第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その23
魔法のフクロウの脚輪から、シャーロン・ドーチェの暗号文を引きずり出したよ。細かく器用で小さな文字が踊っている。ロロカ先生が考案して、『パンジャール猟兵団』にしか解けない暗号文さ……。
複雑な暗号を読むのは難しい?……そうでもない。慣れるほどに読み込めば、あまり苦もなく読めるようになっている。
そのあたりも含めて、ロロカ・シャーネルの頭脳の偉大さを思い知らされてしまうよね。オレたちのようなアホ族でも、使いこなせるようなコツってものがね、ふんだんに含まれているってことだよ。
天才って人々の能力に恐れおののきながらも、さっそく暗号を解読していく。
―――ソルジェへ、『ラミア』より愛を込めて!
……ああ。くそ。いきなり暗号文の無駄遣いから始まりやがった。『ラミア』ってのは、あのシャーロン・ドーチェが女装したときの名前だ。
かなりの美女でおしとやか。ルード・スパイたちの親玉、『ルードの狐/パナージュ家』の一員らしい変装能力と言えるだろうな。気を取りなおして、解読しよう……。
―――という冗談はさておき、『北天騎士団』を勧誘するか。怪しい任務だし、実に『罠』臭いと思うのが率直な意見だね。ガンダラとも意見交換したけど、彼も同意見だよ。
ああ、ピンと来ていると思うけど、ボクは『ヴァルガロフ』に来ている。クラリスの密偵としてね。
乱世の女傑たちは手を組みたがっているし、相性も良さそうだよ。ハント大佐が不安にならない程度に、コッソリと仲良くすると思うよ。
脱線したね。
『北天騎士団』は解体されているけど、その影響力は『ベイゼンハウド』では根付いている。かつての北天騎士の有力者たちが、反帝国の声を上げれば、それを再結成することは可能さ。
おそらく……たった数百名ほどになるだろうけれど。
それが、現実的な試算だと思う。彼らの多くは、すっかりと牙を抜かれている。帝国軍に組み込まれた人間族の北天騎士たちが、『ジグムント・ラーズウェル』の名に惹かれることも無いと分析しているんだ。
……『ジグムント・ラーズウェル』は、その土地では高名な剣士だし、『十七世呪法大虎』と懇意な理由も、彼と接触すれば理解出来るだろう。
でも。彼の影響力は、人間族には限定的だ。
そう言えば、もう分かるかな?……そうだよ。彼は人間族ではなく、亜人種なんだよ。
帝国の教化政策は『ベイゼンハウド』の文化も哲学も倫理も歪めた。先進的な思考と言えば聞こえが良いけれど、かつてのような騎士道の国では無くなった。
……十都市連合の過半数は、もはや帝国の属州そのものだし、亜人種たちの多い土地は貧しくされている。
服従しなければ貧しさを、服従すれば富みを。亜人種には排除を、人間族には融和を。露骨なまでの態度を貫いて、『ベイゼンハウド人』の心を二つに割った。人間族と亜人種たちの間に、かつての絆は無いと見ていい。
……ボクが理性を使って考えたとき、導き出す答えは一つ。
この依頼を達成しても、大きな得は無いと思う。
同じ時間と労力を費やすのならば、他の工作をした方がマシだよ。
そう考えてしまうんだ。
……でもね?
ボクは理性だけで考えるのが好きじゃない。そもそも、君だって理性や理屈だけのヒトじゃないでしょ?
この依頼が、大きな戦力的な意味を持つ可能性は低い。
低いけど、たしかにゼロじゃない。
もしも、ジグムント・ラーズウェルの手紙が本物であり、亜人種系の元・北天騎士団に影響力がある彼が、本気で反乱を企てているとする。
そうであるのなら、数百人規模の北天騎士たちは集まるだろう。手練れ中の手練れたちが。問題は、それだけの手勢で何を行うかだ。
帝国軍の戦力を割るためには、亜人種系の北天騎士たちだけでは難しい。『ベイゼンハウド』で内戦紛いの戦を起こして、駐屯している帝国軍(人間族の元・北天騎士も含む人々)と争ったところで、ハイランド王国軍と帝国軍の戦場から『ベイゼンハウド』の地は、200キロ以上も離れている。
『自由同盟』とハイランド王国軍には、彼らの内戦は大きなメリットをもたらさない。むしろ、『ベイゼンハウド人』だけが疲弊するだけになる……。
そもそもだけど。
その土地に駐屯している帝国軍は、1万もいるんだよ。
ただの帝国兵なら、その守りに適した土地を用いることで、北天騎士数百人でも長期のあいだ戦うことも出来るだろう。
でも、そうじゃない。
そこの1万のうち、1000近くは元・北天騎士か、その子弟たちだ。新世代の、帝国軍に感化されている北天騎士もいる。
その若く狂暴で、出世欲に衝動する、帝国の飼い犬どもは厄介だ。旧世代の亜人種たちにより構成された、新たな『北天騎士団』を容赦なく殲滅するだろう。
……数百人と1万以上の戦力差だよ。このまま『ベイゼンハウド』で反乱を起こしても、何も得ることは出来ないだろう。ジグムント・ラーズウェルは、すぐに捕らえられて、処刑されることになる……。
その反乱に大きな意味を持たせることは、本当に難しい。そんなことに構っている場合ではなく、ハイランド王国軍と衝突する帝国軍を攻撃する手段でも考えていた方が、建設的だ。
負けることが、ほぼ確実な反乱に手を貸していられるほど、ボクたちはヒマじゃない。というのが、シビアな見方さ。
その反乱が、大きな意味を持つ時は、一瞬でもいいから『ベイゼンハウド』の主導権を掌握するほどに勝利してしまうことだね。そうなれば、ハイランド王国軍との戦に動員されている元・北天騎士たちにも混乱を与えることになる。
彼らは帝国の犬のような立場にはなっているが、あくまでも『ベイゼンハウド人』としての主権は保障されてはいるのさ。
『ベイゼンハウド』がジグムント・ラーズウェルの国となれば?……人間族の元・北天騎士も、彼の命令に従わなければならなくなる。
支配者となったラーズウェルに、自国の兵士たちへ帰還命令を出してもらえば、彼らの結束は揺らぐだろう。
何よりも、帝国軍が、元・北天騎士たちを信じられなくなる。
帝国軍はルード会戦での痛みを忘れてはいない。バルモア連邦人との仲違いにより、帝国軍第七師団は敗北を喫したんだから。
……かなり厳しいことだけど、ジグムント・ラーズウェルの反乱に意味を持たすためには、1万からなる、その土地の軍勢に勝たなければならない。
フフフ。
かなり厳しい。
策略が必要だよ。
……正義に反する行いをしてもいいのなら、色々と策があるよね?……十都市連合の議員を束ねる議長に、脅しをかけるとかね。
じつは、彼には14才の娘がいるらしいんだ。その乙女を誘拐して脅しをかけるのも難しいコトじゃない。
……でも。
ソルジェはそれを選んでくれない。それに、ボクもそういうのは好きじゃないよ。何よりね、そんなことをすれば、『自由同盟』の名も地に落ちる。少数派である我々は、悪に堕ちた時が終わりの時だ。
少数派の善行は宣伝能力はゼロだ。
でも、少数派の悪行は千里を越えて響くだろう。
少数派の苦しい現実だ。多数派がどんな汚いコトをしたとしても、もみ消すことが簡単なことに比べれば。困ったことに、少数派は正義を貫くしかない。
フェアな戦いじゃないけれど、多数派と違って、ボクたち少数派は正義を選び続ける必要があるんだよ。
……ジグムント・ラーズウェルの反乱を、正義の範疇における策だけで勝利に導くことは、かなり難しいと思うし、現実的ではない。
正直なトコロ、ボクもガンダラにも良策は思いつかなかった。現地を見ていれば、幾つかの戦術を思いつけるだろうけどね。でも、それはロロカや君の考えつく戦術と大して差はないよ。
難しい。
じゃあ、どうすべきか?……『現地のことを知る人物』に頼るべきだよね。ジグムント・ラーズウェル以上に、現地の帝国軍の事情にも精通している人物がいる。残念ながら、その土地に長く潜伏しているルード・スパイはいない。
閉鎖的な国家じゃあるからね……でも、じつはアリューバ海賊騎士団の力を借りて、一週間前から、その地方に潜伏しているルード・スパイはいる。二人ほどね。
義理の姉になるんだけど、アイリス・パナージュと、そのパートナーさ。白状するけどね、『ベイゼンハウド』に侵攻する計画はあったんだ。1万の敵兵がいる場所を、放置することは出来ないからね。
そのために、二人には『ベイゼンハウド』に潜んでもらっていた。どれだけの情報を二人が集めているのかは分からないけど……命がけの潜入捜査も厭わない彼らのことだから、そこにいる帝国軍の内情を我々以上には把握しているはずだ。
二人と合流して、二人から情報を受け取って欲しい。必ず役に立つ情報を君にもたらすだろう。彼らが姿を現す場所は、『アルニム』という街。十都市連合の一つ。人間族が多いが、亜人種もそれなりの数が暮らす街だよ。
その街の港にある『スタンチク』というレストラン。そこが、彼らの新たな仮住まい。今夜にでも訪ねてみるべきだね。
……ああ。その前にだけど。ジグムント・ラーズウェルを確保しておいた方がいいと思う。彼が自暴自棄になって、こちらと連携することもなく反乱を起こして敵に拘束されたら?……それこそ、お終いだ。
優先順位を高めた方がいい。
ジグムント・ラーズウェルに会い、『十七世呪法大虎』に送った手紙が彼本人のモノなのかを確かめてくれるかい?……その全てが真実だとするのなら、ジグムント・ラーズウェル本人に、反乱の意志があるのなら……必ず身柄を確保するんだ。
……帝国軍も、彼を狙う可能性はあるのだから。亜人種の反乱を恐れて、処刑はしないかもしれない。でも、どこかに幽閉する可能性はあるからね。
もちろん、彼の手紙がニセモノだったら。すぐに撤収してくれ。アリューバ海賊騎士団が上陸するための『軍港』。それを確保することが、この戦の大きな目的の一つだってことを忘れないでね?
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