第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その4


「ハハハハハハハハハハハッ!!」


「ハハハハハハハハハハハハ」


 ……爆笑ジジイと、爆笑?キュレネイの闘いも終わろうとしていた。肺の限界が来て、二人はほとんど同じタイミングで笑い声を停止させていた。二人ともが見合い、うなずいていた。


「……やるな。水色の髪の美少女」


「……そちらこそ、高齢のくせに、よくやるでございます。ガルフ・コルテスを思い出しますな」


「……ん!?……ガルフ・コルテス!?」


「知っているのでありますか?」


「ああ。昔、須弥山の螺旋寺を破った。人間族では、かなり珍しいがな」


 ……あの噂、本当だったのか?……『アーバンの厳律修道会』のシスター・アビゲイル。彼女がそんなことを言っていたが、冗談だと考えていたのに……。


「さすが、ガルフであります」


「……なるほどのう。アレの仔らか。我らがシアン・ヴァティを拾うのも、運命だったのだろうなあ……元気か?」


「少し前に死んだであります」


「…………そうかあ。時代は、変わるモンじゃなあ。さらばだ、白獅子。自由なる風の申し子よ」


 出会った時からジジイだから、『自由なる風』の部分までは、分かるが。申し『子』ってイメージはないなあ。酒瓶を抱えて、意地悪そうに笑っているイメージが強いぜ。


 ……だが。


 『自由なる風』という言葉は、とてもガルフらしい。『十七世呪法大虎』は北海の風を見つめる。昔を懐かしむように。若い頃のガルフは、風のように踊ったのだろうな。


 二つの手を、自在に操る男だった。器用さと悪知恵のカタマリのような男だった。


 この『十七世呪法大虎』も、ガルフの狐につままれるような戦術にハメられて、酷い目にあってしまったことがあるのかね……?


 ちょっと気になるから、『呪法大虎』に近づいていた。口が動いていたよ、勝手にな。


「……ガルフは、どんなヤツだった?」


「……んー。んー……?……善人じゃないのう。ワシ、アレに負けたけど、何か釈然としない負けだったぞ?」


「ククク!ペテンにかけるのも、ガルフの流儀じゃある。ガルフは、自分よりも強いヤツに勝つことに優れていた」


「……武術家の天敵のような男じゃった。鍛えた力も、磨いた技も、あまり、アレには意味がないようだった……」


「変幻自在」


「そうじゃった……そして、小細工を破ったら破ったで……」


「ああ!……困ったことに、強いんだ」


 細かな技巧とペテンと策略。そんなモノを山のように繰り出し来る。その小細工に対処を重ねて、力勝負に追い込んだら。一流の武術が待ち構えている。


 小細工ってのは、弱者の手段だが……ガルフ・コルテスはそうじゃなかった。


「……なんか、イヤな戦い方をする男じゃったぞ?……ああ、思い出は美化される。よくよく思い返すと、ワシ、アイツのこと嫌いじゃったような気がして来た」


「ククク!ああ、そんな男だったよ。味方にすれば、面白いジイサンだった。でも、ガルフと戦うって思うと、そりゃあ、イヤだろうな!!」


 自慢気に笑ってしまう。


 しかたがないだろう?……オレの偉大なる師匠だ。師匠のことを誇って笑う。これほど楽しいことは、あまりないよ。


 師匠に負けたことのある、偉大なる武の達人に対して、見せつけるときはドヤ顔でいいのさ。


「……うー。そ、そろそろ離せ?」


「ミアって呼んだら、は・な・す」


「うう!!わかったわよう!!しつこいんだから……み、み、み、み……ミア!」


「うん!ミアだよ、カーリーちゃーん!!」


「うわわわ!?だ、抱きしめるなああ!?は、離すんじゃないのかよううう!?」


 いちゃつく子供たちがいた。


 丘の上でコロコロと転げ回りながらも、ミアと親友のカーリー・ヴァシュヌちゃんは楽しそう。お兄ちゃんの目玉は、その光景を見守ることが出来て、とても嬉しいよ。


「……おーおーおー。孫どもは仲良しじゃのう」


「あの子は、ガルフの孫じゃないぞ?」


「む。そうか。まあ……孫弟子ってところなら、孫じゃ孫!ハハハハハハハ!!」


「……そうだな。ガルフ・コルテスの『孫』……その名に相応しいのは、ミア・マルー・ストラウスを置いて、他にはいないな」


「じゃろう?……あの動きには、何だか、ヤツを感じる。自由で、身勝手で、緩急の差が利いていて、まともに挑むと、呑み込まれてしまうよーな……ああ。ムカつく!!」


 どんなことをしたのだろうか?……ガルフ・コルテスの戦い方は、アイデア満載で胡散臭いからな。弱いくせに、なんか強い。追い詰めたら、実力を出す。


 ガルフを追いかけるような戦い方をすれば、勝てるような気がしないよなあ……。


「……それで。赤毛殿よ。そなたがソルジェ・ストラウス殿であるな?」


「……ああ。本題に入ろうか?」


「ふむ。どっちじゃ?」


「アンタの依頼に乗りますよ、『十七世呪法大虎』殿よ」


「ほう。いい答えじゃな。理想としていた答えである……」


「……そうか。しかし、そんなに信頼が置けるのか、アンタに届いた、ジグムント・ラーズウェルからの手紙は……本物なのか……?」


「……数年ぶりの手紙。ヤツの字だとは、思う……」


「現物はあるかい?」


「うむ。あるぞ」


「オレに貸してくれないか?」


「どうするんじゃ?」


「オレの部下には『狼男』がいる。ジャン・レッドウッド。彼の『鼻』で、その手紙を書いた人物が……本当にジグムント・ラーズウェルなのか、照らし合わせようと考えているんだ」


「……『鼻』?……つまり、臭いでか!?」


「そうだ。オレたちには出来ないが、ジャンの『狼男』としての力ならば、それが出来るんだよ」


「……なんとも。すさまじい能力であるな…………で」


「で?」


「どれが、狼男じゃ?」


「当ててみればいい」


 『呪法大虎』はなんだか子供みたいにウキウキしていやがるな。


「師匠……っ」


 シーグ・ラグウが困ったような呆れたような顔をしていた。彼は『十七世呪法大虎』という、ちょっと変わった師匠に仕えるという、不運な星の下に生まれた男であるようだ。


 『呪法大虎』は、オレたち『パンジャール猟兵団』の男たちを見回していく。四人の顔を見終わった。ジャンは、何だか居心地が悪そうだったな……ギンドウは、しまりのないいつものヘラヘラ顔。オットーは愛想良く、静かに微笑んでいた。


「……誰が『狼男』なのか、分かったか?」


「ふーむ……正直、お前が一番、獣くさい見た目だぞ?」


「はあ?……獣くさい見た目って何だ?……バカにしてんのか?」


「男らしいという言葉に脳内で変換すればいいだろう?」


「獣くさいと男らしいじゃ、かなり違うよ」


「昔は似たようなモノとされておった」


 さすがにそんなことはない気がする。でも、まあ、いいや。どうせ、オレなんてガルーナの野蛮人だしな。巨大な鋼を振り回して、竜に乗って暴れるような連中の末裔だ。


 獣くさくてもいいさ。


 『呪法大虎』は、まだ『狼男』当てを楽しみたいらしい……オレ以外の猟兵男子のところに行って、一人ずつ顔を確認していく。


「ハーフ・エルフは……目つきも悪いし、邪悪そうだ」


「オッサン、それ偏見っすよ?」


「口も悪い!『狼男』っぽい気がするのう……でも、違う!!」


「へー。当たり」


「じゃろうな。魔銀の義手なんぞしておる。『狼男』は、そんなものをしてはおるまい」


「そうそう。魔銀製品に触れたら、『狼男』は融けちまいますもんねえ。泡になってブクブクと消えちまうもんすねえ?」


 それこそ偏見だ。ジャンが目玉をひん剥いている。そして……え?あいつ、ギンドウの魔銀の義手を見て、震えているケド……?あれ?……信じているのか?そんなわけないだろ?


 あ。ジャンが、首を振っている。そうだ、そうだよ、ジャン・レッドウッド。お前はギンドウの義手を握っても泡になってブクブクとか言い出さないだろ?


 自分のことなんだから、しっかりしてくれ?……魔銀製品触っても平気じゃないか?よし。ジャンのヤツはうなずいている。冷静に自分を解釈しているな。


 そう。


 『狼男』は、魔銀に触れても大丈夫―――。


「―――やはり!!そうだろうとも!!魔銀製品がへっちゃらな『狼男』など、この世におるわけがない!!」


「……ッッッ!!?」


 ……ああ、ジャンが見たことないぐらい、大きく口を開けているのだが?それを見て、ギンドウが腹を抱えて笑っている。オレは、そんなに笑えない。ギンドウはやっぱり悪人だよ。


「ぼ、ボクは……じゃあ、やっぱり……そっちじゃなくて、い―――」


 ―――『犬男』とは言わせたくない。ただでさえ、『闘犬殺法』が強すぎて、『犬男』もいいかな?って考えているフシがあるんだ。


 それに、今ここにはキュレネイがいるんだぜ。ジャン、『犬男』説を唱えだした張本人がな!……クソ、危険過ぎる、オレの部下に『犬男』なんていない―――。


「コイツか!!」


「いえ。私じゃありません」


 『狼男』当てクイズは続いていた。しかし、外れていた。


「ぬう!?意外性を狙ったのに。こういう紳士が案外、邪悪な『狼男』だったりするもんじゃろう?……推理小説とか?ホラー小説なんかでも、紳士的なヤツの本性はたいがい危ないもんじゃぞ?」


「い、いや。いいか、『呪法大虎』。この赤茶色の髪の青年が、『狼男』だ。ジャン・レッドウッド!!そう、『狼男』だ。お前は『狼男』だな!?」


「え?は、はい……なんだか、魔銀製品とか触ってもブクブクとか言いませんし。も、もしかしたら『違う可能性』もあるのかもしれないですけど、『狼男』です?」


「……本当か?地味な『狼男』もいたもんじゃなあ……」


「す、すみませんです。もしかしたら、ボク、『狼男』じゃないのかも?」


「いや。『狼男』だ。間違いない。ほら、ジャン、変身だ」


「は、はい!』


 ぼひゅん!……ちょっとマヌケな音を立てて、ジャンは4メートルほどの巨狼に化けていた。


「うお。本当じゃな。これは、大きな―――」


「―――大きな狼だな」


 犬とは言わせん。これは、オレが断じる。間違いなく、狼だ。


「……ふむ。有能なだけではなく、面白い人材を揃えておるようじゃのう」


「まあな」


「よし。ソルジェ殿。クイズの答えも分かってしまった。兵士たちを長く任せてもいかんじゃろう。ほら、コレじゃ」


 『十七世呪法大虎』はその手紙を取り出した。オレはそれを受け取る。


「たしかに預かった。では、さっそく、『ベイゼンハウド』に向かうとしよう」


「……ちょっと待ってくれ」


「なんだ?何か他に用があるのか?」


「……アレを連れて行ってくれ。追加報酬も出す」


「……アレとは?」


「ワシの孫じゃ。お前らと行けば、いい修行になりそうじゃからなあ」



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