第三話 『ヒューバードの戦い』 その13


 13匹の『踊り狂う伸び顎/バンダースナッチ』どもが、飛び起きて、こちら目掛けて狼よりも速い俊足で迫り来る。リエルもミアも、その場所に留まることはない。『バンダースナッチ』どもから距離を取るように、北へと向かって走って行く。


 オレは、彼女たちのバックアップをするために、二人の背後を追いかける。『バンダースナッチ』どもは速く、ヒトの脚に追いついてくる―――だが、別に問題はない。リエルとミアは、矢と弾をそれぞれの武器に合わせると、落ち葉を舞い上がらせながらターンする。


 迫り来る醜いモンスターについては、魔力と足音から把握済みだった。『風使い』であり、狩猟者と暗殺者である二人にとっては、食欲剥き出しで一直線に自分たちを追いかけて来る『バンダースナッチ』の位置を気取ることは難しいことじゃない。


 呼吸を繰り返すことが容易いように。


 鍛錬で本能のレベルにまで結びつけた指の動作は、二人に獲物を瞬間的に狙わせた。舞い上がった落ち葉が、落ちるよりも先に、二匹の『バンダースナッチ』どもの頭部が、矢と弾で射抜かれていた。


 ミアは経験則で知っていた。怪物の頭部を壊すためには、口の中からの方が、容易く致命傷を与えられることを。ヨダレを撒き散らしながら、肉に喰らいつこうと逆さに開いた口の奥に、ミアは柔らかい鉛の弾を撃ち込んだのさ。


 鉛の弾でも十分な威力となる。むしろ、柔らかい弾の方が、獲物に肉やら骨にぶつかることで、獲物体内で潰れて広がり、破壊をより拡大する。狩りには向いているのさ。


 ああ、鋼の鎧をも射抜く、リエルの神速の矢が、『バンダースナッチ』を一発で射殺せるのは当然だな。達人の技巧を見せつける。『バンダースナッチ』は、頭と胸と背骨を貫かれている。


 リエルの矢を指で掴んだことがあるから、オレには分かるんだがね。彼女の矢は、激しく回転している。矢羽根を弄ることで、あえて、揺れを作ることもあるのさ。その『暴れる矢』の一撃は、敵の肉の内部を、大きく揺さぶり、損傷を拡大する。


 達人の矢は痛い。


 達人に射られて、運良く生き残った者たちが口をそろえて、そんな感想を述べるのにも、根拠はあるんだよ。


 ただ突き刺さるだけ以上の動きを、矢に与えられてこそ、真の達人。狙った獲物に百発百中ぐらいでは、ただの芸。射殺せなければ、達人の矢ではないのさ。


 これで、4匹が死んだな。


 弓姫と暗殺妖精は、もちろん再び敵に背を向けて走り出している。身軽なものさ、一瞬で殺して、一瞬で逃げていく。どんなに欲深い肉への衝動をもった怪物の口だってね、届きさえしなければ、まったくもって無害なものさ。


 ヤツらの口が伸びるのは、せいぜい50センチ……個体差があり、よく伸びたとしても、その倍の1メートルほどじゃないか?


 オレたちの間は、まだ30メートルもある。口を伸ばしたぐらいでは足りないな。そして、リーダーを殺されたことの悪影響が、連中に降りかかっている。


 連中の一部が、追跡をやめた。


 肉を見つけたからだ。


 死んだばかりの新鮮な肉だよ―――つまり、自分の兄弟たちだった。ヤツらの食欲は底無しで、困ったことに見境がない。


 むしゃぶりつける肉が目の前にあるのならば、ヤツらはそれに躊躇なく本能に動く伸びる顎を絡みつけるのさ。


 共食いが始まっている。走り始めた『踊り狂う伸び顎/バンダースナッチ』の本能は、おそらくヤツら自身にだって制御することは難しい。群れの仲間であり、それどころか同じ母親から生まれた肉親であろうとも、ただの食欲の対象になる……。


 罪深いモンスターだな。


 ……まったく、『アプリズ魔術研究所』の馬鹿どもめ。こんなモンスターどもを呼び寄せて、何を研究していたのか……『アプリズ2世』が、コレじゃないと感じたのも、分かる気がするぜ……。


 まあ、それはいいさ。100年前の罪など、裁く気にもならんし、文句を言うのもバカバカしいじゃないか。


 今は。


 『バンダースナッチ』をどうにかする必要があるんだ。オレのケツも、ヤツらに狙われているんだから。


「ミア、行くぞッ!」


「了解、リエルッ!」


 弓姫と暗殺妖精のコンビが、再び、ターンを見せた。そして、また矢と弾を撃ち放つ!!


『ぎゃがあああ!?』


『ぎゅひいいい!?』


 醜い断末魔が二つ上がり、オレのケツの平穏は守られていた。これで、残り九匹。いい作戦だが―――これ以上、逃げ続けるのは、オレが限界だった。二人の射撃のコラボを最前席で見物し続けたいが……。


 無理して、先代団長の恥辱まで受け継ぐ必要はない。


 敵に向けて振り返り、竜太刀を抜き放つ!!


「来いやあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


『ぎゃがごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


『ぎゅぐひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!』


 めくり返る口に、並んだ牙の列を見る。おろし金みたいにあの白い牙を使い、オレの骨から肉を削ぎ落としたいのだろうが……そうはさせんよ!!


 竜太刀を振り落とし、跳びかかって来ていた『バンダースナッチ』の一匹を叩き斬る!!上半身を真っ二つにされてしまえば、ただ血潮を爆発されながら、即死するだけさ。一歩も動きゃしないよ、死んだ肉体はな!!


 もう一匹が、オレの右手から迫り来る。


 知っているさ。わざとだよ。誘っている。モルドーア槍術の足運びを、少しだけ取り入れる。ドワーフ・スピンを刻むんだよ。地を這うように走り、オレの脚にあの不気味な口を命中させようとしていた狂犬の突撃を、その回転が躱すのさ。


 竜巻を、射抜くには速さが足りなかったな。


 そして。


 竜巻には、鋼の爪が連なっている。


 スピンと共に放たれた斬撃が、二匹目の首と胴体を断ち斬っていた。刎ねられた首が暗い森の木漏れ日の中で、血霧を放ちながら、宙に踊る。


 一仕事を終えたオレの左右に、神速の矢と弾が飛び抜けていく。


 もちろん、リエルとミアの射撃だった。


 7匹目と、8匹目が射殺された。


 だから、楽なものだったよ。その背後に迫る、9匹目を斬り裂き、10匹の顔面を竜太刀の刺突で貫いて、ヤツの頭骨を完膚なきまで破壊してやるのはな。


 残りの5匹は、本能に従い、悪を成す共食いどもであった。殺された家族の肉にまで、浅ましい食欲は衝動して、唾液に光る牙の列が、『バンダースナッチ』に喰らいついている。


「……一掃するぞ、ミア!」


「……オッケー、リエル!」


 二人が次々に矢と弾を放ち、食欲に絡め取られて、こちらの追撃が疎かになり、間合いを開きすぎていた怪物どもを、次から次に殺し始める。さすがに、その状況を察して、最後の一匹がオレに目掛けて飛びかかって来るが。


 一匹で、竜太刀の構えを飛び越えることは不可能だ。残酷な一刀を放ち、『バンダースナッチ』の醜い頭部を、その奥にある頸椎ごと両断していたよ。


「……楽な敵だったぜ」


 怪物どもの血と脂で汚れた鋼を、ぐるんと大きく一回転させて、その死者の欠片を捨て去ったよ。


 この山頂の森にいた怪物は、あらかた片付いたようだ。主のように君臨していた大イノシシと……この『踊り狂う伸び顎/バンダースナッチ』どもの群れが支配してたテリトリーには、平和が訪れた。


 強力な捕食者が去った後の、空虚……それを今まで一方的な捕食の定めに従わされてきた獣たちは、喜ぶだろう。そして、しばらくの平和が訪れ、残った獣たちは、次の王座を目指して戦うことになるさ……。


 家族で行動する『バンダースナッチ』が、繁殖して、縄張りを持っていたということは。あの夜行性のモンスターは、もうこの土地の生態系そのものに組み込まれているのかもしれない。


 たとえ、オレたちが一時的に、この『シェイバンガレウ城』がある山のモンスターを一掃したとしても、コイツらの親戚どもが、再び、この土地に戻って、繁殖を繰り返すかもしれないな。


 ……『アプリズ魔術研究所』の魔術師どもの呪術や、何らかの仕組みが消え去ったところで、この山に二度と平和が訪れるかの保証にはならないだろうさ……。


 キッカケは、不自然な人為的な研究であったとしても、もはや自然の摂理は、彼らの定着を許しているのかもな……この山城の主は、半永久的に、モンスターどもか。


 しかし。


 それもいいのかもしれないな。


 次の王が、この土地に生まれることは二度とない―――モルドーアの王家は絶えてしまったが、その王城は、歴史の重みに朽ち果ててしまうまで、もう誰にも奪われることなど無いのではないか?


 それはそれで、静かに眠れて、良いことなんじゃないか、偉大なる愛国者、バハルムーガよ。



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