第三話 『ヒューバードの戦い』 その31
遅く目を覚ました。しっかりと睡眠を取れたな。もう9時になっている。バハルムーガとの戦いの疲労を考慮してくれたのか、あるいは昨夜のオレはリエルたちにも気づかれるほどにうなされてもいたのか、どちらにしろリエルは早起きを強制しなかった。
朝はロロカ先生の作ってくれたサンドイッチと、リエルのコーンスープだったよ。正午には、ハイランド王国軍の兵士400人がやって来る予定だからね、あまりゆっくりも出来ないが、急ぐ必要もない。
オレたちはじっくりと体を休めた。彼らの400人全てが敵だったとしても、どうにでもなる。『虎』は強いが、ガンダラにも策をもらっているからね。ああ、『切り札』も呼んである。
警戒は怠るわけにはいかないものの、あまりムダに緊張することはないのだ。戦においても常に平然としている。普段通りのオレたちが最強である以上、普段通りであることを追及すべきなのだ。
風呂に入った。
ミアが背中を流してくれると言ったので、オレは何だか嬉しくなった!……うなされた声を聴いていたのは、ミアも同じだったのかな。それともお兄ちゃんがさみしそうにしていたからかもしれない―――。
―――背中を洗ってもらった後、風呂から出てオレは皆を集めて昨夜見た『夢』のハナシをすることにしたよ。
同じ魔法の目玉を持っているオットーの意見も聞きたかった。彼の意見は、やはりオレと同じようなものであった。
アーレスの力による『夢』……竜の呪眼による記憶の追跡なのではないか……そういう結論だ。
納得が行く答えだったよ。内容が内容だけに、嬉しくなることは無いのだが。あの『夢』は、『アプリズ2世』の物語を追跡したモノらしいな。
オレたちが『醜き百腕の忌み子/ヘカトンケイル』を倒したとき。あるいは、ゾンビの腹から取り出した鍵を使って、あの封鎖されたいた錬金術の部屋を開放し、『アプリズ2世』の日誌を読んだからだろう。
それらの因縁に、竜の魔眼が反応してくれたようだ。
強い悪意と、強い呪術……100年の時間も、おそらく数百キロの距離も超えて、アーレスの眼は、『アプリズ2世』の蛮行を追跡したのさ……。
……だからといって。
どうすることも出来ない。
ただハナシを聞いてもらうことで、いくらか気持ちが楽になれた。リエルやロロカ先生やミアが、『アプリズ2世』の所業について怒りの感情をあらわにしてくれるだけで、オレは何だか救われていたのだ。
身勝手なものさ。
あの『アプリズ2世』のことだけじゃない。このオレ自身だって、ずいぶんと身勝手に『家族』の感情を己の心の平穏に利用しているようだ。
でも。
甘えていいのも『家族』だと思うよ。
その代わり、命に変えても守らなければならない存在でもあるのだけれどね。そうする価値が、十二分にある。『家族』のためになら死ねるとまで思えているあいだは、オレは『アプリズ2世』のように発狂することはないだろう―――。
―――見果てぬ『夢』を掴み取るために。オレたちの欲しい『未来』を掴み取るために、今日も、がんばるとしようか。
『アプリズ2世』のことは、とりあえず頭からどけておこう。オレはゼファーに森の奥へと隠れておけと命じたよ。
400人の『虎』が全員、刺客であった時の場合に備えてな。そうなったとしたら、オレたちは森に後退して、森に火を放つ。そうして、ゼファーに乗って撤退するのさ。
『虎』が何千にいたとしても、この戦術は有効―――地下のダンジョンで襲われたら?……あの複雑なダンジョンの中で、圧倒的な戦闘能力と、あのダンジョンの構造を頭に入れているオレたちに、敵うはずがない。
400人。
ククク!!
……いつか、本気でそれだけの数の『虎』と戦ってみたい気もするが、悪人が仕掛けるタイミングとしては、正午じゃなかろうな……。
食べてばかりだが、早めに昼食を取っておいたよ。
戦闘になれば、食事にありつけない。空腹の強兵は弱兵に狩られるものだからな。
正午が近づき……ミアが気づいていた。
「お兄ちゃん、『虎』ちゃんたちが、やって来るよ!」
「……来たか。フレンドリーに行くぞ、オレたちの思い込みが激しすぎる可能性もあるからな。暗殺者は、あの中に、一人か二人かもしれないしな」
「ラジャー。でも、ちょっと楽しみ!」
「ああ。油断はするな。だが、楽しめ。ハイランド王国軍の、外国勢力嫌いの軍部が送ってくれた、オレの部下だ」
「そうか。今日のソルジェは、『特務大尉』だったな」
「ああ。ハント大佐がくれた、臨時の役職だ」
「ハイランド王国軍の上層部は、ソルジェさんを外国の勢力と認識して、我々との協力を好んではいません。それゆえに、ハント大佐はソルジェさんに肩書きを与える必要があったようですね。注意しましょう。でも、普段通りに」
「わかっています、ロロカ姉さま」
「……世の中、色々な『仲間』があるもんすねえ。オットーさーん、『虎』が襲って来たら、オレを守って下さいっすよ?」
「ええ。分かりました。でも、ギンドウくんも、十分に強いでしょう?」
「……オレはスタミナないんでね」
「アレだけ山道を走れて、ピンピンしているのなら十分です。才能があります。手を抜かず出し切れば、いくらでも君は強くなるでしょう」
「……戦士として、向いていないんすよ」
「……たしかに、そうですね」
ギンドウは戦士の才能が無いわけじゃない。戦士に対しての興味が薄いのだ。オレの価値観とは異なっているが、それでも、そういう視点を尊重してもいる。色んなヤツがいていいのさ。世の中ってのは、そういうもんだ。
……『シェイバンガレウ城』に向かい、ハイランド王国軍の400人の兵士が向かって来る……隊列を見ていて、オレは気づいた。
いや、周りの皆も気づいていたよ。
「……なんか」
「……疲れているようだな?」
そうだ。
彼らはフーレン族の戦士、『虎』にしては、歩みが遅かった。若者ばかりで構成されているものの、その割りには、山道を登るスピードに勢いがない。
……しばらく観察していた、その理由が分かった。
「……あいつら、全員、シロウトの新兵ばかりだな」
「……これも、ハイランド王国軍上層部の嫌がらせなのでしょうか?……練度が低く、この強行軍に疲れてしまっています……補給物資は十分のようですが、彼らそのものの質が低い」
……ガンダラは、若者ばかりを派遣されるとは言っていたが、こういうことなのか。
ハイランド王国軍の内部にある病巣は、それなりに大きいらしい。オレに特務大尉の地位が与えられたぐらいでは、嫌がらせは減らないようだな。
……まいった。
疲れ切った新兵が、400人いるのかよ。どうしたものかな?……足手まといも、大勢いそうだ。彼らは、オレが期待していた強さの半分ぐらい。200人の戦力として見積もるのが良いかもしれないな。
まあ、それはそうか。
ホンモノの『虎』を400人もくれるのならば、混乱に乗じた内部からの奇襲攻撃で、とんでもなく『大きな戦果』を手にすることが出来るのだからな―――そうなれば、『パンジャール猟兵団』という外国勢力に、手柄を取られてしまう。
「……実績を作りたいハイランド王国軍の上層部の政治屋どもからすれば、オレたちが活躍しすぎることは望んでいないようだ……」
「……困ったものだな。戦術を使っていいのなら、あの400人を我々だけで殺すことも容易いレベルだぞ」
「え、ええ。参りましたね。アレでは、あまり期待していた作戦が取れそうにありませんよ……」
オレたちは肩から力が抜けてしまうのを感じていたよ。
安全にはなったのだけれど。
あの疲れ果てた新兵どもでは、ハイランド王国軍に楽に『ヒューバード』を陥落させるために用意していた作戦が実行できない。
こちらの予想では、敵サンの質は、かなりのものだ……新兵だらけの部隊では、フーレン族の戦士と言えども、大きな不安が残ってしまう。
しかし。
臨時のハイランド王国軍の特務大尉として、オレは彼らを使って軍事攻撃をしなければなるまい。はあ、乱世だけはあり、悩みは尽きないと来ているな……。
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