第三話 『燃える北海』 その2


 リエルが二階の寝室のドアをちいさな拳で叩いている。コンコンといい音をしているな。


「おーい。ミア、カーリー、朝ゴハンだぞー」


「……うーん……わかったわー。起きるー。ミア、ミア、起きなさい」


「……んぐ……?あれ?もう朝……?」


「朝っていうか、けっこう日が昇っているわよ?」


「……あー。ホントだー……っ!……甘い香り!!生クリームたっぷりで、しっかりと裏ごしされたコーン・ポタージュ!!」


「え。見てないのに、分かるの?」


「武術の達人だから!」


「わ、わらわも達人レベルなのに、そ、そんなの、わ、分かんないわよー」


 小さな足音がトテトテと追いかけっこする音が頭上から響いて来るよ。何だか、楽しい音楽だ。


 リエルがドアを開けてやると、二人の少女たちが飛び出してくる。ミアとカーリーだったな。二人は二階の廊下と一階のホールを区切るための柵に飛びついて、ピョンピョン跳ねている。


「見て!やっぱり、コーン・ポタージュがある!」


「ほ、ホントだ。スゴい鼻ね……」


「裏ごしされているから、スープも滑らか!」


「え?……見えるの?スープの質まで!?」


「フフフ。ミアはね、カーリーちゃんよりも、一才も年上のお姉さんだから、経験値が違うんだよ」


「……いや。そ、そうかもしれないけど。スープのうんぬんが分かるって、武術の腕とか関係ないような気がするわ……?」


 個人的にはそう思うけれど、ミアのお兄ちゃんだから、オレはミアの哲学には盲目的に賛成する。何故かって?……シスコンだからに決まっている。


 シスコンだから、爽やかな笑顔になって挨拶するのさ。


「お早う、ミア、カーリー」


「あー。お兄ちゃんだー!お帰りー!」


「え?どこかに行っていたの、赤毛?」


「うん。夜中に出て行く気配がしたもん」


「……っ!?」


「冒険して来たのー?」


 キラキラした表情で、ミアが質問する。オレはドヤ顔を浮かべるんだよ。


「ああ。バルモア生まれの『熊男』、『熊神の落胤』ってのを、仕留めたぜ!」


「あはは。すごーい!よく分かんないけどー!」


「ちょ、ちょっと、『熊神の落胤』って、バルモアの伝説的な呪われ人よ?鉄を砕くような怪力とか!?」


「鉄は知らんが、巨大な樹木を力で潰していやがったぜ」


「……そ、そんなのと戦うなんて、ズルい!!……呪われ人と戦うのは、『呪法大虎』一派の役目なのにー!!」


 『呪法大虎』一派というのは、そういう役回りがあるのか。邪悪な呪いの産物と戦うという?……まさか、あんな怪物野郎との戦いに参加出来なかったことを口惜しがる12才の少女と遭遇するとはな……。


 人生というのは不思議と発見に満ちているよな。


「あー。わらわも戦いたかったぁ……っ」


「そうか。チャンスがあったら、一緒に戦ってやる」


「アンタはいいの。わらわが、一対一で戦うんだから!『十八世呪法大虎』になるのは、わらわなんだもーん!」


 呪いを多く倒すと、『呪法大虎』への道が開かれるのかな。実力や家系だけでなく、実績も評価される仕組みなのだろうか?……なかなか深い伝統を持つ継承システムなのかもしれない。


 実績が足りないと、『呪法大虎』になれないのかもしれん。まあ、カーリーは才能が豊かな『虎』だ。これから色々な呪いを退治する機会にも恵まれるさ。


「あ。お兄ちゃん、ミア、言うの忘れていたよ。お早う!!……からの、ダーイブ!!」


「っ!?」


 ミアが二階から飛んだ。一般的には衝撃的なシーンかもしれないが、オレたち『パンジャール猟兵団』にとっては、よくある光景だ。


 高い場所から飛ぶのが好きなのだ、我が妹ミア・マルー・ストラウスは!竜騎士の魂が、そうさせるのだ!そして、お兄ちゃんは空から降ってくるタイプのミアを抱き止めることが、大好きだー!!


「あははは」


 滞空時間の長いタイプのジャンプを見せつけながら、天使みたいな笑みと共に、スイート・シスター・ミアはお兄ちゃんが広げた腕のなかに降りてくる。


 ああ。ミアの体重を感じる。怪力の野蛮人だから、ミアのダイブを受け止めても、痛くも痒くもないどころか幸せで一杯だ!!


 ギューッとするのさ。


「ただいま。ミア」


「お帰りお兄ちゃん」


「……変な兄妹よね、リエルの旦那と義妹」


「そうか?慣れると自然な朝に思えるようになるぞ?ミアは、飛ぶものだ」


 腕を組みながら深くうなずくエルフさんと、どうにも釈然としないといった表情の『チビ虎』がいた。


「はあ……『パンジャール猟兵団』って、やっぱり変わっているわね」


「なかなか個性的な集団なのは認めるぞ。でも、楽しい集団であるのだ、私の『家族』はな」


「……ま、まあ。楽しそうな連中ってのは、認めてあげるわ」


「そうか。ありがとう」


 やさしいお姉さんフェイスで、リエル・ハーヴェルはやさしくて温かい指を使い、カーリー・ヴァシュヌの金色の髪をナデナデしてやる。


 なんだか照れてしまっている『チビ虎』がいたよ。


「さて、朝ゴハンにしよう」


「……うん!」


「ロロカ姉さま、ジグムント・ラーズウェル。先に朝ゴハンを食べましょう」


「ええ。そうですわね。ジグムントさん、作戦会議は朝ゴハンを挟んで。栄養を取らなければ、頭の回転は遅くなってしまいます」


「……ああ。そうだな。腹が減っては、良案もでそうにねえ……」


 なかなか苦戦することになるだろう。チラリと『メーガル第一収容所』の図面を見ているが、かなり複雑そうな『要塞』だ。襲撃しにくい。天才ホフマン・モドリーが造り上げた、最高の牢獄ではある。


 それを破る手段を考えるのは、少し骨が降りる作業だった。


 あくびしているリラックス・モードのロロカ先生に続いて、ジグムント・ラーズウェルは疲れた中年の顔をしたまま階段を降りてくる。戦場でよく見かける、くたびれ果てたオッサンの哀愁を引き連れているな……。


 そんなジグムントに、伯父上大好きのカーリーが横に並んで階段を降りて来る。


「お早うございます、伯父上」


「ああ。お早う、カーリー。よく眠れたかい?」


「はい。晩ゴハンも、なかなかハイランド風味で美味しかったし。よく眠れました。伯父上は?」


「……オレもよく眠れたよ。ストラウス殿に冒険へ置いて行かれたのは、残念だったが」


 酔い潰れた大ケガ人を、深夜の冒険に連れ回すような趣味はない。彼には生きていてもらわねばならん。少しでも体調を整えて欲しいものだがな……。


「おーい。キュレネイ?」


 リエルは寝室をのぞき込んでいる。まあ、そこにはキュレネイはいないよな。


「……イエス。リエル、私はすでにここにいるであります」


「え?」


 リエルは驚いているな。キュレネイは、すでに移動し終わっている。食卓に着席し、その両手に銀のナイフとフォークを装備していた。いつでも、朝食を始められるスタイルであった。


「いつのまに?」


「リエルが、ガールズに癒やされている時。私は空間を超えたのであります」


「……まさか、そんなことはあるまい」


「本当は、厨房で眠っていたのであります」


「何故、そんなこところで眠っていたのだ?」


「厨房にもソファーがあったので。とても居心地が良いところでありますから。そこで愛くるしい猫さんのよーに、丸まっていたのであります」


「いや……ベッドで眠る方が良いぞ」


「イエス。考慮するであります。では、リエル、来るであります。レイチェルは外泊してるらしいので、これで。皆が集まりました。朝ゴハンにするであります」


 ……皆?……いや、ジャンがいない。


「うむ。そうだな。これで全員だ」


 あれ?……リエルも納得した顔で階段を降りてきている……?……いかん、ジャンの影が薄すぎて、皆に忘れられている。これは、覚えているオレが発言せねば―――。


「―――お、お早うございます」


 小さな声で、ジャンが寝室のドアから出て来ていた。そのまま、リエルの背後に続いて、どこかコソコソと階段を降りてくる……ジャンは、もっと存在感を出さなければな。


 と、とにかく。


 全員がテーブルに集まったぜ。朝ゴハンとしよう!!



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