第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その5


 『十七世呪法大虎』の言葉に、もちろんミア・マルー・ストラウスは大喜びだった。


「えー!!大虎のおじいちゃん、カーリーちゃん、連れて行っていいの!?」


「うむ。ええぞ。元々、そのつもりじゃったからな。異存はあるまい、カーリー?」


「は、はい。お祖父さまの言いつけに、わらわは逆らいません」


 あの偉そうなお子様も、自分の祖父には礼節をわきまえるらしいな。ミアの腕から解放されたカーリー・ヴァシュヌは、祖父の前にひざまずく。


「……『お役目』、果たして参ります」


「うむうむ。ええ返事じゃわい。ということじゃ、ソルジェ殿、この子も連れて行ってくれるか?」


「本気なのか?」


「ダメかのう?」


「……彼女を連れて行くべき理由があるのか?修行なら、アンタがつけてやればいい。それ以外に、ちゃんとした理由もあるのか?」


 ……今、カーリーは『お役目』とか言った。口を滑らしたのかもしれない。あの子は『呪法大虎』に何かを言い含められている。


「まあ、あるな」


「それは、何だ?」


「……秘密じゃ。少々、込み入った事情になる。聞かんでくれるとありがたい。聞かれても、ワシの口からは答えられんしのう」


「危険な旅になるんだぞ?」


「それはワシといても同じ。ワシらはこれから戦に向かう」


 ……ミアを戦に巻き込んでいるオレが言えたコトじゃないのは分かっている。だが、そうだな。たしかに、このままでは良い状況とは言えない。


 カーリー・ヴァシュヌをこの5000の軍と行動させることは危険ではある。『ヒューバード』に置いておくことも、難しいかもしれない。


 エイゼン中佐との軋轢があるからだ。


 考えたくはないことだが、エイゼン中佐がこの少女を誘拐したり暗殺したりする可能性だってあるんだからな……。


 権力闘争が絡む戦場……ますますもって、子供がいるべき場所ではなくなりつつあるな。戦の混沌に紛れて、どんな悪意が動いているか分かったものじゃない。


 エイゼン中佐本人に悪意が無かったとしても、須弥山という派閥を警戒する王国軍人は他にも出てくるだろう。そんな連中が、暴走する可能性がある。


 組織防衛や利益の確保、あるいは出世欲のためなら、オトナは子供の一人や二人、容赦なく利用するよ。


 たとえば、孫娘を誘拐し人質にすることで、『呪法大虎』に須弥山へ引っ込めと言い出す可能性もあるのさ。


 そうなれば?……この5000の有能な『虎』たちを、誰かが手にするかもしれない。


 5000の兵士の指揮権だ。悪心ある者ならば、それを得るために何だってする。エイゼン中佐でなくとも、それより階級が下であり出世を望んでいる野心家の王国軍人とかな。


 戦場には獣が棲む。


 法や倫理の律から外れ、本能と野望が暴れ出す空間だ。


 ……権力者の子供がうろついていれば、容赦なく狙われることにもなるさ。


「……分かった。連れて行こう」


「ハハハ。助かったぞ!」


「……だが、オレの命令に従ってもらうのが条件だ。帝国の兵士もいる土地に行くのだからな。分かったな、カーリー?」


「……っ」


 オレのことが嫌いなのか、カーリーはプイッとそっぽを向く。だから、彼女の祖父にオレは視線を向ける。


「……おい、カーリーよ?素直に、この赤毛の野蛮人であるソルジェ殿の言うことを聞かんと、連れて行ってはもらえぬぞ?」


「……そ、それは……困る……っ。会えなくなるし……っ」


「そうそう。じゃあ、どうするんじゃ?」


「……あ、赤毛、不本意だけど。本当に不本意だけど!」


 二度も協調された。不本意の極みらしいよ。でも、オレはオトナだから怒らない。ミアの友だちには、いつだって激甘対応だ。


「あ、アンタの指示に、従ってあげるんだから!……ほ、誇りに思いなさいな!!」


「ああ。誇りに思うことにするよ」


「あら、いい態度ね?」


「……だが命令には従わせる。敵の策略があるかもしれない土地に行く。君の軽率な行いは、君自身だけじゃなく、オレたち全員の危険を招くからな。指示には従ってもらうぞ」


「……う、うん」


 素直ないい子じゃあるようだ。コミュニケーションの組み立て方がおかしいんだろう。須弥山・螺旋寺なんかにこもっているから、俗世とズレても仕方がないさ。


「……足手まといには、ならないと思う。わ、わらわは、強いから」


「そうだな。だが、オレたちよりは弱い」


「……っ!」


「自覚しろ。現実だ。そうしなければ、強くなれないぞ。弱さを知り、それを克服していくことが、よりマシな自分を作るための最短手段だ」


「……わ、わかったわよ!アンタ、やっぱ、ムカつく……」


 さてと。この足手まといちゃんの子守は……決まっているな。もう、オレの方を見てニコニコしちゃっているんだもん。


「……ミア、彼女をカバーしてくれるな?」


「ラジャー!!カーリーちゃん、私が、守ってあげるねー!」


「だ、誰が!ま、守られるほど、弱くなんて、ないんだからあ!!」


「うんうん」


「そういうの、一回で、いいんだからね?」


 まあ。あの子も自分の実力は分かっているだろう。オレはリエルとロロカ先生、そしてキュレネイを見回す。オトナな女子たちは、オレの視線から何かを察して、うなずいてくれる。


 そうだ。皆で、カーリー・ヴァシュヌを守る。


 正直、キュレネイが来てくれたおかげで、戦力が想定よりも充実しているからな。オレが剣で敗北するっていう、ちょっとばかし不吉な『予言』もあるが……まあ、それはどうでもいい。『予言』など、力で打ち壊せばいいしな。


 それに……カーリーは、何か『十七世呪法大虎』から『役目』を仰せつかっているらしい。『会えなくなる』……そう言ったな。誰にだろうか?……聞いても素直には答えてくれなさそうだな。


 誰に会えと、『呪法大虎』は孫娘に吹き込んでいるのやら。


 まあ……『北天騎士団』の関係者ではあるのだろう。ジグムント・ラーズウェルが第一の候補だが―――他にも色々といるだろうしな。何であれ、勝手に出歩かないように、気をつけておかなくちゃいけない。


 あまり秘密を持たれるのは気分が良いモノじゃないが、何かしらの事情が無ければ、孫娘をオレに預けようとはしないさ……。


 エイゼン中佐との軋轢以外にも、何かの理由が存在しているのかもしれん。


 ……どうあれ、この戦場にカーリー・ヴァシュヌがいるということも危険な行いじゃある。いいさ。オレたちと一緒に行けばいい。


「……よし。それじゃあ、『ベイゼンハウド』に向けて出発する」


「目的地は聞かんでもいいのか?」


「この手紙に書いてあるんだろ?」


「ああ。それはそうじゃが、とりあえず口頭でも伝えておこう。ジグムント・ラーズウェルがワシからの使者を待ちながら、待機しているのは『銀月の塔』という場所じゃ。『ガロアス』という十都市連合の一つの街。その北にある、古い監視塔だ」


「監視塔か……『北天騎士団』は北海から流れつくバケモノや海賊とも戦って来たというからな」


「うむ。そういうモノの名残じゃろうて。最近はあまり使われていないようだ。ジグムント・ラーズウェルからの手紙が正しければな」


「……分かった。いきなり、彼に会いに行くことはない。『ベイゼンハウド』の状況を探ってから接触したいからな」


 彼が反乱を望もうとも、彼以外の騎士たちが反乱に参加してくれない可能性もある。現地の事情には探りを入れておきたいところだ。


「その手順はソルジェ殿たちにお任せしよう。須弥山暮らしのワシが考えるよりも、そなたの方がこういった件に関しては知恵が回りそうだ」


「ああ。多分そうだと思うぜ」


「任せたぞ、ソルジェ殿。可能であれば『北天騎士団』を帝国軍から離反させたい。共に戦ってくれなくとも、帝国の戦列から退いてくれるのであれば、それだけでも十分に楽な戦が行える」


「……ああ。ジグムント・ラーズウェルが反乱を起こせなさそうな状況だったとしても、何かしらの工作はしておくさ。わざわざ、『ベイゼンハウド』にまで行くんだからな」


「頼りにしておこう。では、カーリーよ?ソルジェ殿の言うことを、よく聞くのだぞ?無謀な行いはするな、ワシを悲しませることも、失望させることもするでないぞ?」


「はい!必ずや!」


「……うむ。何よりも、無事にワシのところに戻れ」


「はい!わらわは、必ず、おじいさまのところに帰還いたします!」


「うむ。そうじゃ……ほら、ハグさせておくれ」


「……はい」


 老いた『虎』の腕が伸びて、小さな孫娘を抱きしめる。オレは彼らを無事に再開させるためにも、カーリーをちゃんと守らなければならない。


 任務が少し複雑になってしまったが、慎重な行動に重きを置くことになっていいかもしれない。帝国軍と王国軍が接触するまで、そう猶予はない。数日……早くて明日には衝突するかもしれないし、帝国が南下して来なくても三日後には戦だ……。


 時間制限がある任務だ。しかし、『敵地』だ。『ベイゼンハウド』は帝国の属国のような状況にあるわけだからな……。


 冷静かつ慎重に、それでもそこそこ急いで行動する……ふむ。かえってカーリーがいてくれた方が良かったかもしれない。焦って行動しかねない状況じゃあるからな……とにかく、出発だぜ!


 空を見あげて、オレは呼ぶ!!


「ゼファー!!」


『がおおおおおおおお!!』


 愛らしく歌いながら、ゼファーが晴れた空から降りてくる。さてと、『ベイゼンハウド』に向かおう。


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