第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その1


 ―――我らの名を讃えるがいい、北の勇者『北天騎士団』と!


 その名誉は天を巡る星のように、欠けることなく。


 世界の終わりの日まで、騎士道に在る。


 我らは我らの民草のために、幾度も命を捧げるだろう。




 ―――終わらぬ冬が来たとして、我らの魂は凍てつかぬ。


 我らが我らである限り、『ベイゼンハウド』の十都市連合の盾である。


 我らの命に価値など求めるな、我らは死ぬためだけに生まれたのだ。


 我らの死に涙はいらぬ、我らの敗北にこそ備えていればいい。




 ―――魂は永久に燃え続けるが、肉体は敗北に凍てつく日も来よう。


 我らは死の眠りを恐れることはない、我らのまぶたが何度閉じようとも。


 我らが魂は空の星よ、無限に巡り剣に宿る。


 十都市連合の子らの指に、我らは再び戻り騎士となって技に宿ろう。




 ―――我らの剣技がある限り、あらゆる魔物に恐れることはない。


 死をも恐れぬ勇者の群れに、北の海に凍てつく故郷は守られる。


 怯えることはない死の道を歩もう、どの戦いに怯えることもない。


 勇者の死は春を呼ぶだろう、新たな命のための盾となる。




 ―――剣よ、北の勇者と共に征こう。


 悪鬼の群れを蹴散らして、病魔の呪詛に祈りを捧げ。


 命を捧げて剣になろう、魂を捧げて盾になろう。


 全ては十都市連合のため、凍てつく故郷の春を呼ぶために。




 ―――忘れるなかれ、命の炎が燃え尽きたとしても。


 北の勇者が、『ベイゼンハウド』にいつもいることを。


 祈りと共に進み、死と引き替えに勝利をもたらせ。


 慰めはいらぬ、鉄と死と返り血だけでいい。




 ―――忘れるなかれ、この戦いの意味を。


 『ベイゼンハウド』の地に咲く花よ、我らのために咲くなかれ。


 我らは全てを捧げた者、騎士道に行き見返りは求めることはない。


 ただ一つ願うべきは、我らが故郷の永らく平和。




 ―――そのためだけに、全てを捧げよう。


 我らが戦いと名誉の意味は、それのみだ。


 命も死も祈りも痛苦の血も、全てを捧げて剣である盾となる。


 我らは北の勇者『北天騎士団』、鋼よりも硬い氷の剣を振るう者。





 ……『呪法大虎』指揮下、5000のハイランド王国軍は『ヒューバード』の外に並んでいる。何とも壮観だったよ。


 ゆるやかな丘の下に並ぶ、威風堂々の戦士たち。彼らの多くは須弥山・螺旋寺で腕を磨き続けた上位の『虎』たちだ。


 王国を牛耳る『白虎』の誘惑さえも断ち斬り、常に『強さ』のみを追及し続けた武人たちである。その顔には、獣のような『シマ』の入れ墨を入れている。『虎』の証だな。


 螺旋寺の主に認められたとき、その門下は『虎』を名乗ることと、その入れ墨を許されるという。


 ……『虎』になり、須弥山を下りる者も多いようだが―――彼らはそれからも道を究め続けた存在である。誰よりも強く。誰にも負けない己であろうと。見果てぬ武術の山を登り続けた剣士たち。


 ……軍が動き始める直前だというのに、武術の訓練をしている。日課のようだな。朝食の前後に、鍛錬を行う。常在戦場、メシを食うときさえも戦いの中に生きろ。


 『虎』の千尋の谷よりも深い、闘争本能剥き出しの哲学だ。


 メシぐらい安全なときに食べたいものだが、彼らはそれを拒んでいるようだ。一糸乱れぬ動きで、双刀を振るう。幼き頃よりの繰り返された鍛錬は、彼らの動きを一つにするのさ。


 その剣舞は速く、正確である。


 動きの全てに哲学が宿り、それらはギラつくほどに輝いている。攻撃の舞い、守りの舞い。避けの舞い、逃げの舞い。殺しの舞い、武器破壊の舞い。あらゆる動作に芸術的なまでの機能美が備わっている。


 むろん。


 戦いの場では、そのままそれらを体現することはないが―――この動きこそが『虎』の神髄である。全ての動作に、最強の剣聖である『虎姫』シアン・ヴァティの動きを見ることが出来た。


 だからこそ。初見なのに、ミアは完全にそれらの剣舞をマネしている。


 ミアはシアンに憧れているところがあるからな。身軽さ由来の、究極の暗殺舞踏……『フェアリー・ステップ』。伝説の暗殺者の歩法をミアが再現するためには、シアンの歩法を習得する必要がある。


 いや。


 違うな。


 超えたいのさ、我が妹、ミア・マルー・ストラウスは。伝説の『フェアリー・ステップ』も、『虎姫』さえも超えた強さを手にしたいのだ。


 動きながら、その意味を体に教えていく。考えなくても技巧を放てるように、技巧が戦場で自分を裏切らないように。ミアは、須弥山の剣舞を追いかけながら模倣するのさ。


「―――むう。上手なものだな、ミアは」


「イエス、リエル。ミアは完璧に模倣しているでありますな」


「……ふむ。二刀を操るための動きか……弓使いの私には、難しそうだ」


「イエス。リエルがマネしても、おそらく意味が薄い。体作りの鍛錬にはなっても、利き腕を用いる動作が鈍るかもしれない。マネすると、弓の威力が下がるでありますな」


 キュレネイ・ザトーの分析力はスゴい。誰よりも模倣が上手な人物であるからこそ、彼女はそれらの動きのメリットもデメリットも識っているようだ。


 ……ああ、そうだ。オレも同意見だ。


 リエル・ハーヴェルは、本格的にあの双刀の舞いを学ぶ必要はない。弓の威力と精度を保つためには、両利きにならない方がいいと思うぜ。


 二刀流は、威力を下げるからな。森のエルフの大きな弓には、むしろマイナスにもなるだろう。


 それぞれの武術に適した鍛錬というものがある、誰しもが最強になれるという鍛錬方法はないのさ……。


 今。時刻は午前の10時……ようやく朝食後の剣舞が終わる。ハイランド王国から、持ち込んで来たシロモノなのだろうな。5000の兵士の前で、剣舞を見せていた男……『呪法大虎』の使者でもある、シーグ・ラグウが巨大な『銅鑼』を鳴らしていた。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッ!!


 地の底にまで響かせたいかのような、深く染み入るような音が鼓膜と腹を揺さぶった。デカい音だな。こんな大きな楽器の音は久しぶりに浴びた。


「……これより、十五分の休憩後、北上を開始するッッ!!装備をまとめ、隊列を組み上げろッッッ!!!」


「了解でありますッッッ!!!」


「了解でありますッッッ!!!」


「了解でありますッッッ!!!」


 平地なのに、やまびこが聞こえたような気がした。ほとんど同時に発せられた5000の兵士たちの返事が、わずかなブレを残して空に響いた結果だな。


 不思議な歌だよ。


 上空で旋回するゼファーも、ちょっと驚いている。大きな声だから、触発されて歌いたくなっているが、やめておけと指示していた。


 ……なにせ、今のかけ声だけでも、『ヒューバード』の市民たちは不安で不安でしょうがないだろうからな……。


 空から竜の歌まで響いた日には、また戦でも始まるんじゃないかと怯えてしまうだろうから。空を揺さぶるほどの、気合いに満ちた歌―――『虎』の価値観では、朝のあいさつみたいなものだろう。


 須弥山のお馴染みの光景かもしれないが……間違いなく、『ヒューバード』市民は怯えちまうよ。こういうところが、俗世とのズレだよな。


 須弥山で武術を追及するのは良いことなのだが、ちょっと世間からはズレてしまっている。行く先々の街で、コレをやるつもりなのか……?


 悪いとも言えないが、軍隊があまり大声を上げていると、市民が恐怖心を抱くことも教えておいて欲しいところだな、ハント大佐には……。


 さて。


 先行する4万の主力部隊を追いかけて、これから、この5000は北上する。オレたちも『呪法大虎』のところに行こう。彼は……ここから反対側にある丘の上で、弟子たちを見下ろしながらうなずいている。


 年寄りの『虎』さ……シアンが教えてくれる。


「……アレが、『十七世呪法大虎』だ。十七代目の『呪法大虎』……老いた『虎』だが、まだ百人ぐらいなら、兵士と刺し違えてみせる……」


「ああ、そんな雰囲気はある…………それで、あのジイサンの側にいる、小さいのは?」


「……あの小さいのは、十八代目候補だ。十七世の孫。まだ12才だが……かなりの強さだ。戦場でも、ヒトを殺せる」


「だろうな。ミアの動きを見ていた。腹を立てているな。自分より強い子供を見たのは、初めてなんだろう」


「……ああ。私の再来と言われて、天狗になっている。アレは、私に対して、うるさくつきまとう。私は、あそこには、行かん……ミア。絡まれたら、教えてやれ。上には上がいるということを」


「オッケー。あの子、ミアのこと睨んでるから、目にもの見せるよ、いざとなれば!」


 ……天才お子様対決が始まる予感だな。あまり、クライアントの孫をいじめるもんじゃないんだが。武術家の孫なら、武術で負けるのも糧の内じゃあるか……。


「さて。行くぞ。『呪法大虎』殿に依頼を受けると伝えに行くぞ」



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