第三話 『燃える北海』 その22


 竜の歌と共に、黄金色の火球が放たれる!!……凍りつくほどの高さからの加速に上乗せされた一撃は、金色の流星となって赤焼けの空に煌めきを描く―――これだけ速ければ、そして、この色ならば……夕日に紛れて、人間族の目には見えやしない!!


 速すぎる火球は音を突き破りながら、金色の呪印を目掛けて吸い込まれて、火薬庫の屋根も床もブチ抜いて、煉獄の灼熱を解放する!!


 熱量が火薬を反応させるのと、オレたちが地上から跳ね返ってきた音を浴びるのは同時だったよ。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッッ!!!


 火球の衝撃波だ。それに連続して、地上では爆発が連鎖していく。何十、何百もの火薬樽が引火して、連鎖し爆裂していくのだ……音と光と衝撃の風が、火薬庫から解放されて、当たりを焼き払いながら壊してしまう。


 作戦は成功だ。加速して威力を高めた挙げ句、誰にも見えない一撃。あとは、ここから飛び去ればいい!!


「ゼファー!!」


『うん!!』


 ゼファーが回転する。翼で空を叩き、減速させたのさ。グルグルと回転しながら、尻尾も使って空を打つ。6回ほど空の中で身を捻った後で、減速に成功したゼファーは、水平飛行に入る。


 海上スレスレを飛び抜けていく。


 翼跡に沿って、海が削り取られるみたいに波が千切れていった。垂直降下の魔法はやがて消えて、『ノブレズ』の沖合いの上空で、ゼファーはいつものスピードに戻る。


 翼をゆっくりと羽ばたかせ、北から吹く風に乗った。大きく緩やかな右旋回で、上空へと昇っていきながらオレとゼファーは、金色の瞳で『岸壁城』を睨むのさ。


 燃えていた。


 一部だけだが。


 あの火薬庫は完全に爆裂してしまっている。周囲に瓦礫と燃えている木片が飛び散っていた。『岸壁城』に我が物顔で棲み着いている帝国の兵士どもが、巣を子供の無邪気に踏み壊された、みじめな蟻のように……右往左往していたよ。


 悲鳴と怒号が放たれているのだろう。


 被害の無かった市街地の方まで、騒がしい。あまりの爆音と衝撃に、人々の静寂は破られてしまったのだ……。


「いい仕事だぞ。オレのゼファー」


『うん。『どーじぇ』の、『たーげってぃんぐ』があったから、あまりねらわなくてすんだのも、とってもよかったよ!』


「そっか。オレたちの勝利だな」


「うん。ぼくたちのしょうりだよ!』


 親子して笑うのさ。


 螺旋しながら飛ぶ夕焼け空と、暗がりを帯びていく北海……その場所で、オレとゼファーは勝利を確信してにやけていた。


 これで、敵は『ノブレズ』に警戒心を集めるだろう。


 謎の爆発について、ジグムント・ラーズウェルの犯行だと考えるハズだ。そうなれば、ここに兵力を集めるのさ……貴重な早馬を走らせるだろう。灯台や塔の先で輝く炎で連絡を取り合うかもしれない。


 戦に人員を割かれた今、この『ノブレズ』により多くの人員を集めて、ジグムント・ラーズウェルの攻撃に備えようとするよ。なにせ、昼間に百人以上を殺されたばかり。


 新鮮な痛みが、行動を支配する。


 ……敵は、ここに兵力を集めて、他を疎かにする……そうだ。他を手薄にする。『メーガルの第一収容所』を含めてな……。


 ゼファーの翼が螺旋を描くのを止めた。北海の上空を飛びながら、西に向かっている。こちらの方角は、『ガロアス』だった―――オレはゼファーの首のつけ根を撫でた。


「……行きたいのなら、少しだけ」


 その言葉にゼファーは大きな首を振り。左に向けて体を倒していた。それは決意の表明だったよ。


 オレは自分よりも仲間を優先してくれる竜の仔を、褒めてやるために言葉を使う。


「偉いぞ。オレは、お前のコトを誇りに思うぞ、ゼファー」


『…………えへへ。だって、みんなが、まっているんだもんね!はやく、もどらなくちゃね!』


「そうだぜ――――――」


 ―――オレたちは、ちょっと勘違いしていた。選ぶ権利が自分たちにあるかのように。それは一種の傲慢さだったのか。あるいは、油断だったのか……。


 どうあれ。


 オレとゼファーは、気づいていた。


 その視線にな。


 怒りを帯びた気配が……オレたちに近づいている。


「……っ!?」


『……ど、『どーじぇ』!?』


「……ああ。この気配。どこかで見ていやがる……」


『……で、でも。どこから?』


「……海の中だ。あの白い竜は、海のなかに身を隠す……」


『……それじゃあ、どこにいるのか……わからない』


 そうだ。分からない。隠れるのが上手なヤツだ。なにせ、『人魚』であるレイチェル・ミルラにさえ海中に潜んでいたことを悟らせることはなかったのだからな……。


 ……無視するべきか?


 ……いや。殺意を帯びた竜に対して、竜が背中を見せるのは、あまりにも危険なことだった。


「ゼファー。戦うぞ」


『え!?い、いいの!?』


「……すぐに決着をつけるぜ。アイツは、攻撃されることを好まない。こちらの攻撃を当てれば、すぐに退却するだろう」


『じゃあ、じかんをかけずに、おいはらえば、いいんだね……!?』


「そうだ。行くぞ!!海上に向かえ!!」


『うん!けはいが、すこしだけするほうこうに、むかうよ!!』


 漆黒の翼が踊り、ゼファーが北へと向き直る。


 白波が立つ、『ベイゼンハウド』の海……そこに、再びあの『霧』が発生しようとしている。また風を操って、冷えた空気と温かい風を混ぜていやがるんだな。


 ゼファーがその仕組みに気がつき、ポカンと口を開けていた。


『すごい……っ。ひとりで、こんなことが、できるんだ……っ』


「……そうだ。あの仔は一人で、これをしている。だが、これは……」


『……うん。まりょくのしょうひが、とてもおおきい!……だから、ながくたたかうことができないんだ』


「よく分かったな。そうだ。一人で使うべき術ではない……」


 才能がありすぎて、そんなことにも気づけない。


 やろうとしたことが、簡単にやれてしまうからこそ。その反動の意味を確かめられないわけさ。


「才能はあるが……経験と知識がない。そして、指導者がいない」


 オレたちの方に、色々と有利な点がある。たとえ、相手の方がゼファーより、多少長生きであったとしてもな……。


 霧はどんどん広がっていく。オレたちは、迷うことはない。その霧の中心を目掛けるように飛び込んでいく……。


『すごく、ふかいきり……しかも、まりょくが、わからなくなる』


「方向感覚を失うな。高度の感覚もだ」


『らじゃー!』


「泳ぎはあっちの方が上だ。あまり低く飛びすぎると、あの仔は下から噛みついてくる。スタミナは無いから、焦っている。攻撃的になりすぎているさ」


『……なるほど。じゃあ、あえて―――』


「―――面白い。やってみろ」


『……うん!』


 ゼファーは白い竜を釣るために、高度を下げていく。こちらも忙しい身だからな。いつまでもつき合ってはいられない。さっさと、格の違いを見せつけてやるとしよう。


 ……ほとんど無音。


 ほどんど気配はない。


 だが。探索用の『風』を放つ、オレとゼファーは、波の動きに違和を見つける。翼が翻り、漆黒の竜が空で乱気流のように暴れた瞬間、オレたちの直前の深い霧を斬り裂きながら、白い竜が海上に飛び出していた。



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