第三話 『ヒューバードの戦い』 その14


「……よし。これで、ここの山頂は片付いた。『バンダースナッチ』どもは、もういないな!!」


 構えていた弓から矢を外しながら、リエル・ハーヴェルは宣言する。ミアはスリングショットの構えを解かないまま、リエルを見上げていた。ミアには珍しく、敵を一掃し終わったのに、スリングショットに弾丸を装弾したまま。


 ミアはスリングショットにこだわらない。より近距離では、投げナイフを放ちながら後方に宙返りするという技巧もあるからな。


 だから、敵との距離が詰まると、スリングショットに弾を込めるのを止めるのだが、今回はそうじゃなかった。森のエルフの狩猟術を模倣し、その行動哲学と動きの意味を学ぶために、リエルを模倣しているのだ。


 弓使いは、どれだけ早く撃てるかも重要だからね。弓から放たれた矢を睨み続けていてもいいが、同時に新たな矢を弓につがえるべきだよ。弓使いの最大の弱点は、連射の弱さだ。


 リエルは放った矢を睨みながらも、常に次の矢を放つために努力しているのさ。ミアのスタイルに、そのまま適応することが吉か凶かの判断は難しいところであるが……多くの達人たちの動きの種類を把握することは、大きな糧となる。


 『踊り狂う伸び顎/バンダースナッチ』という初めての敵を殺すことで攻撃の経験値を、そして、森のエルフの狩猟術の心得と動きを見ることで、弓術の達人の戦闘方法を識るという経験値を手にしたのさ。


 ミアは、300秒前よりも、ほんの二歩だが、確実に強さを増している。


 やはり、実戦とは多くを学ぶことが出来ていい。


 ミアは緊張とスリングショットの発射態勢を解除する。そして、13才の暗殺妖精は、素直な疑問をリエルにぶつけていた。


「んー……ねえ、リエル。これで、『ばんだーすなっち』……は、全部、斃したの?」


「ああ」


「こんなに広い山なのに、もっと、いるんじゃない?」


「フフフ。実は、『バンダースナッチ』は、母親を頂点として群れを築く」


「お母さんが、ボスなんだ」


「そうだ。その母親の血族……つまり、子供たちが、群れの構成員だ」


「家族経営なんだね!」


「……うむ。まあ、そんなカンジだ!」


 ……リエルがちょっと雑な解釈を許容しているな。まあ、たしかに、家族経営と言えばそうなのかもしれないしな。


「とにかくだ。一つの群れは、母親と、その仔たちで形成される。そして、『バンダースナッチ』の貪欲な食欲は、同種にも適応されるのだ」


「さっき、共食いしてたもんね」


「ああ。兄弟同士でも喰らい合うのだ。他の群れなど、より明確な捕食対象だ」


 ……肉食のモンスターには、強烈な縄張り意識を持つ者が少なくない。『踊り狂う伸び顎/バンダースナッチ』も、そんな種族の一つに数えられる。


 ヤツらの食欲の旺盛さを考えれば、分かるよな。たくさんの肉が要る。広大なテリトリーを有していなければ、自分たちの獲物が足らなくなる。とくに、自分たちのように大食らいな『バンダースナッチ』は、最高の天敵ってことさ―――。


「―――だから、一つの山にいる『バンダースナッチ』の群れは、たった一つになる。他の群れとは、喰らい合い……気が合う者は群れに吸収されるのだ」


「なるほど。じゃあ、このグロい顔の変な狼は、もう『シェイバンガレウ城』の山には、いないってことなんだね」


 また一つ、ミアが賢くなっている。生きた勉強をしているよね。経営学も学んでいるよ。最大の敵は獲物を取り合う同業者ってことさ。


 有意義な狩りを行えた。


 オレたちが真の猟師ならば、これから、あの『バンダースナッチ』どもの毛皮を一匹残らず剥ぎ取っていき、マニアックなヤツらは、その肉までも切り取って、それを昼飯にしてしまうだろう。


 だけど、オレたちの興味はそこにはないのだ。食料は間に合っている。モンスターの肉など、まして屍肉漁りをする『バンダースナッチ』の肉など、とてもじゃないが食べたくない。


 だから、オレたちが毛皮を剥いだのは、『バンダースナッチ・リーダー』のモノだけさ。年を重ねたモンスターの革は、とても頑丈になる。『バンダースナッチ』の場合は、巨大な頭部を支える強靭な首。そこを覆っている革が、強靭だな。


 オレはさっそく、『バンダースナッチ・リーダー』の死骸の首から、毛皮を剥いだ。この毛皮が張りついた皮を加工して、『魔獣の革』を作りあげるのさ。


 この革は強靭さと柔軟さを持ち合わせている。加工するときに、肉を硬質化させる錬金薬で煮込めば、ちょっとした金属並みの硬さにも仕上げられる。その分、脆くなったりするがな。


 通常の処理では、柔軟さと強度を残したままの革に仕上げるものさ。並みの獣の革などに比べても2倍から3倍は頑丈で、長持ちもする。


 つまり。オレたちがこの革を自分たちの武装に使うことは無かったとしても、それなりに高額となる。いい小遣い稼ぎにはなるということさ。リエルの矢は、上手に『バンダースナッチ』の高級首革を、傷づけないように心臓を射抜いてくれている。


 狩猟者として、毛皮を傷つけないことも大切なのだと、ミアに聞かせていたよ。リエルを弓術を褒めながらね。


「……リエル、さすがだな。肩甲骨の下を射抜いている。肩……コイツでいうところの前脚のつけ根だが……そこの筋肉の盛り上がりと、頑丈な肩甲骨を、くぐり抜けるような形で矢を放ち、心臓を射抜いた。この射法なら、倍の大きさの怪物も一発で殺せるな」


「うむ。さすがは、我が夫だな。見るべきところを、よく見ているぞ」


 ミアはじーっと観察中だな。オレのナイフが、捌いていく『バンダースナッチ』の肉体的な構造を把握しようとしている。ミアにもガルフが基礎的な解剖学知識は教えている。人体の構造については、かなり詳しいが、モンスターや獣の構造までは識らない。


 しかしだ。


 ヒトとは大きく見た目のデザインが変わっていたとしても、生命には共通する構造が多く含まれている。そういう構造を把握することで、ミアの暗殺技巧は、モンスターにも適応することが出来るようになるのさ。


 どこに太い動脈が、比較的、浅い場所を走っているか?……それさえ分かれば、超がつくほどに巨大なモンスターでさえも、切り傷一つで致命傷を負わせることが可能となるからな。


 ミアもまた、『バンダースナッチ』系のモンスターの構造を識ることで、今後の戦いに活かそうとしている。それに、二度と『バンダースナッチ』と戦うことが無かったとしても、この経験値が、ミアの想像力を拡張させることは確かだった。


 生命の構造を、頭に思い描く。


 そして、その急所に目掛けて強力な一撃を叩き込む。


 暗殺妖精、ミア・マルー・ストラウスの完成に近づけるな。死を学ぶことで、生きる強さを組み立てることが出来る。オレたちは、『バンダースナッチ・リーダー』を解体するときにも、彼女の死から色々と強さを学んでいるわけだよ。


 敵を殺しての勝利とは、こうあるべきだな―――まあ、殺したヒトを解剖すべきとまでは言わないがね。今回の場合は、多くを学べるいい『狩り』だったというのは紛れもない事実ってやつだ。


 『バンダースナッチ・リーダー』の皮を剥ぎ取った。腐食防止の霊酒をそいつにかけて、オレたちは、ロロカ先生とギンドウが待機中である、『シェイバンガレウ城』の入り口へと戻っていた。


 その帰り道も、リエルに先頭を歩かせて、森を無音で走るための体の使い方を見せてもらう……森のエルフ族以外には、マネすることは難しそうだが―――オレとミアは、必死になって彼女の歩法を見学しておいたよ。


 オレだって、より強くなることをあきらめたワケじゃない。十分な暗殺の技巧を持っていたとしても、それを更に磨くことには貪欲でありたいのだ。


 筋肉質の男の体で、女エルフの体さばきをマネるってのは、ちょっと窮屈すぎるが、それでも、対外的な動き……踏んでも音が鳴らない枝の踏み方とか、その他の色々な考え方を学ぶことなら出来るんだ。


 体の使い方一つで、魔術に頼らない無音が作れるのなら、学ぶべきだな。エルフの血と、森で生まれ育った経歴がなくとも、森のエルフの動きには、その他の種族が使っても有効な知識が含まれているのさ。


 勉強しながら森を駆け抜けて、ロロカ・シャーネルとギンドウ・アーヴィングの元に戻ったよ。


「あら、皆。お帰りなさい」


「ただいま、ロロカ!『ばんだーすなっち』……を、仕留めたよ!」


「まあ。そんなものが、ここの森にはいたのですね。なるほど、だから、あの大イノシシの骨が、キレイに食べられていた……」


「うん!あの、『やつめうなぎ』……の口が、裂けたよーな口でね、きっとお肉を剥ぎ取って食べたんだ!」


「まあ。ミアって、物知りですね」


「……うん!リエルとお兄ちゃんに、教えてもらったの!」


「そう。よいお勉強になりましたね」


 ロロカ先生が女教師属性を発揮していたよ。微笑みながら、ミアの頭を撫でてやっている。ミアは、得意げな顔になりがら、ナデナデを心地よさそうに受け入れていた。


「……お。ギンドウ、マジメに仕事しているじゃないか?」


「え?団長、オレは、いつだってマジメじゃないっすかあ?」


「……そうだっけ?」


「……いや。あんまり、マジメな人生送ってないかも?」


 どうやら自覚もいくらかあるらしいな。


「でも!オレ、自分の生き方に不満ゼロー!!」


 ああ。こういうダメな男の生き方に、ちょっと惹かれてしまうのも、男だよな。中々、これもマネ出来ない。遊び上手な男の生き方ってのも、そうじゃない男からすると、とんでもなく高度な生き方だよなあ……。


 しかし、今日のギンドウはマジメに働いている。例の『ピュア・ミスリル』をヤツ愛用の小型の錬金鍋で煮込み、ミアの爪のために加工しているのさ。


 器用なもんだ。魔術と、木炭を使うことで、『ピュア・ミスリル・クロー』を作り上げていく。鍛冶というよりも、精密な細工職人の技巧が要る行為だな。ミアの特殊手甲から出入りする小さな爪だ。刀匠の技巧は必要ないからこそ、ギンドウにも製作可能だ。


「いい爪、作ってやるっすよ、ミアっち?」


「わーい!ギンドウちゃんありがとー!」


「……まあ。ミアっちのお兄さんから、お代は頂きますけどねえ?へへへへ」


「……ああ。そりゃ別にいいんだけどなあ」


 そうやって稼いだ小銭を、ギャンブルで使い切らなければ良いんだがな。でも、マジメにコツコツ貯金するような、ギンドウ・アーヴィングの姿なんて、見たいのかと問われれば、否と答えるだろう。


「よし、では、山を下りながら、更にモンスターと獣を狩るぞ!」


「了解、リエル!『パンジャール猟兵団』、ハンティング分隊、出発だー!!」


 ……ああ。ミアが張り切っているな。『バンダースナッチ』狩りも、有意義だったしね。そして、ギンドウが『ピュア・ミスリル・クロー』を作ってくれてもいる。なかなか、楽しい日だろうな。


 さてと、仕事と、修行と、実益を兼ねて。ハンティング分隊は、再び森の中へと進むのさ。



 

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