第三話 『ヒューバードの戦い』 その24


 『シェイバンガレウ城』の秘密が、我々の調査により、また一つ明らかにされたな。理由など分からないが、この城の屋上の一角には、なんと風呂があったのさ!


 蛇口から出る水の勢いが相当なことを考えると、その水源は、この屋上より高いトコロにある塔か。その中に、大量の雨水か何かが蓄えられているのだろう。


 ……我々は、しばらく黒カビが繁茂してホコリの舞うダンジョンに潜っていた。その時間は丸一日にも及ぶ。風呂に入りたいという欲求に駆られても、自然なことだろう。


「うむ。それはいい案だな」


「賛成です。ダンジョンのなかは、とてもホコリっぽくて……」


「お風呂でキレイになりたーい!!」


 猟兵女子たちの意見が通った。ギンドウもオットーも別に文句はないだろう。川や池で水浴びをすることに比べると、温かい風呂に入れるという事実は、どうしたって魅力的なものさ。


 時間と労力を費やす価値はある!!


 武装を解いて、オレとミアは風呂掃除を開始する。バスタブのなかにも、色々と詰まっているからな400年モノとはいわない。おそらく、100年前にここを占拠していたアプリズ一派も、この風呂を使っていただろうからな。


 100年ぶりの掃除といこうか!!


 まずは、リエルをマネして『風』を放つ!!ゴミを、あの大きな窓から外へとブン投げてしまうのさ!!長年、ここに住むわけじゃない。窓の外にゴミを投げたって、ご近所トラブルは起きないのさ。


 リエルに比べて、魔術の調整がかなり甘いけど、どうにかなった。この王族のバスルームは、どこもオレの放った暴風に壊れることなく、クモの巣やら、こまかなホコリやら何やらはキレイになったよ。


 ミスリルと石材を使う、ドワーフの建築物だからこそ、これほどに頑丈であり、長い歳月に耐えてビクともしないわけだ。おかげさまで、いい風呂に入れそうだよ。


 とはいえ、掃除はまだ始まったばかりである。


 部屋中にこびりついている黒カビやら苔やら……そういうモノを剥がしておかねばな


 バスタブをタワシでこすり、何か得体の知れない黒い物質を岩から剥がしていく……。


 ……しばらくタワシでこすってみても、なかなか落ちないものだから、オレは思い切って『炎』の魔術を使ったよ。このバスタブを始め、この場所の全ては石とミスリルで出来ているから、ちょっと炙ったぐらいじゃ、壊れることはない。


 バスルームを丸ごと、『炎』で消毒だ!!


 カビだか、あるいは藻類の一種なのか、それとも苔か。もしくは、それらがお互いを侵食し合って融合したものか―――とにかく、その由来を考えたくもないような黒色物質どもを、『炎』で焼き払っていった。


 ワイルドな掃除方法だが、よく効いたよ。


 天井の消し炭は、ミアに『風』を放ってもらってキレイに吹き飛ばし……熱を帯びた石造りのバスタブに、水をぶっかけると、ジュワアアア!!という蒸発の音と共に、熱い湯気がこの風呂場を消毒していった。


 そして……水の沸騰および蒸発の勢いにより、黒色物質どもが、バスタブから剥がれ落ちていたのさ!!


「あはははは!!いいカンジ!!」


「おうよ!!魔術とハサミは使いようだ!!」


 だいぶ、キレイになった。とはいえ、細かい黒色物質どもの焼死体は残存しているからな。


 最後は手作業に頼るしかない。


 オレはバスタブに入り、タワシで黒色物質の残骸どもを、こすり落としていく。ざらついていた石材が、どんどんと滑らかになっていくのが、何とも心地よかったよ。


 ミアは壁とかをタワシでこすっていく。壁についていた消し炭が、床に落ちてくると、もう一度、『風』を放ってそれらを窓の外へと捨てていく。


 黒かった室内を覆っていた黒色物質どもが消え去ると、そこには白い石材が見えて来たよ。100年分の汚れってのは、かなり分厚いものだったのだな。


 すっかりとキレイになった、ドワーフ族のバスルームは、さすがは王族の居住施設だったよ。広いし、山頂から周囲を見下ろすことが出来る……。


 青く繁った森林と、それから広がる野原―――遠くには、『ヒューバード』の城塞の影が見えた。


 絶景だな。黒すぎて、まるで洞窟の中にいるような閉鎖的な雰囲気があったが、今は全体的に白いせいか解放感を得られる……それに、岩をくり抜いて作ったバスタブの厳つい雰囲気。ドワーフ的な力強さを感じる。


 蛮族のハートを掴むデザインじゃあるぜ。野性味ってのが、心に響く。


 さてと。リエルとロロカ先生が、薪を拾ってきてくれたから、その薪を使い、風呂を沸かしてみることにした。


 キレイになったバスタブに、水を張る。そして、その下にある空洞で薪を燃やすんだよ。


 煙がどこから出るのかが不安になったが、さすがはドワーフ族。このバスルームの屋上にある、小さな煙突は機能してくれていた。


 察するに、この窯の奥に、その煙突へと続く排煙のための道があるのだ。抜かりない造りをしているな。


 バスタブにたっぷりと水を張り、薪を燃やす。どれぐらい薪を燃やせば、このバスタブの水が適温に仕上がるのか……そこはやってみないと分からないことの一つだった。


 割りと多目に、薪を使ったおかげか、すぐにお湯は適温になった。


 ……あとは、冷めるのを待つだけだな。ドワーフ族が風呂に使う石材だから、おそらく保温も優れているだろうし、バスタブの右端壁面の『内部』―――魔眼で見ると、窯の直上の石材だけ質が違っている。


 多分、あの部分は熱くなりやすく、そして、冷めやすい石材。バスタブの壁の中で、お湯を沸かしているわけだ。


 つまり、ガンガン薪を燃やしても、バスタブの温度が強烈に上昇することは無いという仕組みだな。まあ、数時間も燃やせば熱いだろうが……。


 まったく、ドワーフ族ってのは、色々なコトを考えつく。少しというか、かなりワイルドな発想だと思うけれど……確かに効率的ではあるな。


 ミアにそのことを説明してみた。


 だが、お兄ちゃんの説明がイマイチだったせいか、よく分かんないって顔をしながら、なるほど……っ!……と、言ってくれたよ。


 いいさ。今日も、色々な勉強をしすぎて、ミアの頭も疲れている。森のエルフの奥義だとか、『モルドーア・ドワーフ』がイノシシさんを崇拝しているとかね。一度に、多くのことを学び過ぎても、頭には入らない。


 とにかく。


 『シェイバンガレウ城』の屋上風呂は、完全に再現されたというわけだ。


 ……まあ、窓ガラスとかは消滅しているけれどさ―――逆に、見晴らしも良くなっているし、風も入って来るから、気持ちがいいんじゃないかね?


 騎士道のレディー・ファーストという騎士的な哲学に則って、猟兵女子たちから入浴してもらうことにした。大きなバスタブだから、3、4人で入っても大丈夫だ。


 ちょっと、オレも一緒に入りたかったけど……ミアもお兄ちゃんに裸を見られると恥ずかしいかもしれないから、やめておいたよ。


 ミアに嫌われたら?オレ、死んじゃうしね。


 ……それに、猟兵女子たちが入浴しているあいだ、男たちにはすべきこともあったからな。オットーが、これまた屋上で発見した兵士用の『詰め所』。そこの片付けだ。


 天井もあるし、薪を燃やせる大型の暖炉もあるからな……そこをオレたちの『拠点』にしようという試みだ。こちらもまた掃除中である。バスルームより広いから、どーしたって掃除が大変なわけだよ。


 だが、屋外で寝るよりはずっとマシだ。


 ドワーフの戦士が愛用していた、岩製の寝台もあるからな―――地面で寝るのと、そう変わらないような気もするが……いや、むしろ並みの地面より、もちろん硬いとさえ思うが、ベッドと言えばベッドだ。


 毛布を敷けば、座り心地もそこそこじゃあるしな……まあ、床より雰囲気としてマシな気持ちになれるだろう?雰囲気も大事だ!


 オレたち三人の男どもは、その兵士の詰め所を掃除した……夕暮れが始まる頃には、どうにかキレイに掃除が完了して……ホコリだらけになった我々は、湯上がりの女子たちと交替して、入浴タイムとなる。


 男ども全員で入るわけじゃないよ?……もっと、デカい公衆浴場ならともかく、このサイズだと、何か気持ち悪い距離感になるからね。美少女が集まって風呂に入ると微笑ましいが、オレたちみたいな野郎がそれをやると気持ちが悪い。


 ……くじ引きで入浴順を決めようかと考えていたら、オットーがギンドウと一緒に、『シェイバンガレウ』の山をジョギングしてきます、と語る。


 ギンドウは、死ぬほどイヤな顔をしていたよ。ヤツのそういうときの表情ってのは、ホントに分かりやすい。


 だが、これも仕事だった。


 明日来る400人のハイランド王国軍の『虎』たち。彼らの中に、オレたちに対する刺客が含まれている可能性を、ロロカ先生は二人にも伝えていたのだ。最悪、400人が敵かもしれないこともね。


 ハイランド王国軍の『軍上層部』ってのも、気をつけておくべき存在である。外国勢力に排他的で、オレに軍籍まで押し付けてくるような連中……警戒しておくべきだな。


 風呂上がりに、山道を駆け回ることは避けたいという事実には、ギンドウも従った。命を守ることにもつながるし―――それに、ギンドウは猟兵の中では最も体力が無いからな。山道を走って、体を鍛えるってのも、悪いコトじゃない。


 二人を見送った後で、オレは風呂に入ることにしたよ。


 夕焼けを見ながら風呂ってわけにはいかなかった。西の方には窓がないからな。『モルドーア・ドワーフ』たちは、朝風呂を好んでいたのかもしれない……あるいは、ここから見える星を見たかったのか……?


 分からないな。


 とにかく、服を脱いで、湯につかったよ。ダンジョンを歩き周り、狩りをしてモンスターと戦った体に、温かい湯は最高に気持ち良かった。


 この、ちょっとざらつく岩をくり抜いた風呂も、なんだかオレの背中にはちょうどいいんだ。


 女子たちが、長風呂をしていた理由も分かる。これは、とても気持ちがいいものだからね……最高の環境だよ。湯の中で体を捻り、疲れた関節を伸ばしていく。


 ……湯が全身にまとわりついて来て、緊張と疲労を取ってくれる。やはり、風呂はいい。そして、この岩風呂は、とくにいい!……いつか、オレもガルーナ城に、岩風呂を設置してみよう。


 ……薪を足して、湯を熱くしてみる。ちょっと熱すぎるぐらいだが、それでも構わんさ。熱くなりすぎたなら、ちょっと立ち上がり、窓の外から吹く風に当たればいいわけだもんね……。


 なかなか、いい造りだ。ドワーフの建築技術ってのは、やっぱりサイコーだよね!


 火照った体を冷ましたり、熱いお湯に入ったりしていると、最高に心地よいものだった。小一時間、入っていたよ……すっかりと体が温かくなり、関節の疲れも取れた。代謝も良くなるから、内臓の調子もいいのかもしれない。ちょっと、腹が減った来たよ。


 すっかりと太陽は沈み、夜の森が見えた―――ああ、戒厳令下の『ヒューバード』もな。


 美しい星空と、戦と『虎』に怯える城塞都市。今夜の『ヒューバード』には、灯りも少なく、商人たちのセールも行われていない。


 ……戦に備えて、休み、密偵がうろつけばすぐバレるように、人通りをコントロールしている。今、ゼファーは、はるかな上空から、『ヒューバード』を観察している。


 どうにもワーカホリック系な竜騎士サンであるオレは、左眼に指を当てていたんだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る