第三話 『ヒューバードの戦い』 その33


 能力を見なければならない。エイゼン中佐が『ゴミ』と判断した新兵の中から、光るモノを持った連中を見つけ出さねばならないのだ。


 希望的な観測が過ぎる行いか?外れの中には、外れしかいない?……とにかく、把握しなければならない。


 どんな者がいるのか、どんな個性があるのかを。それらを見た上で、決めなくてはならないだろう。


 ……オレは、これから400人の兵士の面接を行うことになる。3時間でな。魔法の目玉に頼ることとなりそうだな。オレの左眼と、オットー・ノーランの三つ目の力で、兵士の能力を分析しなければなるまい……。


 ギンドウには、ロープを登る時間を計ってもらった。腕力を測る。ミアは、ロープを登り終えた兵士たちの体重と体格を聞いてもらう。リエルは、彼らが双刀以外の武器を使えるのかを質問していく。


 オレとオットーが、10人ずつ魔法の目玉で魔力の量を見抜き、向き合うことから推定した戦闘能力を10段階評価で判定していく。自己アピールも聞いた。何か特技があるかどうかを、一言でな。


 一言で答えられない特技ならば、用はない。時間は限られているのだからな。


 ああ、ロロカ先生は、他の猟兵が聞き出した能力をニコニコしながら丸暗記する係だ。彼女なら400人の能力や履歴、名前、見た目までも、全てを暗記することが可能だからな。


 賢い人ってのは、本当にスゴい。


 ……さて。


 色々なヤツがいた。


 皆、最近になって徴兵された若者ばかりで、武術の腕も悪ければ、これといった特技も無いような連中ばかりだった。


 一言で評価してしまえば、『凡愚』……。


 エイゼン中佐が『生け贄』に選んだ理由がよく分かる。彼らを失っても、戦力的な損害が軽微だからだ。死ぬ可能性の高い任務、しかもハイランド王国軍の上層部が嫌っている外国勢力そのもののオレに渡す雑兵としては、丁度いい連中なわけだ。


 エイゼン中佐は鬼か?……そうでもない気がするな。彼はマジメな軍人なのだ。最小限の犠牲で、最大の勝利を得ようという方向性だけは見える。


 ……いいヤツとまでは、言わないけれどね。


 ……さてと、仕事を続けよう。


 オレたちはハイランド王国軍きっての弱兵どもを見物することになる。虚弱体質に、気弱な性格の者……兵士に向いていないと判断されそうな連中を、とにかく次から次に見ることが出来たのさ。


 ハイランド王国軍の印象が変わってしまうような3時間だったよ。この中にオレたち用の暗殺者がいる?……まあ、いないとは言わないが、彼らじゃ絶対にどうにもならない。


 でも。


 才能を見つけられなかったわけじゃない。有能な戦士ではないかもしれないけれど、兵士としては使える人物たちは、何人も見つけられた。


 基本的には、『地図が読めるヒトたち』だ。さっきも言ったが、戦力を適切な場所に送り届けられる能力があるということは、戦場ではありがたい力さ。


 どんなに強い戦士でも、方向音痴では向かって欲しい場所に辿り着くことも出来ない。指示したルートの通りに歩いてくれる兵士は、それだけで有能だ。


 今夜の戦においては、『元・郵便配達人』、『元・船乗り』、『元・運送屋』、『元・新聞配達人』なんかが、各チームのリーダーになる。


 それらに、低いなりにも、それでもマシな戦闘能力を保持している新兵たちを分散したり、集中させたりすることで、『オレたちの作戦に忠実に動いてくれそうなチーム』を組織していくのさ。


 もちろん苦肉の策だよ。


 強兵400人なら、こんな厄介な計算をしないでも良かった。組み合わすんだ。『元・狩人』には弓を与え、石投げで鳥を仕留められる程度のヤツには『投石兵』扱いすることに決めた。


 各チームに、一人から二人は、石を投げられるか弓を扱えるヤツを混ぜていく。苦手なヤツでも、それなりに大きな石を幾つか持っておくようには言い聞かせていた。


 敵と斬り合っている仲間の背後から、敵目掛けて石を投げる。それだけでも、嫌がらせにはなるし、当たり所が良ければ敵を永眠させることだって出来るのだから。


 ロロカ・シャーネルの偉大な頭脳は、オレのオーダーと、採取したデータを頭のなかで組み合わせてくれる。


 彼女は、400人の兵力をどう編成すれば、オレの理想に最も近しい状態になるかを作りあげくれた。400人の名前を羊皮紙につらつらと筆を止めることなく書いていく。とんでもない頭脳だよな。


 ガンダラが『自分よりも絶対に賢い』と認める人物なんて、オレが知る限りでは『現役』ではロロカ先生ぐらいだよ。大昔の賢者の何人かは、ガンダラが自分よりも賢いと認めているけれど、だれもがすでに墓の下さ。


 とにかく、ロロカ・シャーネルの頭脳のおかげで、たったの3時間を消費することにより、この部隊の編成は完了した。


 彼女の書いてくれたメモを頼りにして、オレは『シェイバンガレウ城』のある高台から、眼下に並ぶ新兵たちに、それぞれのチーム編成を伝えていく。彼らは自分たちのチーム・リーダーが『地図がちゃんと読めるヒト』だと知らされて残念がっていた。


 腕っ節が強い者がその座に就いて欲しいと考えていたのかもしれないが、特務大尉の命令として反論は緩さなかったよ―――。


「―――強い戦士には、前衛で戦ってもらうぞ。自覚を持て、君たちは『虎』ほどではないにせよ、人間族の一般的な戦士よりも強い。自信を持って、双刀を振り回せ!!作戦時刻は夜になる。人間族の視力は弱まり、君らの方が有利だ」


 言い聞かせる。自信の無い若者には、ロジックが必要だろう。信じる法則があれば、ヒトは恐怖をそれだけ減らすことが出来るからな。


 フーレン族の有利とは何か?


 強靭な体力もそうだが、夜間でも低下することのない視力だ。それは人間族のそれと比べて、圧倒的な有利となる。闇に身を隠すことで、敵の攻撃を避けることも可能なのだ。


「そして、チーム・リーダーに敬意を払うことだ。彼らは、君らを適切な場所に誘導してくれるだろう。彼らに逆らうな。戦場で孤立しては、敵に何らの損害を与えることもなく囲まれて犬死にするぞ!!」


「了解であります、特務大尉ッ!!」


「いい返事だ。君たちは、新兵ではあるが……祖国の自由と独立を守るために、ファリス帝国に挑む正義の戦士たちだ。自信を持て。君らと『虎』のあいだにある差は、誇りを持って鋼を振り回すことで、大きく縮まることを理解しろ!!」


 ……自信の持てない16才の少年たちには、言葉が必要なものらしい。皆が、覚悟はしているのだ。戦場に来てしまったからな。死ぬかもしれないことは。怯えるのは当然だが、誇りを失い後ろ向きになることだけはしないで欲しい。


「前を向いて、練習の時と同様に相手を睨みつけて鋼を構えることを意識するんだ!!いいな、その状態が、一番死ににくい!!右でも左でも、ましてや背中でもない。とにかく生き残りたければ、敵を正面に捉え続けて、隣り合わせの仲間たちとつながり壁を作れ」


 それが戦のコツだ。最強の力を発揮できる前方を敵に向けて、それ以外の方向を敵に見せないことが肝要なのだ。自分の隣りに戦友たちがいれば?……前を向いている限り弱点を敵に見せずに済む。


 隊列を崩すことが、死につながるのだ。自分の弱点を敵に見せないように、隊列を組んでいれば、そう死ぬことはないものさ。彼らだって、フーレン族の若者だ。


「強兵の後ろにいる者たちは、弓と投石で攻撃しろ。仲間を援護して、仲間が倒れたら、君らが最前列だ。死ぬかもしれないが、仲間のために下がるな!!下がれば、ムダに死ぬ仲間が増える!!それほどの不名誉は、無いと知れ!!」


「了解しました、ストラウス大尉ッッ!!」


「よし!!指示した順番にロープを這い上がれ!!オレたちに続いてドワーフの城に入るんだ!!この城の地下にあるダンジョンを進み、我々は『ヒューバード』の内部へと侵入する!!」


 ここに来て、ようやく彼らに任務の概要を伝えるよ。この時間ならば、仮に彼らの中に帝国のスパイがいたとしても、『ヒューバード』まで伝えに走るよりも、こちらの作戦が始まる方が早い。


 『シェイバンガレウ』の山城は、踏破するのに時間がかかる仕組みになっているからな。今なら情報を解禁しても、敵に漏れることはない。ハント大佐やエイゼン中佐の他に、無意味に作戦の内容を知らせなくて済む。


 オレはハイランド王国軍の兵士も、指導者であるハント大佐も信頼している。だが、外国勢力を嫌い戦功に貪欲な態度を示している上級軍人については、信頼していない。


 そもそも、彼らの中にはハント大佐のクーデター成功を恨む者もいるかもしれんからな。旧体勢の支配者『白虎』や宰相アズー・ラーフマと懇意であった連中もいる。軍人たちが欲に負けたから、ハイランド王国はマフィアに牛耳られ続けていたのだ。


 ……ハッキリ言うと。


 オレたち『パンジャール猟兵団』に恨みを抱いている軍人も、いるだろうってことさ。


 だが、この時間になれば、もう問題はない。邪魔されたりはしないはずだ。戦場で裏切られる可能性もあるが―――『切り札』があるから、そっちはどうにでもなるさ。


 これからは、オレたちとコイツらの新兵どもの時間だよ。


 緊張する400人の兵士を、オレは見下ろしている。


 緊張する彼らのことを、もっと緊張させてやろう。


 自分たちの任務の重さを教えるのさ。


 怯えるかもしれない。だが、その任務の大きさと、それを実行する価値を理解すれば、怯えよりも緊張よりも、責任感の方が強くなる―――さて、大声で歌おう!!


「いいな!!良く聞け!!我々の任務は、重大なのだ!!……敵の本拠地を内部から破壊し、周囲を取り囲むハイランド王国軍の本体に勝利をもたらす!!我々は、偉大な任務を司っているのだ!!それに選ばれたことを、誇りに思え!!怯むことは、許されん!!ハイランド王国軍に、名誉ある勝利をもたらす英雄となれ!!」


「ハイランド、万歳ッ!!」


「祖国に、勝利をッ!!」


「オレたちが、英雄になるんだッ!!」


「そうだ!!良く戦え!!死ぬなとは言わない!!だが、より長く生き抜いて、より多くの時間、それそにあてがわれた場所を守ることに集中するんだ!!そうすることで、お前たちは英雄になれる!!」


「了解です、ストラウス特務大尉ッ!!」


「よし。行動を、開始するぞッ!!」



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