第三話 『燃える北海』 その23
……ゼファーの減速の技巧に、ヤツは引っかかってしまったのさ。高速で飛翔するゼファーに対して、攻撃を浴びせようとすれば、その軌道と速度を先読みして、予測した進行方向に突撃する必要があるんだよ。
白い竜は霧に紛れ込みながら、それを実行したが―――こちらの罠にかかっていた。ゼファーが空中でムチャクチャな動きをしたため、予測からわずかにズレた。その結果が、この空振りだった。
矢のような速さと鋭さの攻撃、躱されたのは二度目だろうか。昼間にオレを尻尾で打とうとして躱されて、今度はゼファーに躱された。
プライドを穢されたようだな。屈辱に震える瞳で、オレたちを睨みつけながら、霧の向こうに消え去っていたよ。追撃を仕掛けたいんだが、乱気流の舞いを踊ったせいで、こちらの体勢も崩れてしまっている……。
翼の技巧は、鋭いほどに反動も大きくてな。そう簡単に、連続させることは出来ない。
霧のなかにむざむざ逃がしてしまった事実は反省すべき点だが、ここまで体に触れさせずに回避したことは褒めちぎりたいところだ。
「……速いぜ。まるで、リエルの矢のように」
『うん!『まーじぇ』のやを、たくさんみてきたから、かわせた。いまの、『まーじぇ』のおかげ』
「……ククク!あとで、『マージェ』に聞かせてやるといい、とても喜ぶぜ」
『うん!……あいつを、おいかける!』
「ああ。霧は濃いが、探索用の『風』を放てば、音が反響する。肌と耳で『風』の歌を聞けばいい。霧に隠れても、羽ばたきの音と、身を強く捻る音ならば、こちらも探れる」
『このきりは、まりょくをいじるけど……おともじゃまするけど……かんぜんには、けせてない。たんさくようの『かぜ』のするどさなら、ちょっとだけ、とどく!』
霧のなかに羽ばたきの翼跡を見つける。
聴覚と肌に当たる震動を頼りにして、霧のなかをオレたちは追跡する。デカい竜だった。ゼファーよりも、一回り大きい。全長9メートル以上。8メートル69センチのゼファーに比べて、ちょっと差があるな……年齢で、一才か二才は上だろうか。
ゼファーは成長を加速させている。竜騎士とつるむことの利点だな。経験値を得る量が多いのさ。経験に合わせて、肉体の形状を変える竜にとって、オレの存在は成長を促進させる魔法の薬だ。
竜騎士ってのは、竜の強さに貢献しているということさ。間違いなく、野生の個体よりも成長が早くなる。
『……『どーじぇ』、うっていい?』
「……いいぞ。だが、もう三度ほど、ヤツの翼の羽ばたきを聞け」
『う、うん。でも、どーして?』
「あいつは警戒心が強い。この霧の結界を作った以上、あいつは地力勝負をすれば負けることを予想していた。挙げ句、空振りしたことで、さらに慎重になったはずだ。自分の知らない力を、オレたちが持っていることに気づいた」
『……わかった……いち…………に…………さん!?』
羽ばたきの音が、唐突に方向を変えていた。フェイントをかけたのさ。さっきのお返しということだろう。右に旋回するように飛んでいたのに、いきなり左旋回に切り替えていた。
『あいつ、ぼくのこうげきを、からぶりさせようとしていたんだ……っ』
「ああ。引っかかるところだったな。あの竜は、ジグザグに飛びながら、こっちが攻撃してくるのを待っていた。翼の音が、やたらと大きかったのも、フェイントのための布石」
『……つばさで、そらをたたきながら、よこにすべるようにとんでいるかも。かぜが、すれるようなおとも、まじっているから……っ』
ゼファーの知性が稼働している。持てる知性と、『パンジャール猟兵団』として稼いできた戦術の経験値が、未知の竜の動きに意味を読み取ろうとしている。ゼファーは騙せないぜ、白い竜よ。
ゼファーの背には、竜に世界一詳しい生き物、竜騎士サンも乗っているしな……。
『……あいつ。ぼくの『ほのお』がはずれたら、いっきにおそいかかってくるつもりだったんだ……っ!』
「火球が外れたら、カウンターを仕掛けて来るつもりだったようだな。だが、その目論見も外れたよ」
『……あいつ……かしこいっ!ぼくを、よそくしてる!』
「竜ってのは、お前と同じで賢いんだ。とくに、あいつは身を隠すことと奇襲の攻撃に優れているんだ」
厄介な相手だ。だが、ゼファーも学んでいるぞ。竜というモノが、どれほど戦いに知恵を使うのかを。
霧を睨み、羽ばたきの音を追いかける―――それだけではダメだ。
「癖を読まなくてはならない。どういう軌跡で飛ぶのかをな……そうすれば、見えてくるはずだぞ。あいつの考え方が」
『……あいつ……そうだ。ふぇいんとをしかけたいだけじゃない。あいつ、きりのなかから、でたくないんだ……っ!』
「オレもそう思う」
霧が薄くなる外周部に向かうことを嫌っている。北風に流されつつある、この霧は南へと向かっているからな。あまり北に向かうと、その効果が薄まる……。
「……あいつはまだ知らない。竜が、どれほど賢いのか。自分以外の竜と遭遇したことがないからだ」
『ぼくと、いっしょ……っ!』
「だが、違うところがある」
『うん。りゅうきしが、いない……っ!』
そうさ。複数の竜を知り、500年の伝統を持つストラウスの一族の経験が、あいつの翼跡には乗っていないのさ。
「羽ばたきの音、霧を作る風の流れを把握しろ。そして、あいつが横に流れるように飛ぶフェイントを仕掛けて来るのならば……分かるな?」
『りゅうにできることは、りゅうにはできるんだ!』
唇がニヤリと歪む。とても嬉しいからな。魔王サンらしく笑うのさ。いい仔だぜ、オレのゼファーは、アーレスのように賢い。初めての竜同士のケンカで、多くを学べている。
竜同士が闘争を繰り返すのは、ただの縄張り意識や順位競走に由来するものじゃない。飛び方を互いに研鑽するためだ。強さを至上とする種族。最強の生命体の義務なのさ、常に強くなるコトを求めるのは。
見せてやるがいい。
竜騎士の竜とは、ガルーナの竜とは……どれほどまでに賢く強いのか。
ゼファーは翼で霧の結界に塗り潰される空を打つ!……強い羽ばたきで、加速する!白い竜の翼跡を追うのさ!
……ケンカ慣れして来ているな。たくさんの戦を見てきた。ヒトは卑怯で狡猾で、ときに愚かしい者もいるが、勇敢なる者もいる。隠れることを望み、傷つけられることをあまりにも避ける臆病な者は―――勇者の突撃に恐怖するもんだ。
プレッシャーをかけてやれ。あいつが避けたいところに誘導してやるんだよ。経験値の無い竜。傷つけらることに耐える覚悟が、まだ出来ていない竜は……プレッシャーに晒されると、本能を頼ってしまう。
才ある者の愚かさだ。
鋭く強い才に頼り、無敵のパターンを実行する。霧の結界の、より深いところに向かうのさ。それは本能であり、間違いじゃない。だが……ゼファーとオレのタッグの前には、全くの効果はない。
左に突撃したゼファーに、あいつはあまりにも自然に右旋回する。そちらの方がより霧の結界が濃い場所だから。
翼の音を聞く。ズレる音……翼で風をすべらせる、横への移動。隠れるための技巧を混ぜてくるのなら―――その音に乗るようにすればいい。
ゼファーの翼が初めての技巧を試す……100点とは言えない。だが、80点はやれるだろう。白い竜の翼が上げた風をすべらせる音に、ゼファーの翼は融合させる……融け合い一つになった音は、霧の結界のなかでゼファーの存在を隠すことにつながる。
右旋回を深めようとした白い翼跡に、ゼファーの黒い翼跡は左旋回を深めることで応じるのさ。しかも、魔力を抑えている。急激に魔力を低めた。音に隠れて、魔力も消した。どうなるのか?
……見失うさ。霧と夕闇が訪れる世界。霧の強さを活かす白いウロコ、そのアドバンテージは逆転しつつあったよ。暗む世界にゼファーの黒いウロコは祝福される。音、魔力、視界……ゼファーはそれらの追跡から消え去りながら……闇に紛れて突撃する!!
ゼファーを瞬間的に見失い、動揺した白い竜は速さを緩めた。隠れるために翼を打つことを躊躇った。だからこそ、交差するこの衝突に備えきることは出来なかったのさ。
右旋回に対して、左旋回。
何をしたいか?……お互いで円軌道を作るんだよ。正面からぶつかるようにゼファーは飛んでいる。霧のなかに、気配を感じる肌でな。殺気と迷いを感じたからね、見えなくても問題無く攻撃を実行する。
勇者はな。こういうとき。歌うのさ!!
『GAAHHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
魔力と翼と全身の筋力を、歌と共に解き放つ!!歌は、無力じゃない!!圧倒的な力を相手に浴びせて、恐怖を刻みつけるためにある!!それこそが、ガルーナの竜の歌なんだよッッ!!
―――我が名は、ゼファー!!
その叫びと共に霧を打ち破りながら、ゼファーは目の前に現れる白い竜の首に対して、その強靭な牙で噛みついていた!!
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