第三話 『ヒューバードの戦い』 その43


 激しい戦いとなったメインストリート。その通りにある一軒の大きなレストランに、灯りがついていたよ。解放された亜人種たちの店……?そうではないかもしれない。彼らもまた街を略奪している。


 亜人種たちが持つ、人間族への怒りは深い。不当な拘束に対しての怒りと、その償いを帝国人の財産に向けているのかもしれないな。


 だからこそ。


 オレはこの店で呑むべきだと思ったよ。人間族であるオレが、『自由同盟』の一員であることを示すことで、人間族自体への憎しみを亜人種である彼らが深めたりしないようにするべきだ。


「よう。元気でやっているか?」


「……あ!一昨日の赤毛の兄さん!!」


「あのときは、どーもどーも」


「おかげで、助かりましたぜ」


 ドワーフ族の鍛冶職人たちだ。一昨日、オレが『ミスリルのヤスリ』を手渡した連中だよ。彼らがこのレストランを略奪している。監獄に入っていたせいで、すっかりと体が細くなってしまっているからな。痩せてしまった肉を取り戻そうと、食料を漁っていた。


 ……それぐらい、帝国人は彼らに支払うべきだろう?当然の慰謝料さ。


 まあ、騎士道に反することは許すつもりはない。たとえば、若い娘を連れて来てスケベなことしちまうとかね。ハント大佐は、略奪を食料に限定している。民間人には手を出すなとは告げているが―――全くの被害が出ないと考えるほど、オレは子供じゃない。


 ただし、オレの目の前では悪行は許さない。


 だからこそ、一番大きな略奪の現場を選んでもいる。このレストランなら、180人の若者にメシを食わせてもやれるだろうしな……。


 初めての戦を勝利で飾り、『ハイランド・フーレン』の少年たちは喜んでいる。喜んではいるが、死んでいった仲間たちと、中佐の裏切りのせいで心が曇っていた。あの裏切りが無ければ、オレは、あとどれぐらい彼らを生き残らせることが出来たのか……。


 ……少なくとも、死者に対してもっと楽な気持ちで乾杯を捧げることが出来たはずなのにな。罪深い愚か者だ。だが、シアンの双刀に処刑された。もう恨むことは止めておくとしよう。


 ……少年たちの受けた傷は、複雑な裂創のような形状をしているだろう。ここにいない少年たちは、純粋に死力を尽くして戦死したには違いがないが。彼らの活躍に対して、周囲の大人は応えてやらなかった。


 見捨てられた。


 その事実は、フーレン族の少年たちの心を、痛ましいほど傷つけている。


 彼らが大人であれば、酔っ払うほどに酒を呑ませて、苦しみをアルコールで流してやりたいが。彼らに、食前酒を一口呑ませてみたら、マズそうな顔をしていた。疲れ果てた16才の心の傷を、酒で癒やしてやれることは出来なそうだな。


 ……『ストラウス特務大尉』としての、最後の任務をしなければならん。この喜びと絶望が合い混ぜになってしまっている少年たちに、大人として、指揮官として言葉を伝えてやらなければな。


 そのためでもある。オレが、この年若く、栄光と絶望の両者を背負い、苦しそうな少年たちをレストランに連れて来たのはね。


 亜人種の女たちが作ってくれる料理が運び込まれるより先に、言葉を使うことする。オレは彼らにフルーツの絞り汁が渡ったタイミングを見計らい、あえて、ゆっくりと目立つように立ち上がる。


 世界の苦しみを識り、ちょっと大人びた疲れを宿す少年たちの顔が、頼るようにオレを見て来る。責任者ってのは、重たいぜ。でも、逃げるわけにはいかない。オレは、このガキより10個も上のお兄さんだからだ。


「……まずは、勝利を祝うぞ。心中複雑な者も当然いるだろうが、勝利したという事実は大きい。ここにいる我々と、ここにいない仲間たちで作った勝利だ。これは、間違いなく栄光で飾らなければならないことだ。杯を掲げろ!オレの言葉に続け……勝利に、乾杯ッ!!」


「勝利に、乾杯ッ!!」


「勝利に、乾杯ッ!!」


「しょ、勝利に、か、乾杯……っ」


 泣き崩れる少年もいたな。酷なコトをさせたかもしれない。祝う気持ちにはなれなかった者もいるだろう。だが―――。


「―――これは、戦士としての義務である。勝者は、生き残った者は……ここにいない者のためにも、祝わなければならん!!彼らの死は、ムダではなかったのだ。オレたちが、明日からも生き抜き、それを証明するためにも、祝うんだ」


「……は、はい」


「わ、わかりました」


「す、ストラウス大尉……」


「なんだ?訊きたいことがあれば、訊け。答えられる限り、オレは君らに答えてやろう」


「は、はい!……お、オレは……オレ、い、生き残って、良かったんでしょうか?」


「もちろんだ。どうして、そんなことを訊く?」


「……お、弟が……弟が、死んじまったんです……こ、ここにいないんです。あいつ、ホントは一個下だから、徴兵されなかったのに……オレよりは、体力があったから……オレを守ってやるって、ついてきてくれたのに……オレ、どうして……生きて……っ。す、すみません、な、泣くつもりは……な、ないのに……っ」


「死の運命とは残酷で容赦がないものだ。突然に現れ、大切な者の命を奪って行く。その喪失の痛みに、慣れることは出来ない。泣けばいい」


「う、う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 名を知らぬ部下が、絶叫していた。彼の慟哭に引きずられるようにして、多くの少年たちが泣いている。アルーヴァよ、この悪人め、罪深いことをしてくれたな。


 ……彼らは、兄弟や戦友を喪失した痛みだけではなく、それ以上の苦しみにも囚われている。裏切られた自分たちに、価値を認められなくなっているのだ。だからこそ、生き残ったことに、並々ならぬ罪悪感を覚えてしまってもいる。


「……いいか。君たちが生き残ったことには、大きな意味がある。死んでいった戦友たちも兄弟たちも、君たちが明日からも生きて行くことを、喜んでくれているのだ」


「……ほ、本当ですか?……本当に、あいつ、オレのこと、う、恨んでいないんですか?オレなんて……役立たずで……た、助けにも来てもらえない、う、裏切られて、見捨てられるような、ヤツなのに……っ」


「君たちには価値がある。大きな価値があるんだ。それを疑うな。オレは、知っている。君たちには守るべき価値があるんだ。とても大切な存在なんだ。だからこそ、オレは『家族』と共に、あの道を確保しつづけたのだ」


「……ストラウス大尉……っ」


「どこの大人が、君たちのことを価値が無いと間違った評価をしようとも、オレだけは知っている。君たちには、命を賭ける価値があるのだと知っているんだ。だからこそ、逃げず、耐えた。このオレが命を賭けたことを、君たちは忘れないでくれ」


「……お、オレ……どんな、価値が……?」


「君は若い。帝国との戦いが終わった後で、大人になれるだろう?……君は、帝国の影に怯えることなく、人生を歩める。そんな時代を、大人として生きていけるのだ。それは素晴らしいことだ。若い君は、生きているだけで尊い」


「で、でも、あいつは、弟は、オレよりも若くて……」


「ああ。彼もまた尊い価値ある男だったんだ。若い君たち全てに、良い『未来』を歩める可能性があった。それこそが、君らの大きな価値だ」


「でも、あいつだけ……しんじゃったんです……」


「そうだな。だからこそ、君は彼の分まで生きなくてはならない。死者はな、もう生きられないんだよ。だから、彼の死があったからこそ、生き残った君には、彼の分まで生きる使命がある。そんな大きな使命を帯びた者が、無価値なはずがないだろう」


「……うう……」


「今は、悲しみが大きいだろう。苦しみも、絶望も、とても大きく。目の前が真っ暗に見えて、世界で独りぼっちみたいな気持ちなっているだろう―――」


 ―――分かるよ。


 オレもね、一人だけ生き残ってしまったガキだったから。オレは、16才じゃなくて、17才だったんだけどな。


 苦しくて、悲しくて。


 自分の存在がとてもちっぽけに思えて。


 吐き気がするほどに、不安だった。


 生きていることが罪深く思えた。


 家族の誰もが死に、仕えるべき王を殺され、故国は滅び去り……竜もいない。そんな自分なんかに、生きている価値など見つけられるものかよ……。


「……それでも。生き抜け。死ぬ気で生き抜け。そうして、色々なことをしろ。死んでいった兄弟たちのためん、死んでいった仲間たちのために、戦友のために……彼らが、もう出来ないことを代わりにやってやれ。必死にあがき、必死に生きろ。そうしたら……」


「……そうしたら?」


「いつか、君たちは、自分の人生に大きな価値があったこと知る日が来るのさ。必ず、そんな日が来るんだよ。だから、その日が来るまでは、オレが言葉で教えておいてやる。君たちにはね、大きな価値があるんだよ。オレが命を賭けて惜しくない価値がある!」


 なあ。


 そうだろう、ガルフ・コルテスよ?


 ……アンタと知り合い、アンタに色々と変えられて。アンタをマネして、今がある。『死神』サンもね、自分に価値があるってことを、見つけられるようになれたよ。


 オレには『家族』がいる。彼らのために、生きている。彼らを守り、彼らを幸せにしてやりたいのだ―――そして、そのためにも。亜人種が多い、オレの『家族』のためにも。オレはファリス帝国を倒して、ガルーナを取り戻したいのだ。


 皆が、襲われずに済む……誰もが生きていていい世界が、一つだけでいいから欲しいんだよ。


 少年たちは、まだ泣いているのだが。


 オレは笑うんだ。


 悪者みたいな、亜人種びいきの魔王の貌でな。


「……ククク!ガキどもめ。自分の価値を哲学するのには、まだ早い!ゆっくりと、時間をかけて大人になっていけ!!色々な経験を積み、自分だけの人生を作って行けよ!!そうすれば、そのうち、必ず答えに辿りつく。まあ、大人になっても、イマイチ分からないのなら……」


 ……そのときは。


「……そのときは、オレが奪い返すガルーナに来い!!オレが、再建するガルーナの、最高の国造りを手伝わせてやる!!……そうすれば、お前たちは、この世界最強のガルーナの魔王サマの、子分になれるぜ!!」


 そうだよ。これも何かの縁だ。オレと同じ独りぼっちの絶望を知るお前たちならば、ハナシが合いそうだからな。


「子分はともかく。いつか、ガルーナに来てくれよ。大人にお前たちが、どんな物語を生き抜いてきたのか、ガルーナの魔王、ソルジェ・ストラウスに聞かせてくれる日を、楽しみに待っておこう。さあ……料理が来たぞ、ガキども、ストラウス特務大尉の最後の命令だ!!明日も元気に生きるために、美味いメシを、喰うぞおおおおおおおおッッッ!!!」



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