第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その18


 ロロカ先生たちと合流するために、ミアといっしょに第一収容所の階段を降りていく。開け放たれた檻を横目で見ながらね。捕らえられていた北天騎士たちは亜人種ばかり……と考えていたが、そうじゃなかった。


 ほとんどは亜人種の北天騎士たちだが、人間族の姿もチラホラと混ざっている。全ての人間族の北天騎士たちが、帝国の政策や思想を受け入れたわけじゃなかった。


 当然と言えば、当然のことだが。


 ……ちょっと安心していた。


 人間族と、それ以外の亜人種。そんな形に分かれて争い続けるようになってしまうことは、避けたい現実だったからな……それでは、真の『ベイゼンハウド』に戻れない。帝国に歪められるまでの、かつて、全ての人種が共存していた無私の騎士たちの国じゃない。


 この檻のなかに、人間族の北天騎士たちがいてくれたことは、『ベイゼンハウド』の復活のために、大きな意味を持つことになるだろうさ。


 そうだ。


 オレが手に入れたい『未来』は、人間族と亜人種たちが対立している世界などではない。全ての種族が調和して生きる、かつてのガルーナのような、今のルード王国のような世界だ。人間族の北天騎士たちが、この場所にいてくれたことを、オレは誇りに思う。


 第一収容所の1階に辿り着く。


 ロロカ先生と、ジグムントと『チビ虎』のカーリーがいたよ。


「ソルジェさん。お待ちしておりました」


「ああ、待たせたようだな。状況は、どんなだい、ロロカ?」


「順調です。工作は成功しています。そちらは?」


「帝国のスパイを二人ほど倒したし、怪しげな『呪い』についても破壊した。『ジャスマン病院』の方には、もう数名の兵士がいるだけに過ぎない」


「……『呪い』、どんなものだったの?」


「……多分、カーリーの予想の通りだった。『古霊』と考えるに相応しいバケモノはいたよ」


「そう。でも……複数の用途があったのかもしれないわ」


「……呪いのプロフェッショナルであるお前に、後で状況を教える。そのときは、アドバイスをしてもらえるか、カーリー・ヴァシュヌ?」


「う、うん!任せなさい!」


 カーリーは得意げだな。プロフェッショナルとして、チームに貢献する。その行為は責任感を充実させることだからね。


 この子は、たしかに『十八世呪法大虎』の候補なのだろう。竜の背から見るだけで、地下にいた『呪い』の種類を予測した。


 ……現地に連れて行ったら、より多くを知れたかもしれないが―――あの惨状を子供に見せずに済んで良かったという事実の方が、オレには重要なことなのは変わらない。


「……とにかく、今は収容所から北天騎士たちを脱出させることに集中するぞ。ロロカ、どうすべき状況だ?」


「はい。ソルジェさんたちが屋上の兵士たちを排除してくれたことで、我々は動きやすくなっています。第二も第三の倉庫も開放済み……鎖を断ち斬ることは出来ていませんが、彼らの体調は比較的、良好なようです」


「……ほう。それは朗報だな」


「管理の方針が違うようです。第一に比べて、第二は人間族の者が多く、第三は人間族がいない……人種の構成を計画的に試しているようです。おそらく、ここは実験も兼ねている……学問を導入して、こんな管理をするなんて……許しがたい行為です」


 ……学者でもあるロロカ・シャーネルからすれば、この収容所施設群で行われている『実験』について、より細緻なところまでの邪悪さが分かるのだろう。彼女のサファイア色の瞳が、うつくしくも怒りに燃えているのがオレには分かったよ。


 彼女の怒りの言葉を聞いてやりたいところだが、今は時間が足りていない。


「ロロカ、この施設への怒りはオレも同じだよ……でも」


「……はい。今は、作戦を進めましょう」


「ああ。それで、どうすればいい?……リエルたちは、西へのルートを確保しているぞ」


「予定通りの行動ですね。ならば、私たちもすべきことは一つ。この収容所の壁を破ります」


「作戦も大詰めってわけだ」


「ええ。ホフマンさんからいただいた情報と、ジャンくんやピアノさんの偵察情報を合わせるに、この第一収容所の1階……その壁にも構造的な弱点が含まれています。その壁を破壊します。内側からの火薬はミアが設置済み。外から、ゼファーのフォローを合わせれば容易く砕けるはず」


 ギンドウ・アーヴィングの爆薬に、リエルが『紋章地雷』を施している。ゼファーの『炎』を近くに感じれば、誘われるように爆裂する仕掛けだよ。


 つまり、この壁の向こう側からゼファーが『炎』を撃ち込めば、『紋章地雷』と火薬が同時に炸裂する……内外から強烈な破壊が三種、発生することになる。


 二メートルの厚さがある石材の壁でも、崩れてしまうさ。もしも、それにすら耐えたなら?……オレとロロカ先生がいる。魔剣と霊槍のコラボで、ぶっ壊すとするさ。その必要は極めて低いと、ロロカ先生は考えているようだがな―――。


「―――第二と第三の人々には、すでにこの第一収容所のフロアに近づいて来てもらっています。体力のある彼らには、この壁の破片の除去を担当してもらうためです」


「いつでも行けるぞ、ストラウス殿よ」


「……そうか。ならば、ゼファーに『炎』を撃たせる……まずは、作戦の通り、町の東にある兵士の宿舎に対してな」


 最後の陽動を仕掛ける。そこに敵兵を誘導して、少しでも敵の気を反らす。宿舎が燃やされれば、兵士も救助に向かうだろう……警戒は強くなるが、8000人の脱走劇を気づかれずにやることは不可能だからな。


 バレるのならば、少しでもマシな形でバラすのさ。


 ゼファーと心を繋げる。


 ……ゼファーよ、リエルたちに教えろ。作戦開始の合図をな!


 ―――らじゃー!


 ゼファーが夜空のなかで回転したよ、わずかに魔力を高めながら。その行動にリエルたちは気がつく。ゼファーに視線を向けて、三人はうなずいていた。


 リエルとレイチェルの遠距離攻撃が、逃げ出して来る北天騎士たちを援護することになるな……リエルは今までガマンしていた行動を取る。監視用の塔にいる見張りを次から次に射殺しはじめていたよ。


 バレるのならば、派手に殺しても構わないからな。


 ゼファーは『メーガル』の町の東側にある、帝国兵士たちの宿舎に向かう。人手不足だからな。百人ほどしか、そこには眠っていないだろうし、破壊工作も施してはいない。それでも、木造建築だ。竜の『炎』ならば、十二分に焼き払うことが出来る。


 漆黒の翼で夜空を叩き、ゼファーは加速しながら獲物に向かう。


 口のなかに強烈な『炎』をため込みながら……角度と方角を調節した。宿舎の入り口を狙うんだよ。そこから真っ直ぐ、そして長く続いている廊下。そこに竜の『炎』を流し込むというわけだ。


 そうすれば……かなりの広範囲が燃えてしまうというわけだ。全滅させることは出来ないだろうが、一瞬のうちに大勢の兵士がいる宿舎が火事になってしまえば、帝国兵たちは救助に殺到することになるだろうよ。


 木造建築だからな、火災に備えての対策を帝国軍は構築しているはずだ。消防隊が駆けつけることになる……この『メーガル』は亜人種が多い町。地元の者は、帝国軍の消火活動には手を貸さないし、帝国軍も彼らを信じちゃいないさ。


 ……宿舎にいる兵士と、その兵士を救助するために動く兵士……それだけの人数は、しばらくのあいだ、収容所から遠ざけることも可能ということさ……。


 ゼファーは降下する。


 降下して、帝国兵たちの宿舎に近づく。居眠りしている門番たちの上空を通り過ぎながら―――竜の『炎』は解き放たれる!!


 黄金色の輝く『炎』のブレスが、宿舎の玄関を焼き払いながら、奥へ奥へと進んでいったよ。わずか二秒ほどの放射であったが、金色の灼熱はその施設の内部に深く注がれていく。


 踊り狂う灼熱は、火球に比べて威力は少ないものだが……よく燃える。岩にさえ火をつけてしまうこともある、竜の魔法の『炎』だからな。木造の宿舎ごときは、容易く炎に包まれていったよ。


 見張りの兵士たちは、何が起きたのか分からなかったようだ。


 だが、叫ぶ!!


「こ、攻撃だああああああああああああああああああ!!」


「宿舎に火を放たれたぞおおおおおおおおおおおおお!!」


 その叫びに気がついた物見やぐらの兵士が、火災用の警鐘を打ち鳴らし、大声で叫ぶ。


「火事だあああああああ!!火事だあああああああ!!東の宿舎が、燃えているぞおおおおおおおおおッッ!!」



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