第三話 『ヒューバードの戦い』 その23


 ……『シェイバンガレウ城』の呪いは、こうして解けていく。長らく呪われ続けた影響は、しばらくのあいだは残存するだろうが、我々や軍隊の脅威と言えるレベルではなくなっただろう。


 謁見の間には、何も罠が仕掛けられてはおらず、玉座の後ろにある階段から、屋上へと上がることも出来た。


 そこの階段にも罠はない。ゆっくりと右に旋回しながら階段を進み、全ての段を踏み終える頃には、異常なほどに巨大化した、例の大樹と出会えたよ。


 それは何とも大きな大樹だった。


 うねるような太い幹は、そこらの物見の塔よりも大きいだろう。それから生える根も、幻想的な躍動感に満ちていて、力強く城の屋上の敷石をめくり返している。


 かつては屋上の庭園に植えられていた木なのだろうが……400年のあいだに城の高さよりも、その背丈を伸ばしているようだな。


 この大樹の重量と、根による浸食が、『シェイバンガレウ城』の老朽化を促進していることは、建築家でもないオレから見ても明白だったよ。


 ……その葉っぱも当然ながら大きいし、何だか甘い香りがする。揮発性の成分が樹脂や葉っぱの裏から出ているのだろうな。


「……リエル。この木は……?」


「自然な木ではないぞ」


「え?」


「錬金術で作ったのだろうな。木に流れる魔力の構造が、歪なのだ」


「……さすがは森のエルフだな。木に流れる魔力まで、分かるのか」


「リエル、すごーい!!」


「ま、まあ!森のエルフの王族ともなれば、木のことくらい、何だって分かるのだ!」


 ドヤ顔モードで、オレの美少女エルフさんは得意げだな。たしかに、森のエルフ族の名に恥じぬ慧眼ではある。


「へー。リエルも賢ーい……よーし、お兄ちゃん、負けてられない!合体だ!!」


「ああ。来いよ」


「うん。合体っ!!」


 ミアはオレの背中に跳び乗った。竜鱗の鎧をよじ登り、オレの肩に座るのさ。


「『トーレスト・モード』だよ!!むふふ!!……全然、負けてるー!!」


 大樹を見上げながら、ミアはオレの肩の上で笑った。


「ああ。あの大きな木には、完敗だな」


「そだねー。10倍以上、負けてるかも?」


「大きな木だからな……コイツを、『モルドーア・ドワーフ』たちは、どうして作ったんだろう?」


「むー……建築資材に用いたかったのかもしれないが……単に、『大きな木』が好きだったからじゃないのか?」


「なんとも、シンプルな答えだな。だが、納得も行く答えでもあるぜ……これだけ大きいと、何というか、見応えも十分にある」


「うむ。大きな木を神聖視するのは、万人に共通だ。それに……この木の香りは、甘くて良いものだ。城に、素敵な香りを満たしたかったのかもしれないぞ」


 オレの中のドワーフのイメージには反するな。あの厳つい連中にそんな趣向があるものだろうか?でも、無いとも言い切れない。オレも料理が趣味と言うと、意外って言われることも多い。


 意外な側面だって、ヒトは持っているものさ。


「つまり、コイツらこの巨大さで、ハーブの代わりもしてくれるのか」


「へー!出来る子だね!」


「だが……おそらくは、『アプリズ魔術研究所』の魔術師どもにも、何らかの措置をされている……呪術の媒介にされたのかもしれん。無理やりに、魔力を絞り出されていたような痕跡がある」


「えー。なにそれ。大樹さん、かわいそう」


「ああ。ヒトの都合で好き勝手弄くり回されて来た。ドワーフどもに大きさを求められ、その大きさ故に魔術師どもに呪術の媒介にされた……おかげで、半分近く枯れている」


「じゃあ、このまま枯れちゃうの?」


「いいや。我々が『ウィプリ』を狩り尽くしたこともある……アプリズどもの呪術も消え去るだろう。まだまだ、あと二百年ぐらいは長生きするさ」


「やったー!!良かったね、大樹さーん!!」


 我が妹は大樹の長寿と健康を願っていた。大樹は言葉をもって応えることはなかったが、北東から吹いた風に揺らされて、無数にある太い枝を揺らし、生命力にあふれたざわめきを放つ。


 ストラウス兄妹は、その音に、この大樹の力強さを感じるのさ。


 しばらくのあいだ、皆して、風に歌う大樹を見上げていた。ギンドウ・アーヴィングが最初に飽きたようだな。ヤツが皆の無言を破る。


「……この大樹を媒介にした呪術ってのなら、コイツのせいで、ここらにモンスターがうじゃうじゃ誘導されていたんすかねえ?」


「ああ。その可能性はあると思うぞ。しかし、その呪術も、木の衰退と共に失われていった。ソルジェの魔眼でも捕捉することが出来ないほどに弱くな」


 たしかに、オレの魔法の目玉でも、その呪術の痕跡を読めない。でも、森のエルフであるリエルは、この大樹の側に来たことで、大樹の歴史を読み取れたようだ。


 皆、見えている世界ってのは、ちょっと違うようだな。色んな力を持っている仲間がいるってのは、旅をしていても面白いものだよ。


「この木は、アプリズどもにより呪術の『生け贄』にされた。100年前からだろう。長い年月のあいだ呪術が機能しつづけた。呪術は自然に解けていきながらも、この土地に消えぬ影響を刻んだのだ」


「んー?それって、どういうことっすか?」


「生態系が破壊されているのだ。この土地に、モンスターは『根付いた』。人為的に誘導されたものではあるが、世代を重ねすぎた……モンスターどもにとっては、もはやここは、『故郷』になってしまっている」


「なるほどー。じゃあ、呪術が消えても、モンスターはここらにいるの?」


「そうなるだろうな。ここには、おそらくこれからも、ほとんどヒトが立ち寄ることはあるまい。獣とモンスターの楽園となる。『ウィプリ』が消えた後は、コウモリあたりがこの城の主となって、暮らしていくのだと思う」


「自然に呑まれていくわけか」


「うむ。そういう土地があっても良かろう。呪術も錬金術もない、ただの森と山がある。そういう場所に、この『シェイバンガレウ』も戻るのだ」


「ああ。感慨深いよ」


「といっても、明日の夜までは、この地下のダンジョンも機能して欲しいところだぞ。せっかく、アレだけ、がんばったのだからな」


「ごもっともだ」


「皆さん、こちらに来て下さい」


 オットーの声が、我々を呼んでいた。この城の屋上を、あちこち探索しているようだ。本当に遺跡やダンジョンが好きな男だよな。


「三ちゃんが何か発見したっぽい!お兄ちゃん、出撃っ!!」


「了解だ!!」


 肩車を―――いや、トーレスト・モードで合体しているミアが落ちたりしないように、お兄ちゃんはミアの脚をしっかりと掴んだまま、この屋上を進むよ。


 オットーは城の屋上の東側にいた。


「あー……!ここからなら、『ヒューバード』が見える!!」


「そうだな、この山で、あの木を数えなければ、一番高いところだからな」


「トーレスト・モードだから、さらに、よく見えてるし!!」


 ……6キロ先の城塞都市を見通せるな。今も慌ただしく城塞の補強作業を進めているだろう。


 市民生活も大きく変わるはずだ。戦の特需にたかっていた商人たちも、逃げられる者は、全力で外に逃げてしまうさ。


「三ちゃん、アレを見せたかったの?」


「え?いや、そうじゃありません。ここは、とても小さいものですが、物見の塔かと思っていたのです。ても、どうやら、そうじゃないみたいですよ」


「じゃあ、何なの?……お兄ちゃん、合体解除!」


「おうよ」


 ミアの脚を手放すと、ミアは素早くオレの肩から降りていった。そのまま、オットーが入り口で待っている、その小さな小屋みたいな施設に向かう。シュタタ!と元気な足音を残して。


 城の屋上の左翼にある小部屋……たしかに、常識的には、見張り用の塔みたいなモノにも見える。他の用途は、軍事的には無さそうだが……。


「……お風呂がある!?」


「……何!?」


「お兄ちゃん、お風呂があるよ!!」


 大発見をしてしまった。ミアの顔がそう物語っている。お風呂?……その言葉の意味は分かる。しかし、イマイチ状況が飲み込めなかったな……。


 この目で見てみれば分かるか。


 こっちこっちと手招きするミアを追いかけて、その小部屋へと向かったよ。旧い石組みの入り口をくぐると…………確かに、石を削って作られたバスタブがある……。


「……何でだ?」


 専門家の見解を聞きたくなったので、オットーを見た。オットーも首を傾げてはいる。


「さあ?……軍事要塞としては、とても珍しい作りなのは確かですね」


「ああ。屋上に風呂を作っている城って……あんまり聞いたことが無いな」


「ええ。でも、これはバスタブに見えますね。下に、薪を入れる場所もあります」


「……たしかに、そうとしか思えないな」


「私的な考古学によるとねー。きっと、朝陽を見ながら、お風呂に入りたいドワーフのお姫さまとかが、いたんだよ!!王サマに溺愛されていた子が!!」


 あながち、外れではないかもしれないな。ここは、たしかに見晴らしがいい。大きな窓があるものだから、東の空を見ることが出来る。


 間違いなく、当初の設計としては、物見の塔だったのだろうが、ドワーフ王たちの誰かが、ここに風呂を作らせたようだ。


 権力者の発想は、読めない。どんな趣味も実現させられるからな。


「まあ、風呂の最中にも、敵がやって来ないように見張っていたという、お兄ちゃん的な考古学もあるが……ミアの説の方が可愛いから、オレもそっちを支持しよう」


「うん。可愛い方がいいよ!」


「ククク!そうだな!」


 ストラウス兄妹流の考古学が正しいのかは分からないが―――興味があるのは、そこじゃない。使えるかどうかだよな!


 考古学兄妹の目がキョロキョロと周囲を見渡し、石を磨いて作られたバスタブの縁に設置された、赤く錆び付いたミスリル製のレバーを見つける。地下のダンジョンにあった、あの給水設備を彷彿とさせたよ。


 似ているモノは、似た効果がある。そいつが世の中の常識というものだ。オレは、その錆び付いたレバーを、壊してしまわないように慎重に手前へ引いていた。


 その蛇口からは即座に赤錆の混じった水がドバドバと飛び出していた。ドワーフの設備の頑強さを思い知らされる瞬間だったな。


 地下にあれだけのダンジョンを造るような連中からすれば、屋上の端に風呂を一つ設置するなんて、楽な仕事なんだろうよ……。


 赤錆混じりの水であったが、しばらく出しっ放しにしていると、すぐにキレイな水が出てくるようになった。つまり―――。


「―――この風呂、使えるぜ」



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