第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その36


 夜がやって来る。オレとジャンは一時間半ずつ交代しながら眠ったよ。ジャンを先に寝かせて、オレは後に寝た。見張りといっても楽なものさ。ヤツらの接近に耳を澄ませておくだけ。


 色々なことを考えることが出来たし、体を動かさないだけでも体力の回復にはつながったよ。有意義な休憩時間だった。


 ジグムント・ラーズウェルはその間を深く眠り続けて、エルフの秘薬に体を任せて、回復につとめているようだったな。


 戦い過ぎた四十路の体が、この時間でどれだけ回復するのかは分からなかったが……眠らないよりは絶対にマシだ。


 夜が訪れて闇に沈む。北海に面するこの灰色の土地は、その夜空の黒も深かった。帝国兵士たちは、未だに辿り着く気配がない。


 『銀月の塔』のダンジョンに、どっぷりとハマってしまっている。10時間で踏破に成功すれば上出来だろうよ……通路に見えない意地の悪い場所も通らなければならんからな。あげく常に敵の気配に怯えて慎重に動き、今では夜の闇にも悩まされる。


 人数の多さに頼ったからと言って、どうにもならないさ。むしろ、外れを調べて『罠』が次々に作動している音と振動がする。開けちゃいけなさそうなドアもあるもんな。


 なにせ、天井が丸ごと落ちてくるような場所もあるダンジョンだ。帝国兵士どもに、死傷者は続発しているだろう。ざまあみろだな。


 窓の外から見ると、砦の周りにはかがり火が燃えていたよ。かなり暗いから、この闇に紛れてジグムント・ラーズウェルに襲撃されるんじゃないかと心配なんだろう。


 ジグムント・ラーズウェルは『虎』の技巧も使うからな。闇に紛れての暗殺も得意のはずだ……そういった情報もあるのかもしれん。帝国兵たちの視線は、周辺を警戒しているが……当然ながら、頭上を確認することはない。


 弓で射なくて良かったな。おかげで、ゼファーの存在を完全に隠すことが出来そうだ。


「……そろそろ行くとしようか。ジャン、ジグムント・ラーズウェルを起こせ」


『は、はい!……あ、あの、ジグムント・ラーズウェルさん!そろそろ、お、起きてくださーい!』


「……ん。だいぶ……本格的に眠っていたようだな」


 北天騎士が目を覚ましていた。彼は、また老人みたいな動きで起き上がる。この硬い床で眠ることも、体に楽な行為ではないからな。体のあちこちが痛むのだろう。


 疲れも抜け切れているとは言えないさ。それでも古強者は体にストレッチをかけて、全身の骨をポキポキと鳴らして手入れを行う。


「肋骨は痛むか?」


「当然なぁ……でも、動けるし、何より、ちょっとは痛みが引いているよ。お前さんたちの治療のおかげだな」


「それは何よりだ。そろそろ、屋上に向かおう」


「……ああ。今から、どこに行くんだ……?」


「遠くじゃない。竜の翼に頼れば、すぐのトコロだ。十都市連合の一つ、『アルニム』に向かう。『自由同盟』の仲間が、一週間前から潜伏中だ。彼らと合流する」


「『メーガル』の『収容所』には、行かないってのかよ?」


 青い瞳に強さが宿る。彼としては捕らえられている同志たちを、一刻も早く救助したいのかもしれない。その気持ちは十分に理解することが可能だがな―――。


「―――戦力を得ても、今のままでは立ち回り方が分からない。彼らも装備を持っていないんだろ?……武装しなければ、北天騎士の力は十分に活かせん。ちがうか?」


「……む。たしかに、な……」


「オレたちはアンタに協力するよ。だからこそ、『収容所』の解放を勝利につなげるためにも、より多くの情報を入手したいんだ」


「分かった。頼む。オレだけの戦いは……もう限界だった」


「ああ、一人で出来ない大きな仕事だ。チームを組むぞ」


「……おうよ。ガルーナの竜騎士殿と組めるのなら、そいつはありがたいハナシってもんさ」


 北天騎士は大小の剣を装備して、首を振りながらオレとジャンに語る。


「ついて来てくれ。姪っ子ちゃんたちのいる場所から、すぐ上が屋上だ」


「……そうか。ジャン、ヒト型に戻っておけ」


『は、はい!」


 ポヒュン!という音がして、ジャンが元の姿に戻った。北天騎士は、少し驚いている。


「『狼男』っていうから、もっとワイルドな風貌を予想していたが、大人しそうな顔をしているんだな」


「す、すみません。なんだか、き、期待に応えられなかったみたいで」


「色々な『狼男』がいるってことさ、ジグムント・ラーズウェル」


「そうだろうなぁ……43年も生きてきて、初めて出会ったよ、『狼男』という存在にはな」


「……43年間で、ぼ、ボクだけなんですね……」


「そうだが……?」


「い、いえ。何でもありません……」


 ……ジャンは『狼男』のルーツに興味を抱いているのだろうか?……『呪われた血族』。そうだ、遺伝するらしい……『ジャンの一族』も、この広い大陸のどこかには、いるのかもしれないな。


 オレたちは、女子チームに合流した。ジグムントが持ち込んでいる食料を、キュレネイは大量に食べていて、北天騎士は驚いていたな。スレンダーな彼女が、とんでもない大食いだということを知ると、多くの者は驚く。


 だが、別にいいのさ。この食料は放置することになるしな……補充はアイリス・パナージュお姉さんの店でも行えるはずだ。


 女子チームのお子様二人はよく眠っていた。カーリーはリエルの膝枕で。ミアはロロカの膝枕で眠っていた。


 とても可愛い寝顔だったが、起こさないわけにもいかない。二人を起こしたよ。


 全員で屋上に向かう。


 そこは北海からの冷たい風が当たる場所だったよ。地上は塔と『ガロアス』の街並み以外は真っ暗だった。海も黒くて平坦に見えた。沖合には軍船が一隻ほど浮かんでいる。帝国軍のものだろう。


「……あの船で、帝国のクズどもは、海兵隊の略奪者どもを送り込む」


「じゃあ、アレが『セルゲイ・バシオン』の船なのですか?」


「……そうだ。オレたちの怨敵が、オレの育った町の沖合に浮かんでいやがる」


「……伯父上」


「ハハハハ。心配するな、カーリー・ヴァシュヌ。オレの姪っ子ちゃんよ。オレは、そのうち、アレを片づける」


「はい。わらわもお手伝いします」


「……そう、だな。お前も……戦力になりそうだ。双刀を使えるな」


「もちろん!お祖父さまや、シーグに仕込まれたわ!」


「シーグ。シーグ・ラグウか。懐かしい名だ。元気なのか、彼は?」


「元気よ。わらわに口うるさいけど」


「教育係なら、そういうもんだよ、姪っ子ちゃん……懐かしいヤツらが、生きていてくれて嬉しい…………『ユヴァリ』さえ、生きていれば…………」


「…………っ」


「……むう?……奥方は、亡くなられたのか?」


「そうだ。残念だけど、十二年も前にね」


「……そうだったのか」


「昔のハナシさ。薬草医ちゃん。さて!……ストラウス殿よ、竜を見せてくれるのか?」


「ああ。竜を呼ぶ。楽しみにしていろ。初めてか?」


「いいや。昔、旅先で翼将ケイン・ストラウスの竜を見た。相互不可侵の掟が、『ベイゼンハウド』とガルーナにはあったから、挨拶もしなかった。でも、顔は見た。親父殿だろう?……彼にはヒゲが生えていたなぁ。でも、彼とお前さんのツラはよく似ている。目つきの鋭さがな」


「そうかよ」


 目つきの悪さは遺伝らしい……親父は戦じゃない時は、アーレスに乗るときもあった。ならば、彼はアーレスを見たのかもしれないな。


「……竜を見るのは初めてじゃないかもしれないが、乗るのはさすがに初めてだろ?」


「そうだな……竜に乗って、空を飛ぶか……不思議な経験になりそうだ」


「なかなか、いいものですわよ、伯父上」


「おお。カーリーちゃんは体験済みか」


「はい。ゼファーは、とても良い仔よ。やさしいし、紳士的なカンジ」


「ハハハハ……『紳士的な竜』か?……想像が、伯父さんにはつかないが……まあ、見れば分かるか」


「そういうことだ。ゼファーを呼ぶぞ」



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