第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その17


 役割分担に徹することにしよう。オレは竜太刀を使い、北天騎士たちの鎖を切断していくのさ。この作業は、オレやピアノの旦那に向く作業だからな。


「足の輪っかまでは外せないが、これで動きやすくはなっただろ?」


「ああ。足が動かせるようになる」


「……もうすぐ、ここに武器を運び込む。アンタたちが満足する鋼ではないかもしれないが、それなりに重量のある、いい剣だ」


「……全員分なのか?」


「いや。せいぜい、百人分というところだ。だが、アンタたちなら、いくら弱っていたとしても、鉄ぐらい斬れるだろ?」


「ああ。斬れるさ。その剣が、よほどのナマクラじゃなければよ」


「悪い鋼ではないはずだ……とにかく、それに備えるぞ。並んでくれ」


「よし!みんな、ストラウス殿の前に並ぶんだ!……リベンジに備えるぞ!」


「おお!」


「帝国人と裏切り者どもに、復讐の時だぜ!」


 ……オレとピアノの旦那の前に、北天騎士たちが並ぶ。竜太刀との手斧を怪力で振るい、鎖を力任せにぶっ壊していく。第一収容所にいるだけでも、6000、隣接する第二と第三にも1000ずつ……。


 全員の鎖を壊してしまうことは、とてもじゃないがムリだな。時間が足りない。それでも、より多くの者を動けるようにする……今夜は『逃げる』ことになる。戦じゃ、最も兵士が殺される、サイアクのシチュエーションだな。


 ……策は練っている。それでも、最終的には個々の力が試されることになるだろう。とにかく、今はこの作業を続けるのみだ。


 鋼を裂きながら―――その呪術を帯びた鎖を斬りながら、思い出していた。『ジャスマン病院』の地下にあった、あの肉のカタマリと、バスタブに入れられていた北天騎士の遺体たち。それを繋いでいたのも鎖だな。


 死体を呪術の素材にしただけかと考えていたが、より凶悪な搾取なのかもしれない。死者からすらも、魔力を奪う……より合理化した搾取の形式の探求でもあるのかもしれん。


 本当に、家畜扱いというかな。


 ヒトの悪意の本質を見ているような気持ちになる。悪意ってのは、実に計算高く、実に合理的に……己の利益を追求する行為のことでもあるのさ。その他の全てを、犠牲にする行いだよ。帝国人にとっては、亜人種を殺しながら己の利益のために利用したいんだろう。


 そうすることで富を作れるから。


 そうすることで……他者を見下し消費することで、己が特別な存在であるように実感することが出来るからだ。


 ヒトってのは、しょせん、金銭欲と、劣等感の克服を求めているだけの動物に過ぎん。


 ユアンダートと帝国議員たちは、臣民たちからの支持を、そうやって集めようとしているわけだし、実際、とてもよく機能している。


 ……オレは、この鎖を断ち斬る作業が、死ぬほど誇らしいぜ。ヤツらの悪意の一部を、オレの手でぶっ壊しているのだからな……。


 30人分の鎖を壊した直後だったよ、ジャンが急ぎ足で戻って来た。


『団長!だ、第二と第三の制圧も完了!……『武器』を搬入しても、よいそうです!』


「……よし!……ゼファー!」


 左眼に指を当てながら、ゼファーに語りかける。崖の上に『武器』を運び終えているんだからな……。


 ……ゼファー。その『武器』を持って来てくれ!……北天騎士たちに剣を取り戻させるんだ!!


 ―――らじゃー!!そっちに、はこぶね、『どーじぇ』!!


 ゼファーは崖の上に運んでいた『武器』を回収しに向かう。鞘に入った肉厚の長剣たちを、ロープでがんじがらめに縛り上げたものだ。ゼファーはそのロープの一端を口に咥えると、そのまま宙へと浮かぶ。


 そして、第一収容所の屋根にやってくると、武器の束を屋根に降ろしていた。


 ―――はこんだよ、『どーじぇ』!


 ああ。ありがとう。上手だったぞ!


 ―――えへへへ!


 引き続き、上空から皆を見守ってやってくれ。


 ―――らじゃー!!


 ゼファーが夜空の高い場所に向かう。リエルたちの姿を、ゼファーの瞳は映していた。西側のルートを切り開いた後で、収容施設群を取り囲む壁の攻略を始めている。門番を仕留めて、門の鍵を外すのさ。


 その門をこじ開けて、北天騎士たちは西へと逃げる予定だ。順調だな。敵の見張りを排除してくれている……逃げ道は完成している。外にさえ出られれば問題はない。そこが、最も難しいことではあるのだがな。


 ホフマン・モドリーの設計は、少数の兵士で多くの囚人を管理させることを実現しているのさ。天才と自称するだけの実力はあるんだよ。


「……さてと。屋上に竜が剣を運んでくれている。鎖を外した者たちから、剣を回収しに行け。そして、その剣で、仲間の鎖を断ち斬ってやるんだ」


「おう!」


「竜か!」


「さすが、ガルーナ人だぜ!」


「……囚人だってことを忘れるな?」


 北天騎士たちが苦笑する。


「そ、そうだな。静かにやるよ、可能な限り」


「ああ。コッソリと動け。敵に悟られるなよ……戦うことは、今夜は可能な限り避けたいんだよ。全員で脱走すれば、必ず敵にバレる。若くて健康な敵兵が追いかけてくる。こっちは、ほとんど非武装な上、どいつもこいつも疲れているんだからな」


「……『アルニム』まで走るか」


「その東のドワーフたちの集落だ。そこまで行けば、どうにか追っ手を止める手段があるんだ」


「しかし、その集落は……」


「ホフマン・モドリーがいる」


「……そうかよ」


「わだかまりは捨てろ。彼の協力で、オレたちは君らを助けられるんだ」


「分かっちゃいるがな……」


「ならば彼への恨みは捨てることだな。我々は弱く、数が少ない。全ての者が力を合わせることでしか、帝国と戦うことは出来やしないぞ」


「……そうだな、分かっている。オレたちは、帝国ともう一度、戦う。そして、今度は誰に何を言われようとも、戦いは止めん……」


「ああ。帝国人は共存の道を持たない。ガルーナや『ベイゼンハウド』らしい生き方をするためには、ヤツらから国を奪い返さなければならない。このまま進めば、人間族以外の者は……この大陸から一人もいなくなる」


「……大きな戦になるな」


「そうだ。だからこそ、今夜は逃げる。生き延びるんだ。そして、体勢を整えて、本当の反撃をする」


「……分かった。オレも剣を取ってくる。仲間の鎖を、切るんだ」


「そうしろ。鎖を斬るときは、音を立てないように注意しろ。服の布を当てて、音を消せと伝えろ。無音で斬れるほどには、新しい剣には慣れてはいないはずだからな」


「ああ」


 ……エルフの北天騎士も屋上へと向かう。


 オレたちはしゃべりながらも、作業を続けていたぞ。40人、50人……いいペースで、鎖を壊し続けている。


 オレとピアノの旦那の作業に、ジャンも合流してくれる。牙を使って鎖を噛み千切るのさ。『狼男』の牙の強さは鋼よりも硬いからな。


 解放された北天騎士たちもこの作業に参加してくれるが―――だが、さすがに時間がかかるというものだな……キリがない行為ではある。8000人の鎖を、全員分、砕いている時間はない。


 過半数が、鎖で動きを制限された状態での逃亡劇となるだろう。


 時間をかければ、必ずバレる。北部での陽動も、永遠に敵を引きつけてくれるわけじゃないしな……。


 万全な足回りではないままでも、動き出さねばならない。


「お兄ちゃん」


 ミアがメッセンジャーだった。この作業を終えて、新たなことをしなければならない。オレは、この収容所からの脱出ルートをこじ開けに行かなくてはならん。



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