第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その2


 雨のなかを歩いた。亜人種たちだけがいる街を抜けていく?……いや、亜人種だけじゃなかったな。雨の中、城塞の修理をさせられるために動員されている帝国兵士の捕虜の一団とすれ違う。


 『虎』たちに囲まれて、手脚を鎖つきの枷で拘束されている。両手両脚を、勢いよくは動かせない。抵抗したら、一方的に『虎』の双刀に処分される。


「ああ、サー・ストラウス!!おはようございます!!」


 『虎』から挨拶される。オレも、それなりに有名になっているようで何よりだ。


 新兵400人を使い、『ヒューバード』を陥落させることに大きく貢献したからな。戦功に飢えているお偉いさんたちの心情はともかく、兵士からすればオレは間違いなく『英雄』だった。


「ハイランド人になるのなら、今度は、ストラウス特務大尉じゃなくて、ストラウス特務少佐になれるってハナシっすよ?」


 それでも、シアン・ヴァティより階級低いのかよ。ハイランド王国は、シアンに対して過度に気を使いすぎているようだ。彼女がハイランド王家の血を引いているという『噂』も、影響しているのかもな。


「おい!帝国の捕虜ども、お前らバカを引っかけたの、みーんな、あそこのガルーナ人の旦那だぞ!!」


 帝国兵士たちが、オレを見て来るかと考えていたが、捕虜たちは、むしろオレから視線を反らしていた。


「ハハハハ!!ビビって見れねえかよ!!」


「あのお方は、貴様ら、帝国人が死ぬほど嫌いなんだ!!何万人も殺しているぞ!!」


「ルード、ザクロア、グラーセス、ハイランドでも国境線で……アリューバじゃ海軍を皆殺しだ!!ついでに、ゼロニアではロザングリード軍もな!!」


「今度は、お前ら『ヒューバード』を血祭りってわけだ!!お前ら、あんなバケモノみたいなヒトを、裏切ったんだぜ?……バカよなあ!!ガハハハハ!!」


「おら!!さっさと進め、サボってんじゃねえぞ、クソ帝国人がよ!!」


 『虎』は捕虜の尻を蹴飛ばしていた。捕虜は、暗い顔をしたまま幽鬼のようにトボトボとしたか弱い足取りで、南の工事現場へと向かうようだ。


 僧侶はしばらく静かに雨のなかを歩いていたが、やがて、質問をしてくる。オレじゃなくて、彼が比較的、語りかけやすいオットー・ノーランに対してだったよ。


「……オットー・ノーランさま」


「なんでしょうか、ブルーノ司祭」


「さきほどの、ハイランド人どもが語っていたのは、真実なのですか?」


「ええ。我らが団長の公式な功績は、彼らの語った通りです。ここしばらくは、勝ちっ放しですね」


 ……その前に、9年も負けつづけているがな。故郷も失い、一族も皆殺しだ。冴えない人生もここに極まれりといった状況だったよ。


 でも、ここしばらくは、運もいいし。何より、竜騎士に戻れたことが大きい。ゼファーの機動力と、飛行能力があるから、少々のムチャな作戦もこなせるのさ。


「……怪物ですね」


 ブルーノ・イスラードラは、オレに視線を向けることなく、そう呟いていたよ。


「いいえ。英雄です。あくまでも、私たちの見方では、そうなります」


「……そう、でしょうな。敵か味方かで、その見え方は、大きく異なる。真逆にさえもなる」


「戦の英雄なんて、そんなものさ。けっきょくは、ただの殺戮者だよ。でも、オレたちにだって『正義』がある」


「……亜人種たちに、この世界を支配させたいのですかな」


「人間族と亜人種たち。その境界線を無くしたいだけさ」


「……なんと、おぞましいことを!!」


「ククク!……オレは、自分の望みをそう思うことはない。だから、オレもきっと、人間族たちから魔王と呼ばれる日が来るだろう」


「魔王……」


「ああ。ガルーナの最後の王、ベリウス陛下は魔王と呼ばれていた。亜人種びいきの魔王とな。オレは、それを継承する。オレは、魔王ソルジェ・ストラウスだ」


「魔王を名乗るのですか、自ら……」


「オレが欲しい『未来』のためには、必要なことだからな」


「……どうして、亜人種との共存を?」


「それが自然であると思うからさ」


「ありえない。人種とは、隔絶され、管理されるべきものでしょう。みだりに交じれば、『狭間』を産むことになる。彼らを、どの種族も迫害しているではないですか」


「その現状も変えたいな。ブルーノ・イスラードラよ、全ての子供たちが、自由に遊べる森があっても、良いとは思わないのか。人間族も、亜人種も、『狭間』も。全てがそこには生きている場所が」


「……それは……」


「オレは、そういうものが欲しいから、帝国と戦っている。アンタが願うのは、秩序か?人間族が全てを支配する世界」


「ええ……」


「そうかよ。オレは、そんなのイヤだから、ぶっ壊すんだ」


「……理想家なのですね。ずいぶんと、大きな野心を抱えておられるようだ」


「理想を求めずして、乱世の英雄は名乗れん。たくさん殺すよ。たくさんの血を流す。だからこそ、その血が注がれる『未来』が要る。多くを殺してでも、勝ち取るに相応しい『未来』だと信じているからこそ、オレは英雄をやれる」


「僧侶には、理解しかねますな……」


「それでいいのさ」


「え?」


「オレのような破壊者ばかりでは、世の中はおかしくなる。アンタのように、やさしい者もいるべきだ。殺すことではなく、祈ることで救われる者もいる」


「……可能ならば、殺さないでくれませんか?」


「それはムリだな。殺さなければ、逆に殺される」


「……私たち帝国人は、残酷だと?」


「残酷だとも気づけないとすれば、アンタはこの街を出て、帝国が奪った街のスラムでも見て来ればいい。腕や脚の一部を切られて、動きを制限された亜人種や『狭間』の子供たちの悲しく惨めな姿に出会えるぞ」


「……貴方は、亜人種の肩を持ちすぎてはいませんか……?」


「そうかもな。ガルーナの魔王さまは、弱い者の味方だ。だから、嫌われる。社会が好むのは強い者の味方だけだ」


「数が多く、強い者が秩序を築く安定した世界。一体、それに何の不満があるのか、私には想像もつきませんよ」


「ヒトには色々なヤツがいるってことさ。秩序よりも、自由の方が好きなんだよ」


「……法や神の教えの無い、無秩序を好まれるわけですか」


「そんなところさ」


「……やはり、貴方は魔王です」


 そんな無駄口を叩きながらも、雨のなかの行進は止まることはなかったよ。オレと帝国人の僧侶は、どうにも反りが合わないらしい。


 女神イースと魔王ってのも、相変わらず仲良くはないな。


 だが。


 その割には、長話は続いたよ。お互いが理想とする世界は、オレと彼とでは大きく異なっている。だからこそ、話していて、腹が立つし、興味もわくのだろう。こういうケンカ腰な対話ってのも、好きだよ、オレはね。


 オットー・ノーランは、怒鳴り合いにも見える、オレとブルーノの対話を、少し心配そうに見つめていたな。


 心配をかけているようだが、大丈夫さ。


 議論ってのは、ケンカ腰ぐらいで丁度、足りてるんだよ。


 雨の中で言い争うような対話をつづけながら、秩序と自由にまつわる議論は進み。ついでに足も進んでいた。


 『虎』が警備についている西の門に到着する。


「サー・ストラウス。西にお出かけならば、西に逃げた残党どもに、お気をつけて」


「……残党がうろついているか?」


「大半は片づけたはずですが、もしもということもあります。何なら、我々が護衛につきますが……?」


「遠慮させてもらおう。『パンジャール猟兵団』の猟兵が、二人もいるんだ。恐れるものは何もない」


「ええ。そうですね!」


「ですが、お気を付けください。サー・ストラウスは、我らが英雄……死なれると、帝国との戦に差し支える。いざという時は、我らをお呼び下さい」


「わかった。頼りにしておこう」


「はい。『虎』は、頼りになりますよ。ガルーナの魔王さま!」



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