第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その7


「南か。あちらは、どうなっている?」


「ハイランド王国軍と帝国軍の一部が、衝突しました。本格的な戦の前に行われた小競り合いです。結果は、ハイランド王国軍の圧勝です」


「だろうな。戦士としての質が、あまりにも違い過ぎる」


 『虎』の群れだ。帝国兵がマトモに戦って、どうにかなるような連中ではない。相手になるとすれば……元・北天騎士の部隊のみ。


「……『彼ら』は動いているのか?」


「工作が功を奏しているようです。元・北天騎士の経歴を持つ兵士たちの部隊は、帝国軍の左翼……南端部に追いやられている」


「ウフフ。本国から、最も遠い場所に配置していますのね?」


「そ、それって、つまり……」


「ええ。帝国軍は彼らを信用出来なくなりつつある。ハイランド側の工作も、有効だったようです」


「……彼らと通じているような手紙を送るか」


「ジグムントさんは、フーレン族でもありますからね。帝国は彼らのあいだの絆を確信することになるでしょう」


「そもそも、ジグムントは『十七世呪法大虎』の娘の夫……親戚筋だな」


「そ、その関係性を強めるために、カーリーちゃんを、ボクたちに預けたんでしょうか、『呪法大虎』さんは……?」


「ありえるハナシだが……そこまでは考えていなかったのかもしれない。その事実を周知徹底させたいだけなのならば……カーリーをこの土地にまで連れて来る必要もない」


「……ええ。世俗から離れていたというのは、本当かもしれません。『十七世呪法大虎』さまは……もっと個人的な理由で彼女を我々に託されているのかも……」


「政治に使いたいのなら、むしろ手元に置いておくべきですものね」


「……ふむ。ならば、どんな理由なのか……伯父上を手助けに行かせる?あるいは、戦場から離すためか……?」


「……そっちの理由は、プライベートなコトだろう。カーリーが必要なタイミングになれば話すさ」


「……うむ。そうだな。詮索すべきコトでもないか」


「はい。とにかく、ハイランド王国軍の方は心配が必要なさそうです。エイゼン中佐の部隊が、『アリューバ海賊騎士団』の他の海賊船たちと協力しつつ、北海沿岸の軍港に近づいてもいます」


「ジーンがこっちに来ているが、誰が指揮を執っているんだ?」


「もう一人の天才ですわ」


 レイチェル・ミルラがウインクしながら教えてくれたよ。もう一人の天才、思い当たるのは、ただ一人だった。


「……フレイヤ・マルデルか!」


「フレイヤ!我が友、エルフ仲間だ!……うむうむ。公務ばかりでなく、戦もこなすとはな!……戦う議長……私も、王族として目指すべきスタイルだ!」


 リエルは我がことのように誇らしげだったよ。フレイヤとは仲がいいからな。『属性付与/エンチャント』についても、コツをならったりしていたしな。


「彼女ならば問題はなさそうだ。ジーンと同格。むしろ、海賊たちにはヤツよりもよほどフレイヤの方が愛されているんだからな」


 海賊たちの覇気が桁違いに上がりそうだ。国家元首という地位だけじゃなく、フレイヤ・マルデル自身に対して、多くのアリューバ海賊たちが惚れ込んでいる。力も意志も、そして、あの可憐な外見も、男たちが命を捧げるに惜しくない価値なのさ。


「じゃ、じゃあ。『アリューバ海賊騎士団』は、ほとんど出払っているんですね?」


「そうなります」


「……敵は、西にはおらぬ。大丈夫だろう」


「そうですね、リエル。それに……それだけじゃありません」


「どういうことですか、ロロカ姉さま?」


「ザクロアとアリューバとのあいだにあった歴史的な対立は解決されてはいません」


 羽根戦争。


 主要な輸出品が、あの二つの国は同じだった。そして、商人の力が強い国でもある。似た者同士の商業国家が、海を挟んで向かい合っていたものだから……過去、幾度となくザクロアとアリューバは戦を起こして来た。


 歴史は必ず繰り返す。


 両国は隣接しているし……そして、何よりも同種の産業を有していることが、戦いの原因と成り得るのだ。お互いに対して、気を緩めることは不可能なのさ。それでいい。軍事的な緊張があることで、保てるバランスもある。


 自分よりも弱い国にしか、攻め込まないものさ……負け戦を好む者は少ない。


「両国は、正直に言ってしまうと、かなりの不仲です。ですが、『自由同盟』と帝国との戦いが、東へと移ったことにより……ザクロアとアリューバの両国の軍を、同時に東へと向かわせることで、軍事的バランスを取りました」


「……相手の戦力が、同時に東に行くことで、お互いを侵略する力も失われたわけですね……?」


「ええ。商業国家らしいと言いますか。その取引は、すみやかに締結されたようですよ」


「……な、なんだか、複雑なんですよね。両方の国と、仲が良いボクたちからすると……意外というか……皆、仲良く出来そうなのに……」


 ジャンはザクロア生まれではあるからな。祖国と呼ぶほどには、そう長くはいなかったかもしれない。南に南に森を伝ってヒトを避けるように逃げて、レッドウッドの森でコソコソと暮らしていたからな……。


 だが。ザクロアの自由騎士たちとへの想いは強い。ザクロアとアリューバが対立していると聞かされたら、心が苦しくなるものだろう。


 ……そいつは、ここにいる全員が同じだった。ヒトの社会から隔絶されて育った男が見る、ヒトの社会の争い……それには、どうにも不自然さを覚えてしまうらしいな。


「残念なことですが、利益が関わると、ヒトは争いを起こすものです。ヒトを支配するための『正義/政治力』か、『お金』。戦は、それらが原因となって起きるものですから」


「よ、世の中って、複雑なんだなって感じます。殺し合いになれば敵ですから、殺すことに躊躇いを持つことは一度もありませんけど……帝国のように、ボクたちと全く違うから敵だってことは分かりますが……ザクロアとアリューバは、似ている臭いがするのに」


 似ているからさ。


 その残酷な言葉を、純粋なジャン・レッドウッドに使えるほど、オレもロロカ・シャーネルも強くないらしい。


 ……同じ『正義』に基づいた国だとしても、商売が絡めば殺し合うことになる。肉屋がライバルの肉屋に放火するようなものさ。商売敵が消えれば、ヒトは大もうけすることが出来るからね。


 羽根戦争ってのは、悲しいかな、そういう現実が作った歴史の一つだった。


「……ウフフ。ジャン。ヒトの世の不条理を考えるのは、良いことだと私は思いますわ」


「れ、レイチェルさん……」


「対立する理由を知ることで、それらを回避することも可能となるかもしれないですものね」


「は、はい。そんな気がします……」


「ヒトの世の中に参加すると、どうにも複雑な気がしてしまうものだけれど。この世の中を動かしているのは、しょせんはヒトの欲望や願いでしかないはずよ。それを知れば、きっと、よりオトナになれる……」


「……強く、な、なれますかね?……ボク、ザクロアとアリューバが、戦をする日は、見たくないんです。賢くて、強ければ……それを回避する道とかも、見つけられるでしょうか?」


「……弱く愚かであるよりは、見つけやすいハズですわ。成し遂げたいことが、いつか訪れるまで。力を磨くのも良いことよ、ジャン・レッドウッド」


 母親みたいな笑顔で、レイチェル・ミルラは語るのさ。ジャンは、うなずいていた。感銘を受けたのかもしれないな。


 ……しかし。ジャンの成し遂げたいこと、か…………半ば、勝手にレッドウッドの森から連れ出したからな。オレたちの目標がジャンの目標ではあるが……ジャン自身の目標とかは……無さそうなんだよな。何か見つかるといいんだが……。


 レイチェルは、逆に明確だった。


 夫とサーカス団の仲間たちの仇を取る。帝国兵をより一人でも殺し、帝国を一日でも早く滅ぼす。それだけだ。それだけのために、レイチェル・ミルラは生きている。


 ……いつか、全てが終わったら。


 レイチェル・ミルラは息子の元に戻るべきだな。そして、サーカスにも戻るべきだろう……彼女の踊りも歌も楽器も。最高にカッコいいんだからね。天幕の下で踊る彼女こそが、きっと真の姿なんだよ―――。


「―――少し、脱線してしまったな」


「……はい。とにかく、南は順調です。我々は、こちらの戦いに集中するだけでいい。『自由同盟』の仲間のために、我々が欲しい『未来』のために……敵を、止めます」



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