第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その32


 ジグムント・ラーズウェルと数名の北天騎士が招かれていたのは、伝統ある古い建物だった。四階建ての石造りの市庁舎だ。オレたちもその中へと入って行く。


 重厚な木の扉を開けた先には、玄関ホールが存在し、そこには町の名前の語源であろう、海神ザンテリオンの殉教聖者である『アルニム』の石像が設置されていた。


 右手に書物を持ち、左手を空に掲げている厳格そうな老人の石像だ。


 その大きな石像の左右を二階へと続く階段があり、そこを昇ると『第一会議室』のネーム・プレートが打ちつけられた扉がある。


 見張りの北天騎士が一人いたが、オレに気がつくと、その場をどいてくれたよ。


「……ジグムント、入るぞ!」


「ああ。入ってくれ、ストラウス殿よ」


 ドアを押し開き、オレたち四人は会議室へと入る。古い書物の臭いがしたよ。この部屋の壁には巨大な書棚が埋め込まれていた。歴史のある書物たちだな。膨大な量の議事録らしい。


 『アルニム』の議会で話し合われた、多くの事案があれらにはまとめられているのだろうな。ロロカ先生というよりも、オットー・ノーランが好みそうな気がする。彼は歴史にまつわるものが大好きだからな。


「……そなたが、翼将ケイン・ストラウス殿のご子息か?」


 部屋の中央に置かれた巨大な円卓には、トマズ・ラドウィックが席に着いていた。この老人はうちの親父に面識があるのだろうか?


「そうだ。我が名は、ソルジェ・ストラウス。翼将ケイン・ストラウスの四男だ」


「……そうであったか」


「親父を知っているのかい?」


「名前だけはな。炎のように赤い髪をしているとも聞いたことはある……9年前、私たちはガルーナに援軍を出すこともなかったのに……すまないな。君は、我々に協力してくれるという」


「……9年前のことは気にするな。オレたちは同盟を組んでいたわけじゃない。相互不可侵の不文律を守っただけだ」


「わかった。くどくは語るまい。ただ深い礼を!……ありがとう、ガルーナの竜騎士ソルジェ・ストラウス殿よ!……貴殿は、我々の北天騎士たちを窮状から救い出してくれた恩人だ」


「……ああ。町を包囲するような形に軍を置いてしまい、すまないな。だが、アレは今では帝国軍の攻撃からこの町を守る陣形だ。気を悪くしないでくれると助かる」


「……我々も戦況は理解している。だからこそ、町の者たちは私を都市代表に推してくれたのだろう」


「元・北天騎士だと言ったな?」


「そうだ。私ならば、戦には詳しい。長年、この土地で戦い抜いて来たのだからね。今では、すっかりと両腕は枯れ木のようではあるがな」


 トマズ・ラドウィックは袖をまくり、オレにその古強者の腕を見せてくれる。確かに老いた肌をしていた。しわだらけではあるが―――その腕のあちこちには深い古傷の痕が無数に走っていた。


 彼の言葉に嘘偽りはない。


 何十年も、この『ベイゼンハウド』の守り手だった。


「……安心を覚えられる腕だよ。長い戦歴を持つ貴方ならば、この戦において我々の大きな力となりそうだと信じられる」


「ああ、少なくとも、商人上がりの他の議員よりは、こんな状況には向いているだろう。さて……立ち話というワケにはいない。席に着いてもらえるかな?……やがて、紅茶も届く」


「わかった」


 オレたちは促されるままに円卓の席に着いた。


「それでは、そちらの御仁たちをご紹介してもらえるだろうか?」


「ああ。この女性はオレの参謀役を務めてくれる。アイリスだ。そして、となりのエルフ族がイーライ・モルドー、この町を囲んでいる『バガボンド』の指揮官だ」


 アイリスの正体を誰にでもバラすことはしないさ。だが、嘘はついていない。ルードのスパイであることを秘密にしただけでな。


「よろしく、ミセス・アイリス。そして、モルドー殿」


「ええ。よろしく」


「……お初にお目にかかります。サー・ストラウスから、『バガボンド』の指揮権を預かっている、イーライ・モルドーです」


「見事な戦でしたぞ、モルドー殿。帝国兵しか、そなたたちは排除しなかった。非戦闘員に対する被害はない」


「……ええ。我々は、サー・ストラウスの軍。事実上のガルーナ王国軍と認識してもらっても構いません」


「なるほど。ストラウス殿は、ガルーナを継ぐ気でおられるのだな」


「そうだ。近いうちに、ガルーナを取り戻す。オレはガルーナ王となる男だ」


「……そなたならば、その野心、必ずや叶えられるでしょうとも。そなたの軍勢は、とても有能な者がそろっている……それで、その四人目の人物は?」


「……彼は、『アリューバ海賊騎士団』の長である、ジーン・ウォーカーだ。帝国海軍を殲滅した立役者の一人」


「ほう。見た目よりも、ずっと剛の者であるようですな」


「……見た目で船を操るわけじゃないからね。オレは、海では負けない。海でオレより強い唯一のヤツは、こないだアリューバの海で死んだからな」


「心強いお方のようだ。しかし、どうも海賊と聞くと、どうにも心が騒いでしまう」


「アリューバ海賊は、この土地を荒らしたことはないよ」


「ああ。そうですな」


 ……それでも、やはり海賊という立場に対して、トマズ・ラドウィックは良い印象を持たないようだ。


 至極、一般的な反応ではあるな。だが、双方のために言うべきコトは言っておこう。


「ラドウィックよ。『アリューバ海賊騎士団』は帝国と戦う組織であり、我々の志は一つだ。我々がお互いを裏切らない限り、我々は仲間だ」


「……ええ。分かっております。海賊となれ合うことは、北天騎士として、いささか抵抗は残りますが……帝国と戦うことを決めた以上、私たちには力がいる」


「その認識でいいよ、都市代表さん。オレたちも、誰とでもなれ合うつもりはない。あくまでも、友であるサー・ストラウスの頼みだから、オレは彼の軍を運んだだけだよ」


「男の友情は可愛らしいわね」


 何だかアイリス・パナージュお姉さんにからかわれてしまっている。オレとジーンは、二人して顔を赤くしてしまうな……。


「ハハハハ。さすがは、ストラウス殿だ。興味深い交友関係をお持ちのようだなぁ」


 ジグムント・ラーズウェルが、もしかしたらこの場を和ませるために笑っていた。あるいは高度な計算などなく、たんにオレの友人が海賊だと、彼には笑えるだけなのかもしれないが……。


「……とにかく。我々は、そういうメンバーだ」


「ええ。認識しました」


「じゃあ!私が司会を務めさせてもらっていいかしら?」


「オレに異存はない。彼女は、おそらくこの場にいる誰よりも知恵が回る」


「ストラウス殿の推薦ならば、私も文句はありません。レディーよ、我々、男だけではこの会議は進みが悪かろう。頼めますかな?」


「ええ。もちろんよ、トマズ・ラドウィック都市代表。まずは、我々が持っている情報を都市代表に教えます。ジーンくんもイーライさんも、状況を完璧には把握していないでしょうからね……私は、旦那から最前線の情報も聞いたから、詳しいわよ」


 ……さすがは、ピアノの旦那だな。いつの間にやら情報交換済みかよ。『ルードの狐』とそのパートナーという人々は、本当に有能だぜ。


 紅茶が運ばれて来たよ。我々はそれを口にしながら、アイリスの説明を聞いていく。敵の残存兵力に、ジークハルト・ギーオルガとセルゲイ・バシオンの人間関係。ホフマン・モドリーが己の集落に即席ながらも強固な砦を作り上げていること。


 ……おそらく、明日の午前中には、その砦に帝国軍が攻めて来る可能性が高いこと……それと連動するように、『ガロアス』から軍隊が南下して来るであろうことも伝えたよ。


「……それがサイアクの予想であり、間違いなく現実になると思うわ。あちらは北天騎士団の体力が回復することを恐れているはず。バシオンは『北天騎士団』との戦いを経験している人物だからね」


「ふむ。北天騎士が弱っている状態を攻めてくるか……定石ではあるな」


「ええ。こちらが体勢を整えるよりも先に、攻撃したいはず……『北天騎士団』の復活は『アルニム』以外の市民たちに反抗の意志を波及させる。ヤツらはこの『反乱』を明日のうちにでも制圧したいと考えているでしょう」


「……ならば、どうすべきだね?……守りを固め、時間を稼ぐか?」


「北天騎士らしい発想ね。でも、だからこそ敵はそれを読んでいるわ」


「……たしかに、オレたち『北天騎士団』の戦いは、『守ること』が信条だしなぁ……そして、その選択は、オレたちが選択すべきことのように思える……しかし、それだけに帝国には、バレているということか」


「そうよ、ジグムントさん。私たちは、守るためにも敵を攻撃するべきだと、私は確信しているわ」


「オレたち『アリューバ海賊騎士団』の海賊船による陽動では、足りないのかい?」


「足りないわね。陽動は、もう、しちゃったもの。二度目は通じないわ」


「……じゃあ、通じない二度目に、本命を混ぜるってことかい、お姉さん?」


「そうよ。敵は、我々が守ると信じている。ならば、むしろ攻めるべきだわ。敵の虚を突けばいい……敵は、こちらに攻め込んで来る分だけ、『ノブレズ』は手薄になるものね?」



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