第三話 『ヒューバードの戦い』 その34


 オレの演説は効果があったのか、新兵たちは少しはマトモな顔になったようにも見えた。オレたち『パンジャール猟兵団』を先頭にして、400人の新兵たちは『シェイバンガレウ城』のダンジョンへと進む。


 少しでも、この若者たちを鼓舞するために、オレは地下を早足で急ぎながらも大声を放つ。


「いいか!!お前たちは、大きな任務をこなしている!!ハイランド王国軍の遠征旅団のなかでも、最も遠くまでお前たちは進んでいる!!誰よりも、帝国の支配領域を進んだのだ!!今の王国軍のなかに、これほど深く敵地を走った者はいない!!お前たちは、すでに最初の任務を果たした!!」


 ダンジョンのなかで、大声で叫ぶ。


 新兵たちを鼓舞してやりたくてね。


 それに、事実でもある。この新兵たち400人は、はるか南の『アルトーレ』で散っていった『虎』たちに次いで、任務を果たしている兵士たちでもあるのだ。


「忘れるな!!お前たちは、ハイランドの戦士なのだ!!須弥山を極めていなかったとしても、螺旋寺で修行した!!その日々は、お前たちの血と肉に、偉大なる技巧の一端を宿している!!基本を忘れず、クールに戦え、そうすれば、技巧は動く!!」


 大きな声で、何度も何度も。


 それこそ洗脳するみたいに16才の新兵たちに叫んでいたよ。


 ……まあ。


 洗脳みたいというか、完全に洗脳の一種だけどな。弱い戦士たちを、強くする?心技体の三つの要素で、個人の強さが構成されているとするのなら……技巧を磨くことは、出来ん。体を鍛えている時間もない。ならば、せめて心だけは強くしてやりたい。


 強ければ?


 それだけ、死から遠ざかる。


 オレたち猟兵は、この新兵400人たちに、大きな勝利を求めているわけではない。彼らにして欲しいのは、時間稼ぎだ。少しでも時間を稼ぎ、拠点を維持する。そうすることで、後はオレたち猟兵が、活路を開いてやるさ―――。


 ……必死に怒鳴るように、オレは演説で若者たちを洗脳していく。強いのだと、戦えるのだと、信じ込ませる。


 正直言うと。


 力量の差は、大きい。


 この少年たちは15か16。背の高さは大人の男とそう変わらないものだが、骨は筋肉はまだ成熟していない。よほどの天才ならば、十代でも有能な戦士となれる。しかし、この少年たちはそうではない。


 ハイランドから出発して、ゼロニアの荒野を渡り、それから二日もかけてここまで来た。ハイランド王国軍の誰よりも遠くに来たということは、誰よりも疲れているということに他ならないのだ。


 この少年たちは、とっくの昔に疲れ果てている。


 元々からそうあるわけではない強さを、より弱くしてしまっている。


 敵の将である『ミハエル・ハイズマン』は、戒厳令を敷くことで兵士も傭兵たちも休ませている。しっかりと体調を整えろと、彼は自分の戦力どもに言い聞かせているだろう。


 それぞれの部隊と密に連絡を取り合い、連携を強く練り上げていく。そうすることで、あの狭い城塞の内部に、強靭な耐久性を構築している真っ最中だろう。


 戦士の質も良ければ、連携もいい。


 さらに、あちらは休息十分で、こちらは壮絶な距離を歩いた後だ。若さがあるから脚が動く。偵察兵を若者がさせられがちなのは、どんなに歩いても一晩寝かせれば脚を全快させられる若さがあるからだ。


 しかし、それでも疲れなんてものは蓄積していくものだ。


 強さでも負けて、体力でも負けている。


 この少年たちが、本当に敵と互角に戦えるものかよ―――それでも、大嘘つきなオレは、この少年たちを洗脳するために、必死に言葉を使ったよ。


 洗脳する。


 洗脳する。


 ……『アプリズ2世』みたいにな。そう考えてしまうのは、ここが、かつて『アプリス2世』のねぐらでもあったからか。それとも、今朝の『夢』のせいなのだろうか。


 若く幼い者を、オレもまた消費しようとしている。


 吐き気がしそうだ。


 自分の言葉の空虚さに。


 この洗脳の言葉が持つ、力の弱さが辛くてしょうがない。


 二週間でもあれば、シアン・ヴァティと一緒になって冴えない腕前のコイツらを、もうちょっとはマシな戦士に鍛えられたと思う。筋肉は一回り付けられただろうし、得意技の一つでも教えてやれたかもしれない。


 ……ああ。


 ……この真っ暗なダンジョンで、叫んでいるオレが邪悪な道化に思えてしょうがない。『死神』みたいなものだ。半ば無理やりに特攻を強いて、大勢の仲間を死なせて来た、あの邪悪で演技の悪い自分に戻って行くような気がしている。


 どれだけ。


 死んじまうのかな。


 ……未熟で、ガキそのものの、16才の少年たちを。オレはどれだけ死なせるのか……。


 ……ガルフ・コルテスよ。


 アンタがもっと長生きしてくれていたら、オレは、どんなことを質問していたのだろうかな?


 アンタが団長だったらさ、こういう時は、どうするんだ?


 オレと同じことをしたかな?


 ガルフよ、アンタは器用な男だったから、オレよりも上手くコトを運べたような気がするぜ。


 でも、オレもアンタの継承者だ。『白獅子ガルフ・コルテス』の技巧と知恵を受け継いだ猟兵でもある。


 オレには……そうだな、分かる。


 間違いなく、アンタもオレと同じ行動をしただろう。今、この闇に沈んだドワーフのダンジョンにアンタがいたとすれば、ニヤリとしながら、細かいコトを気にするな!とか言いながらケツを叩くんだろうよ。


 ……知っているよ。


 アンタに色々教わった、アンタの一番弟子なんだから。アンタから、『パンジャール猟兵団』を継いだ男なんだから。


 死ぐらいでは、アンタとオレのあいだをつなぐ技巧も知識も揺らがない。そうだ、アンタは間違いなく、オレと同じことをしたさ。


 そして……。


 ―――救えたガキの命でも数えればいいさ。


 ……そう言うんだろ?


 アンタは前向きだから、失った命の数を数えるなんてコト、すべきじゃないって理解していたよ。そうだ。オレがすべきは、そっちの方だな。守れた命を数えようじゃないか。


 少しでも、多くの指を折って曲げるために。


 やはり、嘘でもいいから。


 この若者たちを鼓舞して、洗脳しよう。それで、より多くが助かるはずだから。


 ……敵に背を向けるな!!


 ……仲間のために死ね!!


 ……怖くなったら笑え!!


 ……痛いのは気のせい!!


 ……怖いのも気のせい!!


 ……お前たちは英雄だ!!


 ……怯むことなく戦え!!


 ……前を見て死ぬんだ!!


 多くの言葉を口にして、コイツら自身にも歌わせる。


 血なまぐさい言葉が、『モルドーア・ドワーフ』のダンジョンの内部に響いて行く。洗脳は、効果的になるだろう。


 戦士としての教訓を、この3時間ばかしの移動で、しっかりと魂に刻みつけてやる。死が怖くなくなりますように。仲間のために、より多くの敵を殺すことが出来ますように。


 16才のガキどもを、か細く弱い雑魚どもを、オレは必死に洗脳してやったんだ。


 ……闇の中で、洗脳言葉の輪唱が発生する。


 ガキどもは、まるで自分が上等な戦歴を持った兵士であるかのように、ゆっくりと思い込んでいくだろう。


 強くはなるさ。


 ビビって、小便垂れながら、立ち尽くしている兵士よりは、よっぽど使える駒になる。それでも、たくさん死ぬだろう。


 ……闇の中で。


 オレの耳はガルフ・コルテスの言葉を聞いたんだよ。


 ―――まあ、上出来さ。


 そう言っている。


 そうだ。十分なことをしたよ。一番、洗脳しやすく、言葉で騙しやすい年頃の少年たちを、オレは呪いのような言葉で偽りの戦士に仕立て上げていく。弱いまま、何も果たさず死ぬよりも、よっぽどマシな死かもしれないさ。


 ……コイツらを守るためにも、ちょっとでもオレの罪過を軽くするためにも。アーレスよ、今宵もオレと共に、歌い、踊り、敵を斬り裂き、焼き尽くしてくれるか。


 ……背中の竜太刀が、熱を帯びたのが分かった。アーレスは、付き合いがいい竜だよ。死んでも、一緒にオレといてくれるのだからね……さて、ガキどものために、しっかりと暴れようじゃないか。



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