第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その31
『もってきたよー、へたれー!!』
そう言いながら、ゼファーは『アルニム』の広場に着陸した。周囲にいた民衆からは悲鳴が上がるかと思っていたが、やはりゼファーの愛くるしさは無敵だな。意外と騒ぎは少なかった。
『ちゃーくち!』
可愛い声と地面を揺らしながら、ゼファーがオレの言いつけを全うしてくれた。ああ、揺れたのはゼファーの背中の上にいたジーンだな。あえて衝撃を伝えて、背中に乗っているジーンのことを、ゼファーは振り落としていた。
「あ、あぶな……っ」
それでもどうにか着地するのが、ジーン・ウォーカーだな。軽薄さと身軽さがあるんだよね。あと、ムカつくけど顔がいい。
あのサラサラとした黒髪を潮風に揺らしながら、ジーンは苦笑する。
「……どこか、サー・ストラウスのところの竜は、オレのことをバカにしているような気がするんだよなぁ……」
「気のせいだ」
『きのせいだ』
親子そろって言葉がシンクロする。なんだか愛を感じるよな!オレとゼファーは、見つめ合って、ニシシと笑うのさ。
「……へー。これが、『アリューバ海賊騎士団』のジーン・ウォーカーね。それなりのイケメンってのは聞いていたけど、それなり以上のイケメンじゃないの!」
おばちゃん臭い黄色い声を上げていたな。アイリス・パナージュお姉さんってば。
「あはは!そうでしょう?……オレ、そこそこモテているんですよ、エルフのお姉さん」
「まあ。お姉さんですって!サー・ストラウスの口から出て来る言葉と違って、素直にオトナの女性をリスペクトしているのが分かる……っ!いい響きだわ!」
「……オレだって、君のことを心の底からリスペクトしているんだぜ、アイリスお姉さんよ」
「ほら。どこか嘘くさく聞こえるわ」
それは君の年齢に対する劣等感からくる被害妄想が入っているんだよ……そんな言葉を口にすればケンカになるかもしれないから、言わないさ。
「お姉さんも、『パンジャール猟兵団』の猟兵なの?」
「いいえ。彼らのメンバーに数えられて嬉しいけれど、私は違うわよ」
「……北天騎士ですか?」
「私が、女騎士サマ?……カッコいいわね!」
「違うんですね。それじゃあ……お姉さんは、ルードのスパイってところですか?」
爽やかな微笑みと共に、そこそこ賢いジーン・ウォーカーはアイリス・パナージュお姉さんの正体を言い当てていたよ。
アイリスは嬉しそうにうなずいた。
「そう来なくちゃね。それくらいの頭はしているだろうって、私は貴方のことを買っていたのよ?」
「初めて見たオレをかい?……なるほど。アリューバにスパイを送り込んでいたのは、帝国海軍だけじゃなかったわけだ」
「あら。余計なコトを口にしちゃったかしら?……マルデル議長には秘密よ、ボーヤ?」
「……ボーヤ。あはは。子供扱いされちまっているなぁ」
「まあ、彼女からすればオレたちみたいなのはケツの青いガキだ。年季が違うのさ」
「ほら。ことあるごとに、ババア扱いするのよ?」
「……してないさ。ベテランに対するリスペクトだよ」
「ああ。ルーキーって呼ばれたい」
「……いや。さすがに、それはムリだろ?」
「まあ。自分でもムリがあるって分かっているわ。さて。イケメン海賊クン」
「なんですか、スパイのお姉さん」
「私の名前は、アイリス・パナージュ。ルード王国のスパイよ。あまり、私の正体について広めないでね?」
「……ええ。オレは、サー・ストラウスと違って紳士ですから。レディーの秘密を軽々しくは口にいたしませんよ」
「ウフフ。いい子ね。サー・ストラウスも、これぐらい素直で可愛げがあればいいのに」
「オレは素直に生きているよ」
「そのせいで、何かが欠けてるのよね。顔の作りは悪くないのに、何かイケメンじゃないもの」
「オレの顔面の点数よりも、先を急ごうぜ。ジグムントたちと合流して、作戦会議をするとしよう……ゼファーは―――」
『―――ぼく、くじらをつかまえて、たべておくね。そのあと、『ひゅっけばいん』のせなかでねてる。あそこ、とてもおちつくんだ』
「そうか。そうしてくれ」
『うん!おしごとがあったら、よんでね!すぐに、かけつけるから!!』
夜空に合う漆黒の翼で羽ばたいて、ゼファーは海へと向かう―――ルルーシロアとの戦いで得た経験値が、ゼファーの体を作り変えようとしているのだろう。肉が必要だな。クジラならば、手っ取り早い。
巨大な肉をたらふく貪り、新たな体へと進化してくれ、オレのゼファーよ!!……きっと、今ごろ、ルルーシロアも肉を喰らい、深い眠りにつきながら肉体を変えているころだろうさ……。
「……クジラを捕るのか。相変わらず、竜って、スゴいもんだな」
「ああ。幸い、もう1匹、竜を見つけたぞ。ここらの海にやって来ている。注意しろ。人肉も好んで食らう」
「マジかよ!?……ああ、恐ろしい」
「恐ろしいが、美しくて可愛い。名前は、ルルーシロアだ。体長推定9メートル超の、十才ぐらいの女の子でな」
「……なあ、それのどこが可愛いんだよ!?」
「白い翼で愛らしい。そして、強い。ゼファーの黒ミスリルの鎧を、たやすく破壊したんだぞ。ヒトを焼き払う高貴な炎も吐く。ああ、尻尾の打撃も鋭くてな?危うく殺されるところだった!」
「……怖くなる要素しかないんだけど……?……大丈夫かな、北に行かせたヤツら?」
ヘタレ野郎が肩を落としている。相変わらず、海賊のくせに心配性だな。
「今夜は大丈夫だ。ゼファーとの戦いの疲れを癒やしているはずだ。明日以降は、危ないかもしれないがな……より、強大になっているはずだぞ」
「だから、どうして嬉しそうなんだよ!?……分からない。ホント、サー・ストラウスには理解が出来ないところがあるよ」
「はいはい。じゃあ、個性的な連中同士が相互理解を深めるためにも、ジグムント・ラーズウェルのところに向かいましょう?」
オトナのレディーに仕切られて、オレとジーンは、はーい、と言葉を合わせていたよ。
イーライ・モルドーにも苦笑されていた。オレとジーンの会話は、どこか愉快なペースになりがちだ。二人ともおしゃべり野郎だからだろうかね?……十秒と黙ることもなく、軽薄な海賊の口が動いていた。
「……いつものことだけど、サー・ストラウスは戦場にばかりいるよな」
「傭兵だからな。海賊だって、海にばかりいるだろ?……潮風のしないところで、お前を見かけたことはないぞ、ジーン」
「へへ。そうだね……再会を祝して、呑みたくなるけど。今夜は、お預けのパターンになるかな?」
「……ああ。海賊船のビールを呑んで、思いっきり眠っちまいたいところだが……敵の動きが気になるからな……」
「働き過ぎだよね、サー・ストラウスも」
「放っておけば、帝国が力をつけ直すかもしれん。そいつは困るだろ?」
「……そうだな。『自由同盟』だけじゃなく、オレたちアリューバも困る。だから、協力しているんだよ……」
「……よく来てくれた」
「まあ、オレとサー・ストラウスの仲だからね。呼ばれれば、海でつながっているトコロなら、どこにでも行くよ」
「……なるほど。たしかにイケメン野郎だな、ジーンは」
「へへへ。そうそう、王子さまみたいって言われるよ」
「王子さまなら、さっさとお姫さまと結婚の一つでもするべきだな」
「そ、それは……い、いいんだよ?……オレの愛は、サー・ストラウスみたいな節操がない獣みたいな愛情とは違うんだからね!」
「……うちの四人夫婦の愛情は、夫婦愛の象徴にすべき純愛だと思うがな」
「……文化の違いよね?」
「……お姉さんの言う通りだよ。価値観に隔たりを感じるんだ」
「と、とにかく!皆さん。この屋敷のようですぞ」
「……ああ。市庁舎ってトコロだな、イーライ。ジグムントたちの気配を感じる」
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