第三話 『ヒューバードの戦い』 その44


 ……『ストラウス特務大尉』としての仕事は、これで良かったのだろうかな。


 自分ではよく分からない。


 だが、若い胃袋とは偉大なモノだよ。泣こうが笑おうが、疲れ果てた16才の戦士たちはメシをもりもり食べていた。


 もしかしたら、モルドーアの血を引いているかもしれないドワーフの女性陣たちが作ってくれた、色んなモノを食べている。


 骨のついたフライドチキンに、よく捏ねられたハンバーグ。揚げたポテトに、ドーナツ、チーズがたっぷりとはさまれたハムカツか。


 ふむ。揚げ物が多いのが、『ヒューバード』らしいな。油がたくさん取れる土地だから、揚げ物料理が発展していったと、オレはドーナツ屋の女性から教わったから知っているのさ。


 好都合だよ。


 少年たちは、油で揚げたモノとか、大好きだもんな!!……それに、戦場ではなかなかありつけない料理だしね。


 少年たちは兵士から、ただの16才の男のガキに戻り、揚げ物どもを口に運んで喜んでいたよ。


 泣きながら食べているヤツもいるが、美味えとヤギみたいに口走っているから、もう大丈夫だろうよ。笑いながら、何かをハナシ始めているガキどももいる。故郷のハナシで盛り上がっているのかもしれない。


 ならば。


 もう、ストラウス大尉の出番は無かろう。


 ……何だか、オレもさみしくなっている。彼らのさみしさを受け止めたからかな。伝染したのかもしれない。心ってのは、ヒトからヒトに伝染するものだからね。


 オレは『家族』たちが集まっているテーブルに向かう。


 皆が、あの欲張りなオードブルを食べていたな。晩飯は食べていたが、命がけで戦ったせいでお腹が空いていた。軽めだったしね?……それに、夜のフライドチキンは、最高に上手いもんな、ミア!!


「お兄ちゃん、お疲れー!!美味しいトコ、取っておいてあげたよ!!」


「……ああ。ありがとう」


「はい。あーん!!」


「あーん……もぐ……っ」


 開かれた蛮族の頑強な口に、ミアの小さな指が持つフライドチキンさんが到着していた。もぐっと噛みつき、その骨を指につかむ。歯を立てて、豪快に肉を噛み千切るのさ!!ああ、うめえ。


 ボリューム感たっぷりで、ホント美味い。ジューシーでカリカリに揚げたキツネ色のコロモと、やわかな鶏のもも肉が口いっぱいにあるってのは、本当に最高の瞬間だったよ。


 肉を食みながら、幸せに触れている実感を覚えた。


 リエルと、ロロカと、ミアと、シアンがそのテーブルにはいたよ。隣のテーブルにはギンドウとオットーとジャンが座っていた。ああ、ゼファーもここに入って来たらいいのに?……でも。止めておくか。


 蛮族がムチャしやがった!


 ……とか、言われちまいそうだもん。ガルーナ人の品性を疑われることになりそうだから、ゼファーには外で食事していてもらおう。え?何を喰っているのかって?……竜の好きな肉だろうよ。


 さてと。


 女子たちの席に座る。反対側の席では、酔っ払ったギンドウが、ジャンに無理やり酒を呑まそうとしている。


 ああ、どうせジャンはチビチビとミルクを舐める仔猫のような勢いでしか酒を呑まないから大丈夫だ。そのうち、それでも酔って寝ちまうのさ。オットーもいるし、無茶なことにはならないよ。


「……いい演説だったぞ、長よ」


 フライドチキンを食い千切りながら、シアン・ヴァティは静かに語る。オレは少し照れていたよ。


「そうか。シアンに褒められたのなら、そうなのだろうな」


「私も、良かったと思うぞ!」


「私もです。皆さん、ちょっと明るくなっています。元気が湧いて来たのでしょうね。ゴハンをたくさん食べていますよ!」


「そうか。それなら、良かったよ」


「お兄ちゃん、座って!エールも、あるよっ!」


 ミアがいつにも増して明るくて、お兄ちゃんにやさしい気がするな。もしかしなくても、オレに気を使ってくれているのかね。


 ああ、素敵な『家族』がいるって最高だよ。


 肉を食べた。


 フライドチキンに、ハンバーグだってよ?……戦に勝った時の宴らしい。背徳的なまでの豪華さだよ。ドワーフの女性陣たちが自分でも食べたかったものなのかもしれないが、おそらくは新兵たちの年齢を見て選んだのだろうな。


 家庭的な味。


 故郷から、ずいぶん遠くまで来てしまっていた少年たちは、今それに触れることでガキみたいに笑っている。


 元々、どこかマヌケな風貌をした少年たちが多く、童顔というか、そもそも本当にガキだったわけだが……もう兵士ではなく、ただの少年たちに戻っているようだ。


 きっと、故郷でも、あんな顔して笑いながらメシを食っていたのさ。


 ……戦と裏切りで傷ついてしまった彼らには、このメシは魂までも癒やす力があるような気がしている。皆で、メシを食べる。心の苦しみや、体中にある傷の、疼くような痛みの倦怠感も消し去ってくれる力があるよ。


 オレは、肉を楽しみ。


 もちろん、エールも楽しんだ。


 ……色々と重たいこともあったがね。やはり戦の勝利は嬉しいものだよ。ついに、ファリス帝国の領土を一つブン取った!!……しかも、このオレ自身が絡んだ戦によってだ!!これほど、嬉しいことはない。


 アーレスとの誓いを果たすための、大きな一歩となるだろう。このままの勢いで、北の軍港も確保しておきたい。もう一戦だ。次の戦を勝つことで、オレたちはアリューバ半島から、大量の物資と人員を補給することが出来るようになる。


 ……そう考えると。


 エールが美味くて仕方がなかったよ。


 最高の宴だった。でも、皆が疲れていたからな。新兵たちは胃袋を満たすと、イスに座ったまま眠り始めていたよ。泥のように眠る。彼らの全身は脱力しきっていたな。まあ、若いから、どんな格好で寝たところで、平気だろうよ……。


 ……しばらくすると、エイゼン中佐の部下がやって来て、オレたちに宿を提供してくれることになった。この店の近くの宿さ。移動が楽だったな。オットーが眠りこけたジャンを背負い、ギンドウにはオレが肩を貸して歩いたんだ。


 ……メインストリートには、戦死した兵士たちが並べられていた。


 ハント大佐は、『エルイシャルト寺院』のブルーノ・イスラードラと連絡を取り、帝国兵士たちを、どう埋葬するべきなのかを相談しているそうだ。


 敵兵とはいえ、死者には敬意を払うべきだな。今後、この街は『自由同盟』側の……いや、ハイランド王国の支配地域となる。それが永遠なものなのか、暫定的なものなのかは状況次第だ。


 ハント大佐は、この要塞化されている空間を気に入るだろうかな?……そうなれば、この土地を、永遠にハイランド王国の領土に組み込もうとするかもしれん。住民たちとは仲良くすべきだよ、どんなことになったとしてもね。


 ……住民たちは。


 逃げるかもしれない。亜人種との共存を拒み……。


 でも、このメインストリートの片隅でドーナツを売っていた女性は、残ってくれるような気がする。彼女のドーナツは、荒れた乱世に必要な気がするんだ。


 ……並ばされた死者を見る。


 帝国兵士の死者は、ハント大佐が命令したのか、あるいは自主的な行動だったのか、『ヒューバード』の中年男たちが家から出て来て、丁重に片づけている。街中にある死体を、この場所に持って来ているのさ。


 オレたちからは視線を背けるよにしていた。当然だな。オレたちに怯えているのさ。占領軍だからな。事実上、生殺与奪の権利は我々にある。住民を殺したところで、大きな罰則は与えられない。住民が抵抗したのだと言い張れば、何だって出来る。


 ……だが、今夜は、それほど露骨な略奪も殺戮も行われてはいないようだ。


 ハント大佐が、それを許さなかったのだろう。それに、シアンが裏切り者を処刑した効果も出ているのかもしれない。


 悪は容赦なく斬る。


 それが、『真の虎』なのだ。


 戦争犯罪を行う兵士に対して、規律と正義を好むハント大佐が寛容とは限らない。まして、お偉い中佐をも、問答無用で処刑してしまうような、激しい『虎姫』サマまでいるのだからな。


 裏切り者を処刑したことで、ハント大佐は王国軍が必要以上に浮かれることを防いだ。結果論だが―――出来すぎてもいる。ハント大佐は、シアン・ヴァティに、最初からヤツを殺させるつもりだったのだろうか?


 あの男は、王国軍を弱くする存在であった。権威にかしずく悪癖を持つ、『ハイランド・フーレン』たちの軍隊は、愚かな将にも盲目的に従うからな。排除しておかなければ、次の戦でも、その次の戦でも、ヤツは仲間を裏切ったかもしれない。


 ……どうあれ。


 終わったことさ。


 ……ホテルに到着する。さっきのレストランとは、目と鼻の先だからな。昨日、一昨日と、硬い場所で寝ていたから、ベッドは嬉しい。リエルとロロカと―――いや。その前に、ちょっと、もう一度だけ外に行く必要があった。


 いいホテルだから、オレたちの部屋には高そうなワインが何本も用意されていた。帝国軍の偉い連中が、その舌とノドで味わうためのシロモノだったのだろうが……オレがいただく。


 それらを六つほど、両脇に抱えるようにして持ち出して、外へと向かった。欲深でバカなワイン泥棒みたいだな。夜警の男が見たら、オレに声をかけるところだろう。でも、今夜は王国軍の兵士ばかり、オレの顔を見て、邪魔する者はいなかった。


 メインストリートには、『ストラウス特務大尉』の部下たちが、並ばされている区画もあるって、気が付いていたからね。


 野蛮人の強い歯を使って、ワインの口を開ける。一口飲んだ。そして、死者となった16才のガキどもに、オレの部下であった新兵たちの口の近くに、一口ずつ、呑ませて回ったよ。


 死者は酒など呑まないことを、オレだって知っているが。それでも、彼らにはこれをしてやりたくなった。血まみれの顔、半開きで固まったままの口。飛び出た青い舌。頭をかち割られた少年。ノドを切られた子。軍服を裂かれて、腹を斬られたヤツ……。


 それぞれの物語の終着点を見つめながら、オレは赤ワインを捧げていく。誰かの息子であり、誰かの兄弟であり、誰かの友人であり、誰かの敵で、オレたちの戦友だ。


 ……彼らはガルーナに来てくれることはないからな。大人になった君たちと、酒を呑む機会は永遠に訪れない。だから、我が戦友たちよ……今宵の酒を、共に楽しもうじゃないか。


 君たちが英雄となった、この『ヒューバード』の土地で、今夜は星空を見ながら、初めての勝利の美酒を、一口ずつだが味わうといい。



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