第四話 『この復讐の雨に、名前を付けるのならば……。』 その12


 ……朝が来る。少し遅めの朝、午前9時らしい。でも、お日さまの光りは届かない。今日は曇り―――いや、それなりに強い雨が降っている。昨夜の『夢』も、後半は雨が降っていたからな……。


 気分が滅入った。暗くうねる雲に、大粒の雨。明るい気持ちには、どうしたってなりにくいよ。


 それでも、朝食のにおいがするから起きる。リエルもロロカ先生も、もうベッドにいなかった。オレを寝かせてくれたらしいな。『夢』を見ると、眠った気にならないから、ありがたい。


 しかし、胃袋は素直なもんだよ。朝食を求めて、ゆっくりと動き始める。ベッドの上を四つん這いで歩き、ベッドの端に降りる瞬間だけは、カッコ良くスライディングを決めてみたりした。


 誰かに見られると、ちょっと恥ずかしい瞬間だけど、目撃者はゼロだから猟兵団長の威厳が損なわれることはなかったよ。


 そのまま立ち上がり、背伸びをする。背骨が、ポキポキと鳴っていく。起きたばかりなのに、あくびを吐いたよ。アゴの関節まで、ちょっと痛かった。昨夜、それなりにムチャをしたせいだな。


 ロロカ先生とオットーと並んで、かなり大勢の敵を力尽くで食い止めていた……恨み言は、いいか。罰は下されているしな……。


「……あまり沈んでもしょうがない。メシを食べちまうべきだな―――」


 ―――コンコンコン!


 ドアがノックされた。気配を消しているけど、誰なのか分かる。


「ミア。入っても大丈夫だぞ」


「じゃあ、入るね、おはよー!!」


 ミアが入ってくる。朝からニコニコ、とても元気そうで、その様子を見ているだけで、オレの心は癒やされる。


 素早く駆け寄ってきたミアを、お兄ちゃんはお早うの高い高いだ!!


「あはは、高い高い!!」


「ああ。高いだろ!!」


「うん!!お兄ちゃん、ゴハンだって!!」


「そうか」


 ミアをゆっくりと下ろす。妹成分をチャージしたから、眠気が消えたな。


「ついて来て、今日は、バイキング形式!!」


「いいね、色んなモノ食べられる」


「うん!!楽しみ!!色々な料理に出逢えるもんね!!」


 たしかに、そうだな。色々なモノを、ちょっとずつ食べたい気持ちだ。しかし、いいホテルってのは、サービスがいいな。銀貨2枚で泊まれる宿なんかだと、パン一切れ出るだけでも、ありがたがられるもんだが……。


 ここ。


 本来ならば、銀貨何枚を要求されるのだろうか……?ぼーっとしながら、清潔感に白く輝く天井を見つめながらも、ミアに手を引っ張られて歩いて行く。


 メシのにおいが近づいてくる……。


 大きな広間にある、朝食の場には、たくさんのテーブルと、たくさんの料理が並んでいる。ハイランド王国軍の兵士たちが、嬉しそうに尻尾を振りながら、ガツガツと料理を皿によそっていく。


 そうか。


 彼らは、しばらくの間、野宿というか―――野営ばかりだったからな。久しぶりに屋根がある場所での食事を取れているし、とにかく色々な食事に飢えているのだろう。ハイランド王国も移民の国で、その食文化は複雑だった。


 そこらの城よりも巨大なレストランを建てたりするほどの料理好き。色々な種類の料理を、テーブル一杯に並べる。それがハイランド・スタイルのゴチソウってことさ。


 コロッケにハンバーグ、サイコロステーキに、タラのフライ。油を求めているのは、彼らも同じことか……。


 ……この雨に、この料理。そして、本当に久しぶりの休息と、神がかった短時間での勝利か……いいこと?……それは、そうなのだが。良すぎる。


 懸念されるのは、『油断』だな。


 ハイランド王国軍の兵士は、腕も良い。だからこそ、慢心もする。昨夜の圧倒的な勝利は、兵士たちの士気を上げもするだろうが、間違いなく油断も招くだろう。


 強者の悪い癖ではあるな。


 強いから、油断してくれても問題は少ないんだけれどね。それでも、不安を覚えるよ。大勝の後の、この安らぎを見ていると―――いや、よくない。ワーカホリックは、とても良くないことだからね。


 せっかくの大勝だ。


 オレもその喜びと、このハイランド式・バイキングを楽しむとしようじゃないか。猟兵たちは……もう席について、食べ始めていた。女子テーブルと、男子テーブルに分かれているな……。


 昨夜は女子テーブルにいたから、今朝は男子テーブルに行こうか。


「おはよう」


「ああ、団長、お早うございますっすう。このシューマイ、ホント、美味いっすよお?」


「だ、団長、お早うございます!」


「お早うございます、団長。また、例の『夢』を見たんですね?」


 リエルとロロカ先生は仲間に報告済みらしい。情報は共有するのに限るな。とくに、魔法の目玉の専門家の一人である、オットー・ノーランのような人物には。


「ああ。どうして、アーレスがそれを見せるのかは分からないが……」


「……『ミハエル・ハイズマン』の死体は、まだ見つかっていません」


「……そうか」


「大きな崩落でしたから。瓦礫に死体が埋もれているのかもしれません。少し、やり過ぎたのでしょうか」


「そんなことはない。おかげで、こちらの兵士の死傷が減ったんだ」


 もしかしなくても、オットーはあの作戦を立案したことに、みょうな責任を感じているらしいな。


 責任を感じるようなことではないさ。だから、オレはオットーにやさしくする。


「熱いスープを取ってきてやるよ、オットー」


「え?ありがとうございます」


「お兄ちゃん、早く、行こう!!……『虎』さんたち、かなりの大食いぞろいだから、良さげなメニュー、食べられちゃうよう!!」


「……ホントだな。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」


 オレはミアに引っ張られるようにして、たくさんの料理が並ぶテーブルへと向かう。


 ……昨日、戦をやっていたとは思えないほどに、豊かな食材があるな……。


 ハイランド王国軍の給仕係……いや、専属コックらしい。丸々と肥えた腹を揺らす、コック帽をかぶった『虎』がいる。体系から見て、ジーロウ・カーンを思い出すな。


 そのコックに訊いてみるよ。


「ずいぶんと、食材が豊富だな?」


「ええ。サー・ストラウス。敵サン、たんまり溜めていたんですよう。だ、か、ら!生モノが痛んじまう前に、がーっつり、食べちまおうってことです!」


「……そうか。籠城するつもりだったんだもんな」


「帝国人は、かーなりグルメ。我々、ハイランド料理ほどじゃないですが、食材の量も種類も、それなりに多く使います」


「おかげで、君たちの得意な料理もたくさん作れるわけか」


「ええ。まあ、我々の国ではよく使われている香辛料とか、そういうモノは手に入りにくいのですが……そこは、ガマンですねえ!」


「香辛料や調味料ってのは、地域性が強いもんだからなあ……」


「お兄ちゃん、シューマイがピーンチ!!」


「あ。ホントだ、シューマイを確保しようぜ、ミア!!」


 オレとミアは、ちょっと慌てて、何だか大人気らしいシューマイの確保に向かう。『虎』たちには、故郷の味なのか、それともコックの会心作なのか……どちらにせよ、シューマイを食べておこう。


 ……どうにか、シューマイを確保出来た。三つずつ。あんまりたくさん取ると、オレたちの後ろに並んでいる『虎』たちの分が消滅してしまうからね。彼らにとっては、久しぶりの美味しくて楽しい食事ってことだし、邪魔しては悪いから。


 そして。オットーのために卵とワカメのスープを確保する。あとは小さなオムレツとか、サイコロステーキさんも確保していた。ミアはプリンとピラフとエビフライ。いいトリオだな、子供っぽいが、たしかに美味しいよ。


 しかも、エビフライが大きい!


「……コレ、絶対に美味しいヤツだもん。ボリューミーだしっ!」


「そうだな。完全に美味いヤツだよ!!」


「だから、お兄ちゃんの分も取っておきました!!」


「……ミアっ!!」


「ミアに、抜かりなしだよ!!さあ、とりあえず、一度、テーブルに帰還して、シューマイさんとエビフライさんを楽しもう!!」


「ああ。いい朝食になりそうだぜ!!」


 ストラウス兄妹は、猟兵男子たちのテーブルに戻る。ミアは女子チームに行かないのかって?……いいんだ。ミアはお兄ちゃんチームだもんね!お兄ちゃんもミア・チームだよ!!


「オットー!卵のスープだぞ!」


「温かいヤツだよー!」


「はい。いただきます、団長。ありがとうございます……何か、心配かけていますか?」


「気にするな。色んなコトをさ」


「……はい。そうします」


 あの爆破で『ミハエル・ハイズマン』が死んだとしても、しょうがないさ。コイツは悲しいことに戦争で、殺し合い。仲間の死を防ぐためには、多少、卑劣な攻撃だって仕掛けるよ。


 正々堂々と戦うべきもあるが、ケース・バイ・ケース。最優先は、最終的な勝利だ。ハイランド王国軍の損耗減らすこと―――それが、『自由同盟』側にとって、ファリス帝国を潰すための、最良の手段じゃあるんだ。


 さて。


 そんな分かりきったことは口に出すまでもない。


 今、オレとミアの口は、シューマイさんとエビフライさんのためにあるんだ。


「あはは、いただきまーす!!」


「まずは、シューマイから行くとするか!!」


「うん!!」


 ミアにとって、エビフライさんは後に取っておくタイプの好物だってこと、お兄ちゃんは知っているんだ。


 フォークをシューマイに刺して、口のなかに運ぶ。ああ、小粒なシューマイながらも、噛んだ瞬間に、豚肉の風味が口いっぱいに広がる……。


「もぐもぐ!!……肉が、甘い!!」


「ホントだな……っ。臭みも少なく、肉汁もたっぷりだ」


「うん……粗挽きにしているから、お肉を、たっぷりと食べられている幸せ感があるね……っ。小粒なのに、あ、あ、侮りがたし!!……これ、ジューシーだし、お肉モグモグ感もあるし、甘味もあるし、臭みもなーい!!……芸術的な、バ・ラ・ン・ス!!」


「ああ。調和が取れているな……」


「食材の鮮度もあってこそだよ!!……ああ、コレ……今日のお昼には、きっと鮮度ダウンで、ここまでの味にはならない……っ。今朝だけの奇跡だ!!」


 コックが大喜びしているな。ミアのグルメな猫舌による、評価を聞いた『虎』たちの目つきが変わったな。これ、完全におかわりはムリなパターンだ。


「シューマイだ!!」


「シューマイを確保するんだ!!」


「ひ、一人、一人一個ずつだ!!皆に行き渡らんぞ!!」


 ……ちょっと残念だけど、オレたちにはエビフライサンもあるから、別にいいか。



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