第四話 『この復讐の雨に、名前を付けるのならば……。』 その13


 エビフライさんも、すげー美味かった。衣かは甘い風味が立ち上っていて、中身のエビの肉は弾力と甘味があり、歯を楽しませてくれるよ。


「もぐもぐ!……タルタルソースが、いらないレベル……っ。ていうか、これだけで、十分に最高……っ」


 ミアのグルメな猫舌が、最高と告げた後は、無言でもぐもぐエビフライさんを楽しんでいる。黒髪の中から生える、猫耳がぴょんぴょんと機嫌の良さを伝えて来るな。


 お兄ちゃんは、美味しい料理だけじゃなく。爆発的なエネルギーを含んだ妹成分も摂取している気持ちになる。シスコンだからね、楽しそうな妹を見ていると、本当に癒やされちまう。


「しかし、ハイランド王国軍のコックは、レベルが高いっすねえ」


「ん。ああ、そうだな」


「あー、ハイランド王国に、また行ってみたくなったすわ」


「料理が美味いところだし、種類も豊富。さすが移民の国だ。須弥山に惹かれて、世界中の剣士たちが集まった結果だよ」


「剣士ってのは、料理好きなんすかねえ?」


「……オレを見て、言っているのか?」


「まあ、そうっすけど?……実際、どーなんすかねえ?」


「……オレは料理するのも食べるのも好きだけど、シアンは違うだろ?」


「シアンは、呑むのと食べるの専門っすもんねえ」


「―――当然だ」


 女子テーブルから、サイコロステーキを食べながら嬉しそうな顔をしている、肉食獣が語っていたよ。


 当然。


 料理は作るものじゃなくて、食べるもの。彼女の哲学はシンプルで素晴らしいな。少し間違っているような気もするが。


「……あんまり、剣士イコール料理するのが好きってワケじゃないんすねえ」


「ミアは、いつか料理も上手になる予定!」


 小さなオムレツをナイフで切り分けながら、ミアは自信ありげに語っていたよ。


 いつか、ミアの手料理も食べたいが、お兄ちゃんとしては自分の作った料理をミアに食べさせて、喜んでもらいたい気持ちが強いな。


 どうしよう。


 ミアがオレ以上の料理好きになったら……っ。いや、ミアの手料理を頻繁に食べられるのは、それはそれでサイコーだが……っ。ああ、幸せな悩みだな……っ。


 素敵な朝食の時間は過ぎていく。ラスト・シューマイを賭けて、バカな『虎』どもが殴り合いを始めたが、『虎姫』がケンカ両成敗の刑に処していたな。バカどもの顔面に鉄拳が炸裂していた。


 そして、ラスト・シューマイは、彼女が食べてしまうのであったとさ。


「……ふむ。いい背脂だ。椎茸と、貝柱……いいものを、使っているな……」


 『虎姫』さんも、いい舌しているんだよな。好みは肉系に偏っているが、料理の食材を当てるほどには、グルメな舌をしているんだよ。


 ……いい朝食だった。


 兵士たちがのんびりしているトコロを見ると、ハイランド王国軍は定石通り、強行軍で疲れた脚を休ませるつもりのようだな。


 たしかに、雨のなか、さらに強行軍で北に向かうこともない。ユニコーン隊の力を借りたとはいえ、ゼロニアの荒野を歩き抜いているわけだしな。それから『ヒューバード』までも急ぎ足……。


 直接、戦闘をしていない部隊もあるが、やはり疲れは深刻なのかもしれん。それに『ヒューバード』の支配を固めるというのも、重要だろうな。雨の中を踊るよう飛んでいるゼファーからの報告で、オレは知っている。


 ハント大佐は、この雨の中で、捕虜にした敵兵たちを働かせている。帝国兵たちを埋葬するための穴を掘らせているし、崩落してしまった南側の城塞の一部も、彼らに補修させている。


 捕虜の体力を減らすためだし、南側の城塞はたしかに再建する必要があった。この『ヒューバード』は、ハイランド王国軍が占拠していくことになる。この土地と北の軍港地域を押さえておくと、アリューバ海賊騎士団の輸送能力が十二分に発揮されるのさ。


 西から、人材・物資の両方を補充することが可能となるのだ。『ヒューバード』は、何があっても失うワケにはいかない。穴の開いた城塞など、すみやかに補修しておくべきでもある。


「……ハント大佐は、今日は休みに使う気のようだな」


「……みたいです。まあ、かなりの雨ですし」


「ムリして進軍しても、体力を消耗してしまうだけ。ゆっくりと休むのも、良いことだと思うぞ……っ!とくに、我々は、しばらく地下にいたからな」


「うん。そだねー。でも、お日さま出てないの、残念……っ。じめじめ・再びって、カンジだよう……」


「だ、団長たちは、地下だったんですよね。どんな冒険だったんですか?」


「ああ、色々とあったよ」


 オレはジャン・レッドウッドに、地下ダンジョンでの出来事を色々と説明していった。ジャンは、その長い物語を気に入ってくれているようだった。


「……そ、そんなことが、あったんですね」


「ジャンは、どんなことがあったのー?」


「え、えーと。地雷を除去したりとか、敵のチームを、ちくちく、削るような……」


「ふーん。カチめの地味だね」


 ミアはあまり興味を持てなかったらしい。たしかに、地味だ。地味だけど、敵の動きを上手く制限してくれてはいるのさ。


「じ、地味……」


「いい仕事だったぞ、ジャン」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ。新兵400人。その動きを、敵に察知されずに済んだのは、彼らの努力もあっただろうが、お前が偵察部隊を狩り尽くしていたからだ」


「……ぼ、ボク、役に立っていたんですね!」


「そうだ。いい仕事をしたよ」


 地味だが、堅実に効いている。ジャンの圧倒的な機動力を使った、遊撃と敵の偵察活動の抑制ってのは、こちらの動きを敵から隠すことにも役立つ。いい仕事だ。


「作戦ってのは、バレると失敗する。だから、それを隠すための仕事も、大事なわけだ。ジャンの仕事のおかげで、400人のチームを『ヒューバード』の中に送り込めた。勝利の鍵を、ジャンが届けたんだよ」


「ぼ、ボクが!!」


「今後とも、頼むぞ」


「は、はい!!立派な『犬男』に―――」


「―――『狼男』だ」


「は、はい!」


 ……いかんな。今、完全に『犬男』って言い切ってしまっている。イヤなんだよ、オレは何となく。自分の部下に『いぬおとこ』がいるのはよ……?『狼男』だ。『狼男』であって欲しい。


 ああ、キュレネイ・ザトーが、この場にいなくて良かったよ。いたら、『犬男』を定着させようとするかもしれん。キュレネイは、ジャンを『犬男』と呼びたがっているフシがあるもんな……。


「さて……ハイランド王国軍が動かないというのならば、オレたちも休息に当てるとしようか……」


「賛成っすわッッ!!今日は、雨だし、午前中から敵から奪った酒を、グイグイ呑みましょうよ!!」


 とんでもなく魅力的な提案を、ギンドウ・アーヴィングはしてくれたよ。しかし、そういうワケにもいかない。リエルとシアンが睨んでいるから、ビビっているわけじゃないよ。


「……『夢』のハナシなんてしちゃうと、アホみたいなんだが。あの『夢』は、やっぱり気になっているんだ」


「ふむ。ミハエルが、『ミハエル・ハイズマン』であるかどうかか?」


「それもあるが、『アプリズ3世』の『遺品』……あれは、どうなったのかなと思う」


「……『呪刀・イナシャウワ』と、彼の『研究日誌』ですね?」


「そうだよ、ロロカ。アレは、世の中に、無い方がいいモノの気がする。おそらくは、ブルーノ・イスラードラが処分したのだろうが、それは確認できちゃいない」


「じゃあ、それを聞きに行く日?」


「ああ。でも、皆で行くことはない。オレだけで行って来ようかと思う。あまり大勢で行っても、彼は返って口をつぐみそうだ」


「……あの、団長」


「なんだい、オットー?」


「私も、同行したいのですが」


「……もしも、『ミハエル・ハイズマン』の指揮所を爆破したことを気にしているのなら……」


「それも、あります。私が立案したことです。迷いもなければ、間違っていたとも思えません。ですが、真実を知りたい。私が殺した人物が、どういった人物だったのかを……」


「やさしいな」


「……戦とはいえ、責任から逃れたくはありません。殺すことに躊躇いはありませんが、それでも……自分の行為の意味からは、逃げたくないんです。ダメでしょうか?」


「……いや。そういう覚悟なら、来てくれ。オレのような見るからな野蛮人よりも、やさしい君がいてくれた方が、ブルーノ・イスラードラも、話しやすくなるだろう」


 ……オレは、彼に嘘をついていたからな。


 別人になりすましていた。


 そんな人物を、彼は信じてくれないかもしれない。あのときのエルフたちの仲間かと勘違いされる可能性もある。そうなれば、真実を教えてはくれないだろう。拷問を使ってまで、吐かすことではないしな……。


「じゃあ。決まりだ。皆は、この宿で休んでいてくれ。オレとオットーで、情報収集だ」



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