第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その7
「どうしてでしょうか、オットー・ノーランさま?……私には、その言葉が頼り強く聞こえますが。もしも、私を慰めるためだけの言葉であれば……」
「いいえ。根拠はありますよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ」
オットーは自信がありそうだった。しかし、オレにはよく分からない。この木箱の中に、そんな根拠なんてあったのだろうか……?
まあ、猟兵があるって言っているのだ、信じることが団長の役目である。でも、根拠ってのを聞いてみたいな。
物欲しげな顔になっていたのかもしれない。オットーは、オレを見てうなずいていた。
「根拠は、幾つかありますが……まず、決定的なモノからです」
「な、なんです!?」
「リネンのシーツの『封印』が、この場で解かれていたことですよ」
「……封印?」
「ええ。聖水にひたされた布で、僧侶の手で施された」
「わ、私には、そういった大きな力は……」
「呪術には、『儀式』が大切なのです。貴方が僧侶見習いであり、聖水という聖なるアイテムで封じた。その形でも、十分な『封印』にはなっていたんです」
「そ、そうなんですね……」
……『アプリズ3世』も、それを期待していたのか。呪術を破る力が、10才の僧侶見習いの子供にもあった。いや、ある意味では子供の純粋さは呪術を最も拒むものかもしれない。
「……とにかく、『呪刀・イナシャウワ』においては、強く封印が施されていた。もしも、この木箱から『イナシャウワ』を回収した人物が、『賢者アプリズ』の呪術を狙う者であれば、その呪術の威力を知っているか、予測しているはず……」
「つまり、怖くて、この場では開けない」
「ええ。呪術は、基本的に感知されにくいモノですからね。機能しているのか、機能していないのかを探ることさえ難しい。呪術の専門的な知識を有する人々なら、この場でその封印を破ろうとは思わないはずですよ」
「な、なるほど!……何となくですが、分かったような気がいたします」
「……これを、プロフェッショナルの仕事とするには、あまりにも無警戒であるように見えるのです」
「たしかにな。そんな気がする。呪術や魔術に精通した者の行動としては、あまりにも、雑な仕事というわけだ。この場で、『それ』を開封するということは……」
「……ああ!!」
ブルーノ・イスラードラが、雨に打たれることを躊躇わずに、空を見上げる。彼の大きな丸い鼻の隣りに見える瞳は、ギュッと閉じられている。口を歪めて、彼は、祝うように言葉を放つ。
「よ、良かったあ……っ!少なくとも、フィーガロ先生の『遺品』を、悪用することが出来そうな者に、荒らされたわけでは、無いということですね……っ!」
「はい。絶対にとは言えませんが、まず、間違いないと思います。この場所から、『イナシャウワ』を取り出した人物は、呪術のシロウトでしょう」
なるほどな。
さすがは、オットー・ノーラン。今回は『三つ目族/サージャー』の魔法の目玉ではなく、その知性と知識から情報を分析した。
納得が行くよ。
たしかに、あのエルフたちの秘密結社やなんぞが、どうにかしてこの場を嗅ぎつけ、『呪刀・イナシャウワ』を回収したとしても、フツー、開かないだろう?……『魔術師殺し』として有名な殺人鬼。
しかも、10人の魔術師と戦い、その半数を殺した強者。その事実を知っている者たちなら、彼の『遺産』に対して、軽々しく触れることなど怖くて出来ない。
……おそらく。
いや、間違いなさそうだ。
オットー・ノーランの分析は正しく。今、オットーに抱きついて、おいおいと泣いている善良なるブルーノ・イスラードラの『安堵』は、正しいことだろうな。呪術を悪用することが可能な人物ではない。『呪刀・イナシャウワ』を掘り起こした人物は……。
だが。
それはそれで、新たな疑問を惹起させることにつながる。
「……ならば、誰だろうな?」
「……え?」
「……そうですね。そこは特定することは、出来ていない状態です」
「そ、そうですよね。ああ、『呪刀』も、『研究日誌』も、誰がどこに持ち出したのかは、分からないまま……っ。すみません、フィーガロ先生……っ」
……ブルーノ・イスラードラを見ていると、哀れな気持ちで胸が苦しい。喜んだり、悔いたり、彼の心は何度も日に晒されて、白い粉が浮かんでしまっているチョコレートのように、ボロボロになっていそうだぜ。
心なしか、あの大きな鼻までも、しぼんでいるように見えた。喜びも、悲しみも。こう何度も心に忙しくやって来られたら、かなり苦しい気持ちになるのだろうよ……。
「はああ……っ」
今にもゲロ吐きそうな酔っ払いみたいに、顔が青ざめてしまっている。ヒトの良さそうな顔が、不安であんなことになっちまう姿を見るのは、とても辛いことだった。
何か。
オレも貢献したいところだな。
ふむ。何かあるか……?
オレは『木箱』から取り出した、さまざまな遺品を見回していく。古くてボロボロの品々だった……。
それを見回す。
頭の中でイメージする。
『墓荒し』の姿を。
『そいつ』は、何しに来た?……『呪刀・イナシャウワ』の存在を知らない、シロウトが、たまたま、こんなトコロを掘り返す……?
そうとしか、思えないことだが。
そんなことがあるのか?
なぜ、そうなる。
ココを掘り返す目的は、『呪刀・イナシャウワ』を求める者以外で、あるというのか?……いや。そもそもだが。
ココを掘り返せる人物ってのは、誰がいる?……ココを探り当てるには、おそらく、彼から情報を得る必要がある。
埋めた張本人である、ブルーノ・イスラードラから。
昔のことだからな。ブルーノも若く、いや、幼く子供だった。30年、ブルーノはあの夜のことを黙っていた。黙っていた気になっているが……。
そうだろうか?
ガキが、そんな大きな秘密を、隠し続けられるだろうか?……根掘り葉掘り色々なヤツに、ブルーノ・イスラードラは質問を浴びた。高名な医師夫妻が惨殺されるような大事件、しかも僧侶たちも殺されていたというし……その惨劇の生き残り。
興味を持たれぬハズがない。
色々な人物が、探りを入れて来ただろう。だから、最初の内はブルーノ・イスラードラも強く警戒することが出来たはず。事件から数年の内は、彼は鉄壁に任務を守ったかもしれないな。
しかし、何年かして、誰もがその話を忘れたら?……5年、10年、15年と、長く時間が経つほどに……誰もが、事件を彼に訊かなくなるだろう。
そうなれば?
彼の心も、緩むかもしれないな。
そうなったとき、彼は、直接は口にしなかったとしても、身近な者や、周囲にいる者に、不意にこの場所を連想させる言葉や態度を、取るかもしれない。
社交的で、気さくそうで、明るい人物で、マジメ……孤独ではなかっただろう。情報を隠すには、孤独でないという条件は、かなり危険だな。重要なコトこそ、精神を支配する。日記の言葉が、彼の口癖にもなったようにな……。
無意識のうちに、かなり大きく、ブルーノ・イスラードラは『遺品』に心を影響されていたっとことだよ。
だから、彼の近くにいた者ならば、偶然にも、彼の口がすべらせた、ここを連想させる言葉を聞いている可能性は、ゼロじゃない。
というか。
そうでもなければ、こんな場所を掘るのか、『シロウト』が?
……掘り返すモチベーションがありそうな人物も、限られてくるな……それに。このリネンのシーツに、結わえられたロープ……『棒結び』でグルグル巻きにまとまっているわけだが……ちょっと、おかしいところがあるんだよなあ?
「……なあ。ブルーノよ?」
「え?」
「アンタ、右利きだよな?」
「え、ええ。右利きですけど……どうして、分かるんですか?」
「左脚の太ももの大きさで分かるよ。あと、動き方からも」
「……わかり、ますかね……?」
「まあ。武術家の特技みたいなもんだから、気にするな」
「は、はい……?」
ふむ。やはり、ブルーノ・イスラードラではなさそうだ。それに、このロープに染みついた魔力は、やはり『呪刀・イナシャウワ』を拘束していたモノのように見えるし、最初からこの箱に収められていたとは、考えにくい。
遺品入れに、ロープなんて入れるバカは、おそらくいないと思う。基本的に、ありふれた道具だしな。優秀な道具だが、消耗品……これは、ブルーノが『イナシャウワ』の封印に用いていた品だろう……。
「『墓荒し』は……『呪刀・イナシャウワ』を持っていった男は、『左利き』のようだぞ」
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