第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その38


 ……アンデッドとの戦いは終わる。『呪刀・イナシャウワ』は砕け散り、すっかりと魔力を失ったせいか、粉々になってしまうのさ。消し炭のように崩れていたよ。


 所有者の魔力で動いていたのかもしれないが、ミハエル・ハイズマンも死んだ。『イナシャウワ』の犠牲者は、これ以上は出ないで済む……『研究日誌』だけは心残りだが、近いうちに処分することも叶うだろう―――。


 ―――世の中に対して、あまりにも危険な術。生命の秘密を追い求めただけの賢者たちではあるが、まさか、こんな醜態を晒して終わることになるとはな……結果論だが、『シェイバンガレウ城』と、その地下を探索しておいて良かった。


 重要そうな書類は回収している、アレもまとめて焼き捨ててしまおう。世界には無い方がいい力もある。アプリズの『遺産』は、まさにその典型的なものと言えるだろうから。


「ソルジェよ」


「リエルか……ケガはないか?」


「うむ。当然だ。今回も、お前が我々の中では疲弊しているな」


 猟兵たちが集まって来てくれている。ああ、シアン・ヴァティ特務注意だけは、ハイランド王国軍の兵士たちに指示を飛ばすために、ここには来ない。だが、当然のように元気だ。


 まあ、当然だ。『虎姫』、シアン・ヴァティがスケルトンの群れを相手にケガなどするハズもないからな。リエルの言う通りに、集まって来た猟兵たちは全員、大きなケガもしていない―――隠れ働き者のギンドウさんだけは、ジャンの上で青息吐息だ。


 『三倍・ジゲルフィン』に対して、ほとんどの魔力を注いでいたのだろうか?


『『どーじぇ』ー、『まーじぇ』ー、みんなー!おつかれさまー!!』


 ゼファーが空から降りてくる。白骨を踏みながらも、オレたちの集まりに近づいて来た。この輪に混ざりたいのさ。


 『マージェ』に向かって竜は長い首を伸ばす。リエルはその鼻先を母性の微笑みを浮かべながら撫でてやった。


「いい働きだったわよ、ゼファー?」


『うん。みんなも、いいかんじ!』


「ええ。今回もいい仕事を出来たわ」


 そうだ。いい仕事をしたつもりだぜ……。


「……被害を、かなり防げただろう。ミハエル・ハイズマンの作戦は、なかなか危険なシロモノだったからな」


 もしも。あのゾンビの群れを突破するのが遅れていたら?……スケルトンが街中に流れ出していたかもしれん……。


 『呪刀・イナシャウワ』の気配を追いかけられたからこそ、ここに『虎』を誘導出来た。アレがなければ、街中にゾンビは広がっていたさ。そうなれば、ハイランド王国軍がこの場所が『発生源』だと気づくことは遅れていただろう。


 ゾンビに構っているあいだに、スケルトンまであふれて出て来た。油で焼き払うことも出来ずに、泥沼の戦いを雨のなかですることになっていたよ。


 被害は、今の何十倍にもなっていただろう。死傷者だけでなく、事態の収束までに要する時間も増大していた。ハイランド王国軍の体力の消耗も激しくなり、北上を開始するタイミングにも大きな影響を出しただろう。


 その上、ミハエル・ハイズマンと『呪刀・イナシャウワ』を逃すことになっていた。ヤツらが逃れていたら?……帝国軍は、ミハエル・ハイズマンを大きく評価したかもしれない。


 ミハエルの計画の通りに全てが進んで行けば、こちらの損害は大きかった。帝国軍の方はダメージが無いしな。軍人としても、呪術師としても、ヤツは帝国軍のなかで大きな権力と、さらなる出世のチャンスを得たかもな。


 下手をすると、帝国軍が本腰を入れて、呪術を使って来るようになった可能性すらある。


 厄介な男を処分することが出来て、良かったぜ……。


「―――ストラウス卿」


「……ん。ああ、ハント大佐」


 事態を聞きつけてというか、アレだけ巨大な怪物が『ヒューバード』の街中で暴れていれば、それは気になってやって来るよな……。


 ハント大佐は見るからに手練れと分かる『虎』たちを引き連れている。『須弥山』のオールスターたちかな?……どれもこれも、かなりの腕前のようだ。


 ……だが。お偉いさんを無視してガン見したり、まして手合わせを願い出ている場合ではない。ハント大佐も、オレの雇い主のようなものだ。そして、何より『自由同盟』の重鎮でもある。


 彼はこの状況に説明を求めているようだった。それはそうだろうな。


「ハント大佐。少し長くなるが、報告しておかなければならないことがある」


「……うむ。よろしく頼む。この状況は、一体、どうなっているんだ?」


「……雨のなかでもいいかい?」


「ああ。この場で頼む。事情を把握しておきたいのだ」


「わかった―――」


 ―――オレは長い説明をした。色々と端折りはしたが、概要は伝わっただろう。ハント大佐は賢い人物だからな。


「……帝国軍が、呪術を使った攻撃を仕掛けて来たか」


「そうだ。主犯は、ミハエル・ハイズマン。そこに転がっている死体だ」


「……ふむ。ミハエル・ハイズマン。君たちの爆破作戦で仕留められたと考えていたのだがな」


「生きていたらしい。巻き込まれていなかったか、かなり早くに脱出していたか、そのどちらかだろう」


「運がいい男だな。まあ、ストラウス卿に遭遇した時点で、運が悪いとも言えるがね」


「……ククク!そうだな。ヤツは運がいいような悪いような男だった」


「脅威は……残された『研究日誌』だけか」


「呪術に関してはな。だが、ミハエルと行動を共にしていた兵士が数名いる。呪いを使っても、そいつらはミハエルを非難しなかったようだ」


「なるほど。帝国軍にとって公認の作戦であった?」


「……ミハエルは才在る呪術師かもしれないが、まだ2年しか研究を続けてはいない」


「同行者たちは、呪術師の類いと?」


「そんな気がしている。断言は出来ない。影に潜む任務。死体を漁っても情報は手に入らないだろうし……そもそも、スケルトンごと燃やしてしまった」


「構わないさ。ストラウス殿は、最善を尽くしてくれた。貴君がいなければ、被害はもっと大きかっただろう」


「ハント大佐の役に立てたのならば、光栄ですよ」


「社交辞令でも嬉しい言葉だ。では、私は兵士たちに指示を出そう。この骨をどうするかも考えなくてはならないからね」


 ……辺りは、骨の海だった。この惨事は、後片付けも含めて途方もない労力を強いられることになるだろう。


「後片付けも大変そうだ」


「『ヒューバード人』にも手伝ってもらう。捕虜も、市民も。帝国軍がどんな行いをしたのか知れば……我々の側につこうとする者も現れ始める」


「……いいアイデアだ。彼らは真実を知るべきだし、彼らの流儀で葬るべきだ」


「ああ。この骨たちは、彼らの先祖だからな……それでは、私は仕事に取りかかろう。ストラウス殿、大義であった。ハイランド王国からも、特別報酬を支払うことになるだろう」


「ククク!ありがたいですな!」


「フフフ。ああ、それと……『研究日誌』に関しては、こちらで処分するのでいいか?」


「ハント大佐を信用していますから、お任せしますよ」


「呪術の戦争利用を、私は好まない。まして、死者を起こす術などな。『虎』の誇りを失わせる方法だ。この雨が止めば、油を流し入れて、あの場所一帯の焼却処分を試みる。水溶性のインクは雨でやられる。油溶性のインクでも、それで溶けるだろう」


 さすがはハント大佐だな。本をよく読んでいるヒトは、そういうことを考えるわけか。インクを溶かすか。まあ、雨に油に、その後は熱で焦がすか―――それだけすれば、さすがに呪いの本もぶっ壊れるだろう…………。


「……大佐」


「どうした?」


「いえ、ミハエル・ハイズマンは出世欲と承認欲求のカタマリのような男だった。彼が、例の『研究日誌』を……帝国軍に見せている可能性はあるだろうか?」


「……そうだな。何とも言えない。しかし、交渉の大きなカードを、相手に委ねることを好まないのではないか?」


「その可能性もある」


「……現物がここにあるということは、彼だけが独占しようとしていた情報なのかもしれない。私の個人的な意見では、『研究日誌』の『写本』は無いと思うよ」


 ハント大佐は雨に濡れたヒゲ面に、やさしい微笑みを浮かべた。紳士的なおじさまだな。


「少しばかり個人的な希望が含まれているかもしれないが、私はそう考えている。出世欲に駆られた男は、情報を隠したがるものだよ」


 ……権力闘争に負けたり勝ったりして来た、ハント大佐の意見は、何だか重たい。信じるに値する重さを持っているような気がしたのさ。オレは納得することにした。彼の体験談は大きい。


 軍隊で出世した人物だ。まあ、王族でもあるから、実力だけってことは無いだろうが。


 ミハエル・ハイズマンのような庶民とは別の、エリートからの目線ってのも信用しても良さそうだよ。


 ハント大佐は、ミハエルのような人物の嫉妬や、その習性ってものを、オレなどよりも、よく知っておられるだろうからな―――。


 ―――軍隊で出世するっていうのも、大変そうだぜ。そう言えば、臨時の職だったとはいえ、特務大尉になっていた。オレも出世欲の強い『虎』の軍人たちに、変な恨みを買っているのかもしれない……。


 まあ、いいさ……。


 オレはハント大佐を見送る。それと前後するように、シアン・ヴァティが戻ったよ。彼女は、泣きはらした目をした僧侶を連れていた。


 ……ブルーノ・イスラードラだ。


 彼は……オレたちの近くに横たわる『弟』……ミハエル・ハイズマンを見つけると、ミハエル!と叫び、その死体に駆け寄っていたよ。僧侶の涙が、胴体を深々と斬り裂かれた死体に落ちていく。


 ブルーノは……あの悪人のために、泣いてくれる唯一の生者であった。ミハエルのために涙を流してくれそうな者たちは、死者ばかり……。


 ミハエル・ハイズマンは孤独な偽りの『王』ではあったが、ブルーノだけは彼のことを家族の愛情と、幼い頃からの友情を抱いていたのだ―――。


「―――ああ、私のほうが、10才も年上なのに……私は、フィーガロ先生の言いつけを守らなかったせいで…………貴方の道を、誤らせてしまった……ごめんなさい、ミハエル。貴方を、ここで死なせてしまい…………申し訳ありません、フィーガロ先生……」



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