序章 『呪法大虎からの依頼』 その16


 朝飯を終えて、装備を調えて宿の外へと飛び出すよ。


 懐かしい声を聴いた。


『ヒヒイイイイインン!』


「団長、お久しぶりであります」


 風に揺れる水色のサラサラとした髪に、手足の長い細身の体。そして、紅玉のように赤い瞳に無表情。


 ユニコーンの『白夜』と、猟兵キュレネイ・ザトーが宿の前にはいた。『白夜』は主であるロロカ先生の元に向かう。ロロカ先生の手で撫でられて、ウットリとしているように見えた。


 ミアは走っていた。


 仲良しサンのキュレネイ・ザトーの元にだよ。


「キュレネイだー!!」


「お久しぶりでありますな、ミア。おお、しばらく見ないうちに大きくなって」


「あはは!キュレネイ、嘘つき。四日前だもん」


「そうでしたな。四日ごときでは、そう変わらないであります」


「うん!あはははは!」


「ははははは」


 キュレネイは無表情&感情のこもっていない声で『笑っている』。『ゴースト・アヴェンジャー』としての後遺症さ。


 だから、その違和感を気にする必要は無い。表情が無かろうとも、感情表現が声に反映されることが無かろうとも。心は通じる。


 猟兵の口をニヤリと歪ませながら、オレは猟兵キュレネイ・ザトーの元へと近づくのさ。美男子のスマイルじゃなくて、野蛮な魔王の貌でな。オレも、笑顔が苦手らしい。おそろいだな。


「よう。元気だったか?」


「イエス。元気でした。団長も、コレを食べるでありますか?」


 キュレネイはその長い腕に紙袋を抱えている。大量のドーナツを彼女は買っていた。あのマダムのものだと思う。


「いや、残念だが朝飯を食べてきたばかりだ」


「バイキング形式だったの!」


「なんと。むう。それは是非とも声をかけて欲しかったであります」


 ……究極の大食い女子でもあるキュレネイ・ザトーVSハイランド料理の『満腹以上のおもてなし』か……凄惨なバトルになりそうだ。


 あのシェフ、彼女を連れて行ったら喜びそうだぜ……。


「……いや、そもそもだが、君が来るって連絡は無かったぞ?」


「イエス。そう言えば、そうでありました」


「何かあったのか?」


「いえ。団長の命令通りに、テッサ・ランドール市長の護衛を務めておりましたところ。解雇されてしまいました」


「解雇?何かしたのか?」


「いいえ。むしろ、私の魅力のせいでありましょう」


「……よく分からんな?」


「私は、『オル・ゴースト』勢力の生き残りのように振る舞いながら、テッサ市長に協力していたのであります」


 そう指示していたはずだ。


 キュレネイは本物の『ゴースト・アヴェンジャー』、テッサの護衛に就くことで、テッサが『オル・ゴースト』の『継承者』でもあることを示そうとしたのさ。


「目論見は上手く行きまして、『ヴァルガロフ』の古参のマフィアや、市民たちは、テッサ市長が『オル・ゴースト』の『継承者』であると認識したようであります」


「それは良かったじゃないか?」


「イエス。そこまでは良かった。ですが……一部の勢力が、この美少女『ゴースト・アヴェンジャー』である私に対して、求愛を」


「……求愛?告られたのか?」


「いいえ。テッサ市長を殺して、第二の『オル・ゴースト』を立ち上げないかなどと、『ザットール』の連中に声をかけられました」


「……きな臭いな」


「そいつらの首を刎ねて、テッサ市長に献上したところ」


 ―――もっと、きな臭い美少女『ゴースト・アヴェンジャー』がここにいたよ……。


「ガンダラとテッサ市長が相談し、私の存在を隠した方がいいんじゃないかという結論になったのが、昨日のこと。私の魅力が、マフィアの残党どもを誘惑して、首刈りを増やすことになってはマズいという判断の結果、こっちに行けと言われた次第」


「キュレネイ、クビにされたんだ」


「イエス。ミア、私は哀れな失業者であります。ホテルの宿のゴハンではなく、路上で売っているドーナツなんぞがお似合いの、貧乏美少女ガールなのでありますぞ」


 まったくの無表情で、こんなふざけたセリフを吐いてくるから、キュレネイって楽しいよ。まあ、彼女も好きで無表情なワケでは無く、アスラン・ザルネと『オル・ゴースト』が、彼女の脳を壊した影響らしいが……。


 エルゼ・ザトー……キュレネイの姉のハナシでは、キュレネイの脳は回復しているらしい。だから、いつか笑えるようになるのだろう、この美少女サンは。


 そうなれば、誰もが彼女の笑顔に心を奪われてしまうかもしれない。この幻想的な雰囲気のある美少女サンにね―――まあ、食い気を抑えないと、色気が冴えない気もするが。


「ミア、いりますか、ドーナツ。ラストの一個でありますが」


「何個食べたの?」


「銀貨を10枚分です。お小遣いが消えたでありますな」


「今、お腹いっぱいだから、いいよ」


「そうでありますか。では、皆の前で失礼して。もぐもぐ」


 二秒だった。


 二秒後、キュレネイのノドはごっくんとドーナツを呑み込んでしまっていた。


「でりしゃす。庶民の味が、スラム育ちの私の貧乏な舌に合うでございます」


「キュレネイ、スゴいね。ドーナツ、噛まないの?」


「噛んでおりますが?きっと、素早すぎて、肉眼では噛んでいないように見えるだけであります」


 ……本当なのだろうか?……ちょっと、オレには分からない。そんなに早く、アゴって動くモノかな……いや、止めよう。キュレネイの早食いとか大食いの前には、理屈とか通じないしな……。


「……とにかく、団長。無職で大食いの私に、お仕事を下さいませ」


「ドーナツの欠片がついているぜ?」


「おや。失敬」


 キュレネイが手のひらで口元を隠す。次の瞬間には、ほほについていたハズのドーナツの欠片が消えていた。ミアが、叫ぶ!


「ぶらぼー!……手品!?手品!?」


「ドーナツへの愛が起こした、奇跡であります。手品ではありません」


「舌?舌が伸びたの?」


「美少女の舌は、カメレオンのようには伸びないでありますよ」


「……じゃあ、『風』かなあ……キュレネイ、ホントに器用……っ」


 ミアはキュレネイの謎に挑もうとしている。多分だけど、答えとか出ない。


「では、団長。器用な私に任務を。団長のためなら、色々なことをするでありますが?」


「ああ。お前の忠誠心と能力を疑ったことはない……さてと、それじゃあ……どっちの任務がいいかな……」


「あ」


「なんだ?」


「『予言者』の二人の脳にかけられていた呪いを、マイ・シスターは解いたのでありますが」


「さすがはエルゼだな。それで?」


「ですが、あの二人が呪いを解く直前、最後の『予言』を残していたようです。それらは文章と絵であり、解読するのに、時間がかかってしまった」


「そんなことがあったわけか」


「イエス。さて。団長、私を、より遠くの任務に連れて行って下さい」


「……どういうことだ?」


「アレキノとラナの『予言』では、団長、『遠い土地の騎士に、剣で負ける』ようでありますから」


「……マジか?」


「ええ。私の視野で、二人は『予言』を行っていたのでありましょうな。未来を覗いた。なので、私がそちらに行き、団長の敗北を、回避します。そいつの首を『戦鎌』で、叩き落としてやりましょう」


 ……何とも、イヤな『予言』だな。縁起が悪い。オレが剣で負けるってか?……ああ、『北天騎士団』相手なら、あり得るかも知れない。


 仲間たちを振り返ると、ギンドウ以外は、割りと真剣な表情になっていた。この空気をオレは読むよ。


「じゃあ、オレが負けても死なないように、護衛についてくれるかい、キュレネイ?」


「イエス。心得たであります」


 ピシッと敬礼しながら、キュレネイは無表情で宣言する。その態度や、どこかおどけたセリフの数々とは異なり……今の彼女の瞳には、強い意志の光が宿っているのが分かる。


 オレ、心配させちまっているのかね?


 ……でも、いいのさ。オレが負けようが、構うことはない。キュレネイがいるんだから死なないよ。


 それに、一度は『予言』を破った。キュレネイに殺される?……『予言』は絶対じゃない。だから、楽しみだよ。オレに勝つとかいうのは、『北天騎士団』の誰かだろう。


 ……勝たせねえよ。


 オレさまを、誰だと思っているんだ?……猟兵の頂点、猟兵団長ソルジェ・ストラウスさまだぞ?……負けるかよ、北天の騎士ども!!



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