10人には命中する。敵が見えないというのにな、エルフの耳を用いた射撃のおかげ?


 ……それもあるんだが、40人の射手が、それぞれの射撃距離を守った。予定されていた場所に目掛けて、それぞれの矢が届くようにしている。一カ所集中ではなく、その範囲にまんべんなく矢が落とされていた。


 当たらずとも、どの敵の近くにも矢は落ちた。それでいい。コイツはパニックに至らしめる攻撃だ。


 弓兵ってのは、一方的に射られることを怖がるもんさ。移動して回避に徹する場合もあるし……今のように、当てずっぽうに攻撃された方角へ長い矢を放つこともある。


 敵兵が矢を放ったよ。だが、風のアドバンテージのない彼らの矢は、我が『バガボンド』の40人の弓兵たちには命中することはなかった。敵の矢を、少しムダにさせたな。


 だが。


 当たっていないからといって、叫ばないとは限らないものだ。


「ぎゃあああああああああ!!」


「い、痛ええええええええ!!」


 射られてもいないエルフたちが真に迫る演技力を見せていた。黒い森を貫き、その苦痛の歌が敵の耳に届き、気分を良くした敵兵たちは、再び届くはずもない矢を放つ。また100本、ムダにしたよ。


 リエルの耳が動いていた。


 彼女は再び、鏑矢を空に放った。歌が空に奏でられて、海からの風は再びやって来る。エルフたちの矢は再び空で風の加護を得て、敵兵たちに突き刺さっていた。


 敵は反撃で矢を放つが、それも当たることはない。エルフたちは今度は叫ばない。撤退したフリをするのさ。


 敵兵は十秒ほどの様子見のあと、再び走り始めていた。リエルは鏑矢を使わない。口に咥えているのはエルフ族の耳にだけ聞こえる魔笛だ。


 二度も鏑矢を聞かせた。


 偵察兵に選ばれるほど観察力があるヤツなら、鏑矢の音でこちらが矢を放つというコトに気がついているだろうからな。だから、三度目はそうしない……ガルフ・コルテスの教えた、刷り込みの技巧だ。


 敵に思い込ませるのさ。そうすれば敵の行動をこちらの予定に組み込める。


 さて、風が来る。強い海からの風だが、リエルは魔笛を鳴らすだけ。オレたち人間族には聞こえない。エルフ族にだけ聞こえる合図だった。


 矢が放たれて、敵は予想外の射撃を浴びていた。パターンを知ったと考えていたから、勇敢に走ってもいた。鏑矢の歌が聞こえたら、避けるつもりだったのだろうが、これでパターンは消えた。


 三度の一斉射撃を浴びて、敵には死傷者がかなり出ていた。そして、パターンも読めなくなった。考えものだな。リエルは再び魔笛を吹いたようだ。今度は風ではない合図。弓兵隊が動きを変える。黒い森へと潜り込む……。


 そして、しばらく何もしない。敵兵は死傷者を担いで、後退させる。少人数の方が利があると判断した。範囲には注ぐが、矢が一カ所に集まっていないことに気づいた。こちらの攻撃を放つ者たちに、自分たちが見えていないことを悟った。


 だから、少数を選んだ。


 当てずっぽうの範囲攻撃ならば、兵力をあえて少なくすることで、接近することが出来ると判断した。数が少ない方が、当たりにくいし……足音も消せる。エルフ族なら、敵隊列の足音でも大まかに敵の位置を悟るからな。


 少数になった敵兵どもが、かなり静かな歩法を選ぶ。30人ほどの兵力にしてしまったな。しばらくは自由に泳がすが……ヤツらは黒い森に隠れた弓隊に気づけなかった。リエルはトドメの鏑矢を放つ。


 敵兵たちの北側に向けて矢を放つ。敵兵の何人かが、その矢に引かれて右を向き、あるいは立ち止まった。その瞬間、黒い森からエルフの矢が放たれていた。南側に隠れていたのさ。


 敵の偵察が全滅する。エルフの弓兵は、そいつらの装備をかっぱらう。弓はへし折り、矢は奪った。そのまま、敵に向けて接近する。死傷者を背負いながら後退していた敵兵たちを、背後から矢を浴びせるのさ。


 コイツらは殺さない。慈悲から来る行いではなくて、戦術的な意図がある。使い物にならなくした負傷者を、敵に救助させるわけだ。そちらの方が、敵に対して負担を与えることもあるし……生きているヤツらから三人ほど拉致してくる。


 捕虜にして、情報を吐かすんだよ。


 そして、再びリエルは魔笛を吹いた。せっかく、敵の本陣に近づいたんだからな。矢を射る機会は逃さない……敵の最前列に風に乗った矢が降り注いだ。死傷者を出したが、これで潮時だ。敵の本隊が、動き始める。


 足を止めて休ませることはない……休息など与えてやる必要はない。一晩かけて『ノブレズ』から歩いて来ている……一分だって、休ませてやるかというわけだ。


 いい部隊だ。オレたち『パンジャール猟兵団』の『血』を、しっかりと引き継いでいるぜ、『バガボンド』はよ!!



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