第三話 『ヒューバードの戦い』 その11
追跡術ってのは、全てを使うべきだ。基本中の基本中の考えだが、どうしても得意分野に頼り、その技巧ばかりを磨いてしまう悪癖がヒトにはある。
ヒトってのは、常に堕落する生き物だからね。たくさんのことをするよりも、得意なことばかりをしたくなるものさ……。
嗅覚一つで、魔法の目玉の力で、エルフの聴覚を頼ることで―――どんな手段の追跡術でも、結果的には答えには導かれるだろう。だが、それでは単調過ぎる。可能であれば、より多くの知識や技巧を用いることで、疲労を減らしたい。
魔法の目玉の力は圧倒的だが、アレに頼り過ぎると、魔力を消費し過ぎてしまう。それでは戦闘能力を維持することが出来なくなる。聴覚に頼り過ぎては、雷鳴が怒号が響くような環境では、追跡能力が減ってしまう。
嗅覚は、他のにおいに邪魔されると追跡することが出来なくなるものさ。
だから、可能ならば、たくさんの手段を有している方が便利だ。状況や体調に合わせて、より最適の手段を選ぶことで、体力・魔力を温存させられるかもしれない。そして、より多くの情報を現場から拾い上げられるのなら、追跡の精密さが磨かれるよ。
モンスターどもを追いかけながら、リエルは、多くの知識を授けてくれる。
鳥のさえずりが消えていれば、肉食性の怪物や獣がそこらにいるとか。風の通り道がある場所には、嗅覚の強い獣は長居しないとか。森を好む怪物は、落ち葉の下にでも巨体を隠すモノだから、落ち葉が裏返っていないかを見落とすな、とか。
基礎であるが、それだけに応用が利く情報でもある。『呪い追い/トラッカー』を授けてくれた、ガントリー・ヴァントの『授業』を思い出すぜ。
全てを使え。
幅広く見よ。
……追跡については、呪いだろうが怪物が相手だろうが、同じことだ。目に映る光景から、その裏側に埋没している意味を掘り起こす。あらゆる知識と、感覚を総動員して。色々な考え方で、この状況を分解していく。
屍肉を漁ることを選ぶモンスターの強さとは、どれぐらいだろうな?……少なくとも、リエルが斃した大イノシシよりは、かなり弱い。
しかし、アレを一夜で白骨にしてしまった。異常なほどに貪欲な連中で、数も多い。
反り返ったあばらについていたであろう、肉の線維をも削ぎ取っている。口の形状は、どんな形をしているのか?……ナイフとかスプーンのように、器用な動きで使える道具でも用いなければ、あそこまであばらについた肉を削げないものだがな……。
鬱蒼と茂る森林の深くにいて、闇に隠れて動く、素早い群れ……。
知識を頼る。
そして、かつて戦ったこともあるからだろう、経験値も活かすよ。
予測し、その名前を告げるのだ―――。
「―――『踊り狂う伸び顎/バンダースナッチ』かな」
かつて、こんな森でガルフ・コルテスと一緒に遭遇したよ。薄暗い闇が昼までも横たわる深い森の奥。
家畜の群れを襲い、一夜の内に、骨だらけにしていた。馬や牛さえも。白骨しか残ることはない。銀貨30枚のために、オレとガルフは死臭の漂う森の奥へと潜っていった。そこで遭遇したんだよ。
「『バンダースナッチ』?……それって、どんなヤツ?」
「基本的には狼に似た姿をしている。首から下はな」
「……首から上は?」
「ガルフが言うには、『口が裂けたヤツメウナギ』だってよ?」
「やつめうなぎ…………?」
走りながら、ミアの首が疑問を現すために傾いていたよ。
「ヤツメウナギってのは、吸盤みたいに吸いついてくる、不気味な口をしたサカナだよ」
「……んー。タコさんの吸盤的な……?」
「まあ、そんな形状の中に、鋭い牙が何列も生えている」
「……ぐ、グロい!」
「そうだな。グロい。モンスターだからなあ」
「そんなお口が、さらに、裂けているの?」
「ああ。『口が裂けたヤツメウナギ』。ガルフはそう言っていた」
「……ふむ。言い得て妙だな」
リエル・ハーヴェルはうなずいていた。ヤツメウナギ……というよりも、『踊り狂う伸び顎/バンダースナッチ』について、彼女は知っているようだな。
「リエルの地元にも、アイツらいたのか?」
「ああ。骨をしゃぶるようにして、肉を削ぎ落として喰らう。醜い森の悪魔だな。常に悶えるような空腹と、それに伴う食欲のまま、夜の間ずっと走り回る。昼間は深い森の奥で群れなしたまま寝つづける……両極端な生活で動く、邪悪なモンスターだ」
「……それの群れがいるのかー」
楽しく無さそうな声を、ミアは上げる。
だから?
お兄ちゃんとしては、ミアにやる気を出してもらいたくなったのさ。
「それなりに強いモンスターだぞ?」
「強いんだ。じゃあ、楽しみ!」
「ああ。楽しみにしておくといい」
かつての冒険の記憶が蘇る。ガルフと共に、深い森の奥に辿り着いた。あの時は、殺された家畜の血を追いかけたわけじゃなく……噛みつかれたまま引きずられて、森の奥へと消えた哀れな羊飼いの青年を追いかけてのことか。
よせば良いのに、『踊り狂う伸び顎/バンダースナッチ』が自分に預けられた羊を襲おうとしたとき、その醜い怪物を木の棒で叩き殺そうとしてしまった。
豪気なハナシだが、賢明な行動とは言えなかった。武術の心得が無い者は、『踊り狂う伸び顎/バンダースナッチ』にケンカを売るものじゃない。
モンスターの中でも、スケルトンなどの雑魚とは違い、より危険性が高いモンスターだよ。しかも、群れで襲いかかって来るものだ、シロウトが手を出すべき相手ではないな。
……その羊飼いは、『バンダースナッチ』の群れが羊を毛皮ごと喰らい尽くしたことが、気に入らなかった。勇敢にも、棍棒などを片手にして、ヤツらを追いかけた。ヤツらの1匹が、彼に殴りつけられて、反撃を行った。
羊飼いの青年には不運が訪れる。伸びて来た顎に、片腕を噛みつかれてしまったらしい。そのまま、彼は森の奥へと連れ去られて消えた。オレとガルフがその悲惨な体験を経たばかりの村を訪れたのは、彼が消えて、二つの晩が過ぎ去った頃だった。
銀貨30枚と、ベッドで寝られる権利のために。オレたちは馬から下りて、森を走った。羊飼いの、引き裂かれた服を、道すがらに見つけたよ。
『バンダースナッチ』どもは、貪欲なのさ。
羊飼いの青年を引きずりながらも、皆で、彼の肉を取り合ったのだろう。おかげで彼は、悲鳴を上げながら引きずられつつ、無数の伸び顎に、生きたまま肉を削ぎ落とされていった。飛び散っていた衣服は、その『走りながらの食事』の際に、彼から剥がれ落ちたものだ。
食欲に暴走する『バンダースナッチ』でさえも、貧乏人の汚れた衣服には興味を示さないようだな。
ヤツらの巣に辿り着く前には、羊飼いの骨が、そこら辺に転がっていた。
細く、双子のように寄り添って交差する、前腕の骨―――足首から先、指の骨は消えていたが、どうにか解剖学知識のおかげで判別することに成功していたよ。そして、大腿骨も、真っ二つに割れながら転がっていた。
『バンダースナッチ』の不気味な顎から、掃き捨てられた青年の遺骨を、オレたちは回収しなかった。オレたちの遙か後ろからついて来ていた、あの村の男どもの仕事だろう。
友の骨を拾ってやる指は、流れ者の指などではない。
名前も知らぬ男の骨を、拾ってやるほどの余裕もなかった。オレたちは、酒ばかり呑んでいたせいで、肉もパンも食べていなかった。金が無かったからな。力がそれほど体に入っていない状況だ。
―――こんなに腹が減ってなきゃ、『バンダースナッチ』となんて、やり合わねえんだけどよ。
ガルフは消極的だった。不気味な形状のモンスターと殺し合いをすることに、面倒くささを覚えていたのだろう。
『バンダースナッチ』は、とても素早く、残酷だからだ。夜の闇に紛れていないことは救いだったな。オレはともかく、年寄りのガルフには、闇のなかで『バンダースナッチ』の群れと戦うのは、楽ではなかったはずだった。
……あのときも。
こんな時刻だったか。
そうだ。もしも、オレたちが追いかけている存在が、『バンダースナッチ』であったとするのなら……昼間に攻撃するのは利が適っているよ。モンスターってのは、法則に支配されがちだ。強いし、属性の影響を受けやすいからだろうね。
彼らは、就寝時間を守る。
自分たちのいるべき領分を守る―――自分の生存が脅かされた時は、もちろん別だけどね。
「……いいか。ミア。『バンダースナッチ』は、昼間は眠っているし、動きも鈍いのだ」
「襲うなら、今ってことだね」
「そうだ。狩人に、正々堂々はいらない。獲物とは、競う相手ではない。こちらが一方的に狩るべき、ただの肉に過ぎない」
「ラジャー!」
「敬意は払うべきだ。だが、我々がより強者であり、より効率的に事を成すことに集中するのだ。楽しんでもいいが、負傷することも許されん」
「うん!とくに、やつめうなぎ……みたいな?……とにかく、そんなグロい口になんて、噛みつかれたら大変だもん!」
「そうだ。触らせずに、遠距離から仕留めていくぞ」
「リエルの矢と、私のスリングショットの出番だね!」
「ああ。そして、近づいて来た個体は―――」
「―――鎧を着た竜騎士さんに任せてもらおうじゃないか」
ヨメの美肌も、妹の美肌も。あんなグロい口に噛ませてやるつもりは毛頭無い。
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