第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その8


 北東に向かって、空を飛び抜けていく。『ベイゼンハウド』までは、距離で言えば400キロというところだ。竜でなら、そう何時間もかかるような距離じゃない。


 ……オレの故郷、ガルーナの地にも大きく近づくことになる。


 『ベイゼンハウド』からガルーナまでは、南東に600キロほど。故郷が大きく近づいてくる。


 竜と竜騎士だけによる飛行で、スピードだけを重視して飛ぶのなら、一時間もあれば辿り着いてしまう距離だ。まあ、今はガルーナに行く必要もないわけだがな……。


「……そういえば。ロロカ、『白夜』はどうしたでありますか?」


 キュレネイ・ザトーの声が背後から聞こえていた。オレは……慌てない。知っているからな。『白夜』はちゃんと、ここにる。短距離だからな。魔獣の革で運ばなくてもいいのさ。


「『霊槍』に化けてもらっています」


「……おお。この槍、『白夜』だったのですな」


『ヒヒン』


「返事をしてくれたであります」


「私も『白夜』も修行していましたから。戦闘状態でない状況ならば、『霊槍』に化けたままで、2時間から3時間は過ごせます。『ベイゼンハウド』までは、一時間半もあれば着くでしょうから。大丈夫ですよ」


 『ストラウス商会』で荒稼ぎしながらも、自身の修行も怠らないというトコロがロロカ先生の偉いところだよ。


「なあ。ソルジェ」


「どうした、リエル?」


 オレの右肩にあごを起きながら、リエルが甘える態度で訊いてくる。


「『ベイゼンハウド』について聞かせてくれ。直接、足を運んではいなくとも、近隣の国ならば噂話ぐらいは流れて来ただろう?」


「まあな……『北天騎士団』についての物語も一緒に、教えておいてやろう―――」


 ―――『北天騎士団』。


 十個の都市で構成される都市同盟体、『ベイゼンハウド』。十個の都市から選ばれた騎士たちにより構成されている。


「……そこまでは、よくある騎士団の成り立ちだろ?」


「うむ。そのような気がするな。自分たちを守るために、騎士を用意する……なんとも、一般的なハナシのようだ」


「しかし、お国事情ってのがあってな。地図は見ているな?」


「ああ。ロロカ姉さまに見せてもらったぞ」


「『ベイゼンハウド』はどんな土地に見えた?」


「えーと。山が多く、それほど豊かな土地には思えない。沿岸部に細々と、それほど大きくない町がある。漁業が盛んなのか、港が多かった」


「そうだ。『ベイゼンハウド』の十都市連合は、基本的に海岸沿いの漁村という印象でいいはずだよ」


「漁業が主産業か」


「そうだ。鉱脈もあるようだが、そう多いものじゃないらしい。森も深く、獣やモンスターもよく棲息している。『ベイゼンハウド』は険しい土地だ。平地も極端に少ない。結果として、騎士たちの戦いに特徴が生まれた」


「どういうものだ?」


「機動力が、ほとんど使えないのさ。狭く細い道ばかりだしな。モンスターが群れ成して襲いかかって来ようが、敵国の侵略を受けようが、数を活かした戦いは出来ないわけだ」


 攻めにくく守りやすい土地でもある。天然の要塞だらけだ。起伏の大きな土地に広がる深い森林に、軍隊の進行が不可能な山々……海沿いの切り立った崖を走る狭い街道。


「大軍が運用できない土地というわけか」


「そうだ。それゆえに守りやすくはある。しかし、ということは―――」


「―――自分たちも攻撃がしにくいわけだな。敵が群れで襲って来ても、包囲することも難しいわけだ」


「そうさ。つまり、細い道から延々に攻め込んでくる敵兵やモンスターの群れを、彼らはたった数名で受け止めるように守らなければならなかった」


「……ぬう。キツそうな仕事だ」


「想像するだけで、泣きたくなるような仕事だろう。敵を殺せば、元気な次の敵が襲いかかって来る。狭いために、集団による戦術は使用することが出来ず、ただひたすらに個人が大勢の敵を斬り伏せなければならなかった」


「……勇ましいハナシだな。だが、それは、あまりにも多くが死にそうだ」


「ああ。彼らは多く死んだ。多く死にながらも、教訓と経験を蓄積しつづけて、武勇を磨いていった」


「厳しすぎる環境が、勇者を作ったわけか」


「ああ。その戦いが勇猛だったからこそ、そして……残念ながら肥沃な土地とは全く呼べない貧しげな土地だからこそ、敵が『ベイゼンハウド』を攻めることは無くなった。少なくともガルーナを含めて、近隣の国は『北天騎士団』をリスペクトしていた」


 無私なる護国の騎士たちだ。


「富など得られるはずもない土地で、彼らはただ故郷の民草のために戦い抜いた。清く貧しく、気高く強い。そんな騎士たちに対して、騎士道に生きる者たちは敬意を払ってきたのさ」


「立派な連中だったわけだな」


「そうだ。立派な連中だった……しかし、帝国との戦いの果てに、彼らが守って来た十都市連合の結束は砕かれた。彼らが戦に降伏したわけじゃなく、彼らの守るべき都市が『北天騎士団』を解散させた」


「……自治をエサに、というヤツだな」


「ああ。仮初めの自由と、経済的な成長……そういうモノに、『ベイゼンハウド』の十都市連合の一部が釣られてしまった。帝国と商売が出来れば、彼らは潤う。独立独歩で生き抜くよりも、帝国の家畜であることを自ら選んだ……」


「騎士は気高いが、民草は商売人気質だったようだな」


 帝国に対して国を開くことで、経済的な富を得られることもある。かつての暮らしも哲学も文化も失うことになるだろうが、洗練された帝国文化と帝国の経済圏の一部として、富を得ることもあるさ。


 ……十都市連合の判断が、間違っていたのか?


 ……強者に媚びへつらうだけで、暮らしがより豊かになるのなら?


 ……その選択を貧しい者たちがしたとしても、非難することが出来るのかね?


 誇り高く貧しくいことがいいのか。


 誇りを棄てて、少しばかりの富を得た方がいいのか。


 迷ってもいい問題じゃないかね。


「……『北天騎士団』も迷ったのだろう。守るべき国は、守ってくれなくてもいい。帝国の属国となってもいいと言い出した。むろん、全ての都市がそうではないがな」


「反帝国だった都市もあったのか?」


「あるさ。『ベイゼンハウド』は、多種族が共存する土地だからな」


「亜人種たちの町もあるということか」


「……人間族の多い都市は、ファリス帝国になびいた。亜人種の多い都市は、反対したが……自分たちの母体がそんな状況で分裂していては、勇者ぞろいの『北天騎士団』も解散するしかなかった。帝国との戦いで、彼らも疲弊していただろうからな」


「……何というか、そのような形で戦いを終わらされるとなると、『北天騎士団』の連中も無念であったろうな」


「……だろうよ」


 9年前のオレがその立場だったなら、最後まで意地になって徹底抗戦を選ぶかもしれない。そして……『北天騎士団』の仲間の騎士たちに取り囲まれたかもな。


 それぞれ立場が異なる都市から派遣されて来た騎士たちだった。彼らは、自分の出身都市の威光に背くことはなかっただろう……。


 そんな状況で、帝国軍とは戦えない。


 あきらめる。


 それが現実的な選択肢だったろうよ。


 あきらめなければ、仲間と帝国軍に挟み撃ちにされて殺されるだけ……何とも、切ない状況であったわけだ……。


「……その状況に不満を抱いていた騎士の一人が、ジグムント・ラーズウェル。ヤツの手紙が全て真実を『呪法大虎』たちに伝えているのなら、たしかに手を組むのも面白いのだが……現実的なハナシ、彼にどれだけの騎士が従うのかね?」


「……騎士たちは、かつて選んでいるものな。解散し、十都市連合の……市民の選択を受け入れた」


「そうだ。彼らは守るべき者のために剣を振るう。だが、彼らの守るべき者は……今や事実上、帝国人となっている……『北天騎士団』であった騎士たちも、帝国軍の一員としてハイランド王国軍と対立しているんだよ」


「……民の意向に従うわけだな。そういう考え方の者たちなら。北天騎士たちは……どれだけの数が、ジグムント・ラーズウェルに従うのか……」


「……最悪。ジグムント・ラーズウェルの『罠』かもしれない。そう疑うには十分な背景があるのさ」


 ……ハイランド王国軍に、元・『北天騎士団』の軍勢が寝返ると告げておき―――実際は寝返らなかったら?……厄介なことこの上ない。友軍と認識しているヤツらに奇襲されることになる。しかも、間違いなく手練れの連中にな。


 エイゼン中佐が拒む理由も分かる。『北天騎士団』の動向は、読めない。彼らは彼らのためではなく、民草の利益と選択のために戦う者たちだからな……。


 ……しかし。


 本当に『北天騎士団』が仲間になってくれるというのなら、これほど力強い仲間もいないだろう。『罠』に誘われている気もしなくはない。魅力的な怪しいエサに、誘導されているのは事実だった。


 『罠』にかかるのは、アホじゃない。欲深い計算をしている、多少は知恵の利くヤツらだ。オレや『十七世呪法大虎』は、怪しみながらも……『北天騎士団』の持つ魅力に引っかかっているような気もするんだよ。


「……とにかく。情報収集に時間をかける。『ベイゼンハウド』の『民意』を知りたい。それを知れば……どれぐらいの騎士がジグムント・ラーズウェルに応えるかも、見えてくるだろう」



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