第二話 『アプリズの継承者』 その25


「おい。そこのドワーフたち、お前たちの仲に、鍛冶屋はいるのか?」


 無言だった。誰も何も言葉を吐かなかった。


 仕方がないな。


 協力してくれないというのならば、ちょっと強引な手段を行うとしようじゃないか。


「良くない態度だぞ。オレは、君たち全員の『魔銀の首かせ』を起動させられる。自分の意地のせいで、仲間を苦しめさせるものじゃないぞ」


 それでも沈黙は続く……10秒待った。そうすると、一人のドワーフが闇の中で動いていた。


「ボクは、ドワーフの鍛冶屋だよ」


「……そうか。じゃあ、こっちに来てくれるか?」


「……ああ。わかったよ」


 若いドワーフの鍛冶屋が動き、檻を隔てて、オレのすぐ前にやって来る。オレの背後にいる衛兵が、不安げな声を出す。


「な、なあ。そいつを、どうしちまうんだい……?」


「何もしやしないさ」


「そ、そうか……」


「ただ。手を見せてくれるとありがたいと思ってね?」


「……手?」


「ああ。職人の手を見せてもらいたい。どれほどの職人なのかは、オレぐらいの傭兵になると、手の傷痕を見るだけで分かるものさ」


「……へー。あんた、スゲーんだな」


「そうだよ。だからこそ、色々な仕事をこなせるんだ……さて。ドワーフの鍛冶屋よ、オレに君の手を見せてくれるかな?」


「……ええ。構わないよ。ボクの手は……ちゃんとした職人の手だからね」


 そう言いながら、ドワーフが檻の中から手を差し出してくる。演技のために、オレは衛兵に命じる。


「なあ、一応、槍を構えておけ。彼が、オレの指を取り、へし折ろうとするかもしれないからな。そうなれば、その槍で、彼を突け」


「お、おう」


 オレの背後で、衛兵は槍を構える……檻から、少し離れたな。突きを叩き込むための間合いだし……檻の中にいる亜人種たちに穂先を掴まれて、牢屋の中に槍を引き込まれたりしないために、距離を開いた。


 そうだ。


 それで十分だな。


「……さて。いいな?君に狙いをつけた槍があるということだ。ムチャをしてくれるなよ」


「……そうするよ」


「じゃあ。手を開け。そして、それをオレに見せろ」


「ああ……こうかい?」


 ドワーフの鍛冶屋は、その傷痕だらけの職人の指を、ゆっくりと開いて行く。


 彼の言葉の通り、いい指をしている。経験に裏打ちされた、傷痕だらけの、職人の指がそこにあったよ。


「……うん。いい指だ。『オレの言葉通りの仕事』を、こなしてくれそうな、いい指をしているよ。期待しているぞ、ドワーフくん」


 そう言いながら、ドワーフ族の大きな指の間に、『ミスリルのヤスリ』と、ガルフ・コルテス式のピッキング・ツールを握らせる。


 彼は……こちらを見ながら、愛想笑いを浮かべてくれたよ。商売っ気のある笑顔だな。営業スマイルってヤツさ。オレのオーダーを理解してくれたのかもしれない。


「鋼と語れる耳と、鋼を使いこなす指を持っているのなら……少々、難しい仕事もこなせるだろう。いい指だった」


「そいつは、どうも。褒められたのは、嬉しいよ、人間族さん……」


「ククク!……じゃあ……せいぜい、健康に気をつけろ」


「……それは、どうも」


「戻っていいぞ」


「……ええ」


 ドワーフの鍛冶屋が、薄闇に沈む、牢屋の奥へと戻っていった。オレは振り返り、槍を構えたたままの衛兵に語りかける。


「待たせたな」


 緊張している彼は、体をピクリとも動かさず、目玉だけを動かして、問いかけるような気配を込めて見つめて来やがったよ。


「……終わったのかい?」


「そうだよ。職人の指を見ることは、難しくないものさ。さて、オレがしたい仕事の要領は、分かったかな?」


 衛兵は兜をかぶった頭をうなずかせた。


「……うん。アンタは、つまり、ドワーフの鍛冶屋を探しているんだな。奴隷として、売り払うために」


「察しが良くて、助かるよ。だから、君の方を選んだんだ」


 ―――本当はね、君の方が気が弱そうだったからだ。君の機嫌を損なうつもりはないから、言わないけどな。


 でも、それは君を評価していることでもある。君の方が、一人になったとき、不安から、この状況を仲間に教えてしまう可能性が高い、そう判断したんだよ。


 君の方が、もう一人のより強気な人物に比べて、オレの作戦を妨害する確率は高かった。


「……君の方が、優秀そうだから」


「ま、まあ。オレのが、アイツよりはクールだしな!」


「だと思ったよ。じゃあ、クールな青年よ。似たようなことをするぞ」


「任せろ。アンタが鍛冶屋の手を見ているあいだ、オレが、槍でドワーフどもを見張るんだろ?」


「ドワーフだけじゃなく、ちゃんと周囲の連中にも気を配れ」


「お、おお」


「むしろ、そっちにこそ注意しろ。鍛冶屋の動きは、オレが見張るから……鍛冶屋以外の方を可能な限り、集中して見張るんだよ」


 そうすれば、オレが彼らに渡す『プレゼント』が、より見えにくくなるはずだからね。


「いいな?」


「ああ、分かった…………アンタってさ」


「オレが、どうかしたか?」


「何か、偉そうだよね?」


「……気に食わないなら、態度を改められるように努力しよう」


「い、いや。別にいいよ。何か、年寄り臭いしゃべり方だけど、アンタに合っているような気がする」


 ……年寄り臭いしゃべり方か。アーレスとガルフ・コルテスの影響さ。師匠を真似る、それが弟子ってことだからね。


 とにかく。


 年寄り臭い嘘つき野郎は、自称クールな青年兵士と組んで、お仕事を続行するよ。『ミスリルのヤスリ』と、ピッキング用の針金は、あと4セットほどある。それらを配布していったよ。


 ドワーフたちは鋼と語らうことが出来るから、『ミスリルのヤスリ』を渡せば、それがどういうシロモノなのかを、察することも出来るだろう。


 ここの牢屋の中には、一つ、特徴がある。人種をあえてごちゃ混ぜにしているようだ。管理するためだな。同じ種族同士で集めた方が、反乱を招く可能性が高いというわけさ。だから、そうならないように、人種を混ぜているわけだ。


 帝国人たちにも有利に発揮する発想だが、オレたちも、逆手に取って利用することが出来そうだった。


 ……仲間割れ防止さ。


 ドワーフ族だけの檻だったら、ドワーフ族だけで逃げてしまうかもしれない。そいつは好ましくない。ドワーフ族だけが欲しいワケじゃないんだ。オレは、全員が欲しい……可能な限りを多く助けたい。


 ……オレはまた仕事を完了させる。5人のドワーフ族の鍛冶屋に、『ミスリルのヤスリ』とピッキング用の針金を渡した。彼らは、この見張りがほとんどいない、牢獄の中を、今夜にでも自由に歩き回るようになるわけだな……。


 そうなれば、上の階の連中も、彼らは助けるさ。『魔銀の首かせ』の効果を消せるのであれば……彼らの生存確率は大きく上がるだろう―――。


「―――1階は、これで全部だよ」


「そうか。それならば……一応、4階まで見て回ろう」


「わかった……スケベな奴隷も、探しているのかい?」


 若い男って、そういう話題が本当に好きだよな。


「仕事上の秘密だよ」


 ……そんな言葉で、彼の想像に夢を残してやる。オレの真の目的は、この場所の構造と、亜人種たちの数を、把握することだった。


 1階から4階まで、全てを見た。ついでに、屋上にも上がったよ。空に近いだけはあり、いい空気を吸うことが出来た。もう夕焼けは終わろうとしている。空が黒い青へと変わり、星の瞬きが、戦場になろうといしている城塞都市を見下ろしていた。


 戦の準備は、やはり夜通し行われている。城塞の強化のために、労働力は惜しみなく投入されているな……。


 オレは景色を見るフリをして、この『ヒューバード』を観察していく。ゼファーから得ていた情報と、この場所から見る情報を合成させて、頭のなかに、自分専用の地図を創り上げていくのさ。


 ……およそ、この街の構造は掴めて来た。自称クールな青年に背中を向けながら、魔法の目玉の力―――『ディープ・シーカー』も発動させる。


 世界から色彩は失われていく。白と黒と、強調させられた輪郭だけの世界が見えて、時の流れが遅くなる。地上にいる、帝国軍の兵士と傭兵の動きを、この呪眼の力を使って可能な限り把握することに努めた。


 ゼファーがいる高さからでは、角度の問題で見えない場所も、この金色に輝く目玉で見たというわけだ。情報は、集まったよ。


 オレと衛兵は、この見晴らしのいい屋上から降りて、1階を目指した。狭い階段を降りていきながら、オレは衛兵に訊いていた。


「……気になっていることが一つある」


「なんだい?」


「この監獄に、地下はないのか?」


「地下?」


「ああ。オレの知っている監獄には、いつだって地下があったよ」


 口から出任せもいいところだ。オレだって、監獄の構造には詳しくない。でも、この青年だって詳しくもなかろう。


 この青年は、別に望んでもいない仕事をしている。監獄を警備するなんて仕事を、考えてもいなかったのさ。この青年だって、監獄には詳しくないだろうってことだ。


 だから、オレの言い切りに対しても、別に大きな違和感を覚えなかったらしいね。嘘とハッタリを吐くときは、やはり、真顔が一番だよ。


「……ここには、地下はないのか?」


「あったみたいだけどね。もう、潰しているはずだ。昔、そこから、脱獄したヤツがいるらしいから」


 何でも都合良くいかないものだな。


「……そうか。つまり、ここに下から侵入されたり、そこから亜人種たちが逃げたりすることは、無いわけだな?」


「無いと思うよ。詳しくは知らないけど、オレも、ここの地下室ってのを見たことないんだ。そもそも……」


「そもそも?」


「『ヒューバード』の地下には、スケルトンが無数にいるんだよ。大昔に、どこかの魔術師たちが、街を呪ったらしくて……」


「地下に逃げるようなヤツはいないというわけか」


「ああ。ここのスケルトンって、ヨソのスケルトンよりさ、かなり強いみたいなんだ。だから……地下を潰すときは、徹底的に潰したんだと思う。痕跡も残らないほどに」


「つまり、スケルトン対策も兼ねてか……」


 それは念入りにやりそうだ。スケルトンが地下からは出て来ないと経験則で知っていたとしても、モンスターがいる場所とつながっているというのは、気分がいいものじゃない。


 いざ、地下への道を壊そうと考えると、徹底的にやっちまいそうだ。ほとんどの者にとって、この街の地下に必要なのは地下水道の水だけだろうしな……井戸さえあれば、他に地下への通路は、基本的にいらない。


 ……スケルトンどもを排除し尽くしておけば、井戸から地下に逃がすということも可能か……。


 地上よりは安全に、ここの連中を避難させることも出来るかもしれない。いや、時間がかかり過ぎるか。ここの連中に武器でも渡して、立て籠もってもらう方が良さそうだな。


 選択肢として、頭の中に置いておこう―――。


「―――そんなに気になるのなら、地下室のこと、詳しいヤツに訊いてやろうか?」


「ここにいるのか?」


「今は、いないけど……オレの実家の近所に、この監獄に勤めていたジイサンが住んでいるんだ」


「……いや。そこまでは必要ない。亜人種たちが逃げないのなら、何も問題はないんだ」


「そうか。そりゃそうだよな」



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